第88話 ゲームの準備
「フハハハハ!」
楓は右手を前に突き出して高笑いした。
「どうしたの?」
向日葵に聞かれ、楓は見下ろした。
「今日は調子がいいみたいだ」
楓は満面の笑みで答えた。
今は文化祭の準備のため、試しに持ち寄ったゲームで遊んでいた。必要な道具がないことが急遽発覚しては、グダグダになってしまうということもあり、持ち寄った物の点検とともに実際にルール等の確認をしているのだった。
そこで楓は、連勝に連勝を重ね、普段の調子を大きく上回ったことをいいことに、気分をよくしていた。
「と言ってもほとんどギリギリだっただけどね」
苦笑いで向日葵が言った。
「いいの。僕としては連勝が続くだけでも調子がいいの。そもそも、向日葵が強すぎるんだよ。そりゃギリギリの勝負は美しく見えないと思うよ」
「いやぁ、それほどでも」
本当に照れているのか、向日葵はにんまりとして頭をかいた。
実際、今までと同じように、今日の向日葵もゲームでは負けなしだった。全戦全勝である。
今日初めてルールを知ったゲームもお構いなし、問答無用で勝っていった。楓よりも早いスピードで、それも自信ありげなクラスメイトをことごとく負かし、鼻を折った。
結果、全体的に士気が下がっているような気もしたが、楓は向日葵が嬉しそうでよかったと思った。
「まあでも、決着がつくのが早いやつじゃないと、人が混むってのはわかってよかったな」
向日葵の手元を見ながら歓太郎が言った。
いつもは全体を見回しているだけに、珍しいと楓は思った。
「俺だって強いやつの戦いってのは気になるさ。夏目さん。俺とも何かで一戦やってくれないか?」
楓の心に答えるように歓太郎は言った。心を読まれているのかと思ってから楓は微笑み、向日葵を見た。
「いいよ。何をするかは歓太郎くんが選んでいいよ」
「余裕だな。でも、決まりだな」
歓太郎は手を叩いた。
どういうわけか勝つつもりでいるらしい歓太郎だが、楓は歓太郎が別段ゲームが上手い記憶を持っていなかった。
「向日葵。これで歓太郎の気持ちまでへし折っちゃだめだよ」
手加減はできないだろうが、言っておけば何か変わるかもしれないと思って、楓は口に出した。
「おいおい楓。俺が負ける前提か?」
「まあね。向日葵はルールを知った日でも負けなしだから」
「なら、実力勝負よりも運での勝負の方がいいかな? これならわからないだろ」
しかし、楓は肩を落とした。
歓太郎はもう止まらない。負けた時はその時だ。それに、楓に無下に扱われてメンタルを病んだ時とは違う。ちょっとしたことで挫けるような男ではない。人の集まりを取り仕切るのは骨が折れ、計画通りに行くことの方が少ないだろう。それを数こなしている歓太郎が、ゲームで一度負けた程度で気を落とすのではと思う無礼というものか。
楓は考えを改め、歓太郎を見た。
「そうだね。負けても歓太郎くんなら大丈夫だよね」
「負け前提は変わらないんだな。まあいいさ。それじゃあ、内容はポーカーにしよう。これなら運だけのゲームでもない。ルールはわかる?」
「さっきやったよ?」
向日葵の言葉に、おっと言った様子で歓太郎は身を引いた。
「一応、結果を聞いてもいいか?」
「試しだからただの手札勝負だったけど、一番強い手が出たみたいだよ」
「そうか。まあ、そういうこともあるわな」
楓には急に歓太郎の表情が硬くなったように見えた。
歓太郎の言う通り、そういうことはある。人間がやってもある。確率のゲームだ。起こる可能性がある限り、いつかは起こる。
だが、向日葵はそれを確実に引き起こすことができる。
実力が関係しているなら神の力が最適解を導き出し、運が関わるなら神の力が最大値を引き出す。それが、楓の向日葵のゲームの結果に対する印象だった。
そして、運と実力が関わるなら、どちらもが起きる。
「チップをかけてやるほど時間はなさそうだからさっきと同じでいいな?」
「私はどっちでもいいよ」
「じゃあ楓にカードを配ってもらおうか」
「僕が?」
急な歓太郎の指名に楓は素っ頓狂な声を漏らした。
「そうだよ。どたらかが触るんじゃインチキし放題だからね」
誰がやってもいてもそれは変わらないんだよな、と楓は思いながらカードの束を受け取った。
それから、カードをよくカットアンドシャッフルしつつ、大まかにルールを思い出した。
配るのは楓。
手札を交互に配り、全員が五枚になるまでカードを渡す。その後、一度カードの入れ替えを行い、一番強い手札の持ち主が勝つ。
楓はポーカーに馴染みがなく、役についても詳しくないが、先程の得意と豪語していたクラスメイトが、ご丁寧にルールの書置きを置いていってくれたため、見れば判断はつく。
もっとも、歓太郎が知っていそうなため、楓が把握しておく必要はなさそうだが。
「そろそろ配っていい?」
「もちろん」
「いいぜ」
二人の返事を聞いてから、楓はカードを切り終えた。
「どっちから配るの?」
「夏目さんが選んでいいよ。ここはレディーファーストってことで」
「じゃあ私が先で」
「わかった」
楓は確認を取ってから向日葵、歓太郎の順で交互に、それぞれ五枚になるようにカードを配った。
配り終えた時点で楓が表情を見た限りでは、向日葵はいつもと変わらず、歓太郎は少し笑っているように見えた。だが、お互いブラフかもしれない。
「カードの交換も先に夏目さんがやっていいよ」
「じゃあ、二枚入れ替えるね」
最初から揃ってはいないようで裏で二枚のカードが場に出され、楓は二枚のカードを向日葵に渡した。
続けて歓太郎がカードを一枚交換し、ゲームの準備は整った。
「楓。今さらだが、夏目さんに助力とかしてないよな」
「してないよ。あれだけ念入りにカードを混ぜてもそれができるなら、むしろ今までゲームで勝てなかったのが不思議なくらいだよ」
「それもそうか。でも一応確認だ。誓ってしてないな」
「してないって」
「よし。じゃあせーので出すぞ」
「うん」
「せーの」
二人は声を揃えて五枚の手札を公開した。
すぐには手札の強さ関係がわからず、楓は書置きに目をやった。
「うわあああああ!」
だが、勝敗を確認するより早く歓太郎が大声を上げ、頭を抱えて机に突っ伏した。
一瞬にして教室中の視線を集め、ざわめきまで巻き起こした。
声量からすると、他のクラスまで響いていそうだが、歓太郎は手際よくクラス全体を落ち着かせた。
取り乱したもののさすがは手慣れていると楓は思った。
「どうやら本当についてるらしいな。だが、二回連続でこの結果はやっぱりおかしい。楓。本当に何もしてないんだな?」
「してないって。向日葵の運は尋常じゃないだけなんだって」
「うーん。そういうこと、なのか?」
「フハハハハハ!」
向日葵は腰に手を当てると、楓の真似をするように高笑いを上げた。ウインクをしてきたことから楓は間違いないと思った。
しかし、ここまで本当に全戦全勝。神様のインチキのような能力によるものなのか、実力なのかは楓には判別つかないが、何にしても運の勝負では勝ちようがないらしい。
「あれだけ啖呵切っておいて、このまま戻るわけにはいかない。なあ夏目さん。もう一戦してくれ」
「いいよ」
歓太郎の誘いを簡単に受けた向日葵。
「楓を信用していないわけじゃないが、もしかしたらの可能性もある。次はこれだ」
そう言って歓太郎は握り拳を顔の前に作った。
「喧嘩?」
「じゃんけんだ。じゃんけんならば、運と実力を兼ね備えた人間が勝つだろう。三回勝負だ。先に二回勝った方が勝ちな。じゃんけんならすぐに決着がつく。それでいいな?」
「私は何でもいいよ」
相変わらず気の抜けた返事をする向日葵。
気合を入れるように拳に息を吹きかける歓太郎。
それでも特に何もしない向日葵。
「いくぞ。俺はチョキを出す」
見かねたように歓太郎は出す手の宣言をした。
楓はなるほどと思った。ただの三分の一の確率ゲーを、心理戦に持ち込むやり口。他の人間にならそれも効果的だろう。
だが、
「じゃあ私はパーを出すよ」
向日葵は言ってのけた。
「何? わかってるのか? パーを出したら負けだぞ」
「わかってるよ。本当に出すかはわからないでしょ? そのための宣言なんでしょ?」
「くっ」
全く動揺していない向日葵を前に、歓太郎が視線を宙にさまよわせた。楓には歓太郎が出す手を迷っているように見えた。
しかし、全て意味はない。心を読める向日葵を前にじゃんけんで作戦を考えることは意味をなさない。
「いくぞ」
「うん」
「じゃーんけーん」
結果はやはり、向日葵の二連勝だった。
それ以上の勝負を歓太郎がしかけることはなく、最強向日葵への挑戦という出し物にできるのではというアイデアになった。
また、楓の普通の実力からは、対戦相手のある程度の実力を選べるようにするのと、楽しむためだけのスペースも設けようというアイデアのもとになったようだった。
満足気に歓太郎が席を外してから、楓は一つ気になって、向日葵の肩を突いた。
「どうしたの?」
不思議そうに小首をかしげる向日葵に、楓はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「向日葵って僕の心読めないんだよね」
「うん。そうだけど?」
「ちょっとじゃんけんしようよ」
「いいよ?」
何をしたいのか計りかねる。そんな返事だったが楓は構わず構えた。
「僕はグーを出すよ」
「え? わかった」
楓の宣言を受けて、向日葵が目線を泳がせたのを楓は見逃さなかった。
「いくよ? じゃーんけーん。ぽん」
結果は敗北だった。




