第99話 結局は
「いいよ」
葛の一緒に回りたいという申し出に対する、向日葵の答えはイエスだった。これまでで二人で十分に回れたという思いがあったのか即答だった。
それに対し、ホッと息を吐き出した葛はすぐに肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
「まあ、多いのも楽しそうだなと思ってきたところだから」
楓も向日葵に感謝して、三人は文化祭を回り始めた。
ポスターが飾られていたこともあったせいか、言葉遣いこそ戻った葛だったが、態度は少し砕け、とっつきにくさはなくなっていた。
これで安心と思ったのも束の間、いくつかの出し物で組みになるものは二人一組の場合が多く、そういうものは見送る羽目になった。そのうえ、行ったものをもう一度という気持ちにもなれず、結局すぐにネタ切れに悩むこととなった。
「どうしようか」
楓は向日葵と葛の顔を見ながら言った。
二人とも口をつぐみ、困ったように首をかしげていた。もういっそ溜まり場で駄弁ることもありな気がしたが、それではせっかく勇気を出してくれた葛に対して面目がつかない。何より、友達だからとか言った自分の恥ずかしさを忘れることができない。よくもまあ椿は恥ずかしげもなく言えたなと思いながら、楓はふと思考がよぎった。
「葛、僕達のクラスは行った?」
「行ってないです」
「なら、行かない?」
「ゲームでしたっけ?」
「ゲームはちょっとって感じ?」
「いえ、得意ではないですが、せっかくですしやります」
「よし。向日葵もいいよね?」
「もちろん!」
向日葵の了承も得てから、楓達はゲーム屋へと移動した。
あまり名前を気にしていなかったが、入口にある看板を見てダークゲームセンターという名前と知った。どの辺りがダークなのかはわからなかったが、歓太郎の趣味だろうか。こんな禍々しい名前だったのかと思いながら、楓は列をすり抜けて教室に入った。
「割り込んでよかったんですか?」
「まあ、クラスの生徒だし、それにほら、並んでるのはあれだから」
「なんだか連勝記録の数字がすごくないですか?」
「私から始まったゲームなんだよ。無敗なんだよ」
自信満々に向日葵は言った。未だ列になるほどの挑戦者を集め、連勝記録を伸ばしていた。向日葵がいない間も誰も負けることはなく、連勝数は伸び続けているらしかった。
向日葵以外も負けていない仕組みは楓にはよくわからなかったが、しかし、何かしらミスがあってもおかしくないにも関わらず負けていないことから、向日葵が何か手を加えているのだろうとは思った。
「すごいですね。負けてないんですか?」
「そうだよ」
「はえー」
「でも、他のところはすいてるからね。フリースペースでゲームしよ」
「はい」
下級、中級、上級でなく、楓達三人はフリースペースへと移った。
並ばずにでき、勝敗を気にしないでできる。自由に遊んで出ていくこともできる。そんな空間としてのフリースペースだったが、連勝記録を止めることが目玉コンテンツとなってしまい、使っている人は少なかった。今は、二人が溜まり場のように使い、談笑しながらゲームをしていた。
「って、桜と椿? ここで何してるの?」
「楓たんこそ何してるのさ」
桜に聞き返され、楓は苦笑いを浮かべた。
「僕達は色々と回ってたんだけど、ネタが切れて」
「なるほどね」
「でも、どうしてか自分の教室と思うと人が多くても他の所より落ち着くのよね」
今回は桜よりも早く、椿が楓の後ろの女子に気づいたらしく、ハッとしたようにして視線を向けた。
「葛も来てたの?」
「ええ、挑戦しようかと思ったけど、この列じゃあ難しそうだから、楓さんと向日葵さんに相手をしてもらおうと思ってところ」
「そうなのね」
葛の言葉を聞いて、安心したように椿は微笑んだ。
「何?」
「ううん」
「何にしても葛たんなら大歓迎だよ。何する? テーブルゲーム? カードゲーム? それとも、他のがいい?」
「ええっと……」
ゲームが苦手なのは本当らしく、目の前に出されたゲームに葛は桜に対するいつもの切れ味も失われていた。それは、言葉だけではなく態度もそうで、視線はゲームからゲームへ目移りし、口をぱくぱくさせていた。
「神経衰弱はどうですか?」
誰からも反論はなかった。
「決まりね。向日葵は審判をお願い」
「え、向日葵さんは審判なんですか? 楓さんも意外とひどいことするですね」
「いやいや、向日葵が加わったらゲームにならないから。なんなら見てみる?」
「そこまで言われたら私も気になります」
「よーし。じゃあ、本気出そうかな」
腕を回しながら席に着く向日葵。楓を訝しむ葛。また向日葵が勝つんだろうなと思う楓。三人は空いた席に座った。
ゲームを決定した時から準備をしていた桜のおかげで、三人が着席した時には準備が済んでいた。
やけに目を輝かせながら桜が口を開いた。
「タメ口からですますに戻るのもいいね。葛たんは行ったり来たりでいいと思うよ」
「桜さんに言われたからって変えません」
「でも、私にはタメ口なのね」
「今さら椿にですますを付けて話すのも変だからね」
変えるのは大変じゃないかと思い、楓は苦笑いを浮かべた。だが、苦ではなさそうだった。
「じゃあ、一応ルール説明ね。時計回りで順番に引いていって、同じ数字だったらカードを取れる。組みになった人は連続してカードを取れて、最終的にカードの持ち数が多い人が勝ち。質問は? はい、葛たん」
「最初に引く人はどうやって決めるんですか?」
「じゃんけんです。というわけでいくよ? 最初はグー。じゃんけんぽん」
ルール説明から間髪入れずに行われたじゃんけんの結果は、グーを出した向日葵の一人勝ちだった。
「ゲームを始めるためのゲームでさえ勝っていくとは、やるね向日葵たん」
「ゲームは得意だからね」
そう言って、向日葵はカードをめくり出した。それはまさに作業のようだった。引くたび引くたび、カードの裏側がわかっているかのように、と言うより実際にわかっているため、簡単にカードは二枚の組みになり取られていった。後片付けか何かかというスピードで、カードは向日葵の手へと吸い取られていった。
楓もこうなることはわかってはいたが、圧倒的な実力差を見せつけられ、何も言えなくなっていた。
「これで最後」
という言葉通り、スペードとクラブのKの二枚を取ったことで、向日葵が全てのカードを手にし、神経衰弱は幕を閉じた。
「ね、一緒にやりたいのは山々なんだけど、向日葵がいると強すぎてゲームにならないんだよ」
楓は言った。
「い、いえ、まだです。たまたまかもしれません」
葛は少し震える声で言った。
「今のを見てもたまたまだと思うのなら、もう一戦見せてあげるしかないみたいだね」
戦々恐々といった様子のまま、楓はぐるりと顔を見回し、皆が頷いたを確認してから、手を叩いた。
「よし、別のをやろう。次は何にする?」
「みんなでできて、向日葵たんの実力がわかりそうなのがいいよね。何かある? 椿たん」
「私? そうね」
急に話を振られまごつきつつ、椿は視線を宙にさまよわせた。隣の桜はニヤニヤ笑いを浮かべている。困らせるために聞いたのかもしれない。
少しの間考えるようにした後で、
「ブラックジャックならできるんじゃない? ちょうどトランプだし」
と言った。
「じゃあブラックジャックね。ここはもどきにしとこっか」
「わかった」
向日葵は頷くと、素早くカードを切り出した。手際のいいカードさばきすら、高い実力を示しているように見えてしまった。
「もどきだけどいいよね?」
全員の合意。
「じゃあ、葛ちゃんがカードを持って、配ってね」
そして、切り終えたカードは向日葵から葛へと渡された。えっと葛は手を止めた。
「ブラックジャックってどうするんでしたっけ?」
「簡単に言うと、できるだけ二十一に近づけて、二十一を超えたらその時点で負けっていうゲーム。J、Q、Kは十。Aが一か十一で、今回はもどきだから順番に引いていけばいいよね?」
楓も周りに確認しながら説明を終えた。不安そうに頷いた葛から、それぞれにカードは回った。
楓から順にカードを引いていく。楓の数字は十八。
次に向日葵はブラックジャック。
「やったね」
とピースサイン。
桜、椿はともに二十一にできず、最後の葛のカードはJと三。追加のカードは九でバースト。
結果は、同率一位もなく向日葵の勝ちとなった。
「やったー」
決まっていたようなものの勝ちのはずだが、律儀に向日葵は喜んでいた。
「もうわかったんじゃない?」
「……そうですね。審判を任せましょう」
一瞬だけためらいがちに言葉に詰まった葛も、楓の最初の提案にやっとのことで頷いた。
楓としても、いつか一緒にゲームができる実力がほしかったが、今は遠く及ばなかった。申し訳なさとともに向日葵に頭を下げた。
「ということで審判お願い」
「頭は下げなくていいよ。わかったから。それに審判も面白そうだしね」
それから、向日葵にイカサマを監視してもらい。誰もイカサマできない環境でゲームを始めた。
ルールも一度説明すれば細部まで把握する向日葵は、審判でもきっちりと仕事をし、全員の盤面を厳しく見ていた。
それでも、堅苦しい雰囲気はなく、時折桜のイカサマが暴かれながら、まるで家にいるかのように五人はゲームを堪能した。




