第84話 公園では見つかるか
かき氷屋さんを後にして、楓達四人は再び歩いていた。
桜と椿が前を歩き、向日葵と楓が後ろを歩いており、二列縦隊とも二列横隊とも言えそうな状態だな、と楓は思った。
突然のことで驚いたが、かき氷を食べたこともあり、多少気力も回復していた。しかし、絵に使えそうな物は見つかっていなかった。
絵のヒントなんて一日じゃ見当たらないのかもな、と楓は思い始めていた。
家があって、お店があって、時々公園がある。道に沿って歩いていても、目につくものはそれくらいで、絵のモチーフなど見つかりそうもなかった。
「次の目的地は?」
楓は桜に聞いた。
先ほどは言っていなかっただけで、かき氷屋という目的地があった。
言い出しっぺなら、他にも何か考えているのかもしれない。そう思っての質問だった。
だが、返事はなかった。普段ならば、何もなくてもペラペラと話し続ける桜にしては珍しいと楓は思った。
「桜、次の目的地は?」
もしかしたら聞こえなかったのかもしれないと思い、しっかりと桜の方を向いてもう一度口にしてみた。
だが、反応はほとんど変わらなかった。
桜は、
「えっとー」
と言ったきり、先に言葉が続かなかった。
どうやらかき氷以上のことは何も考えていなかったらしい。仕方がない。楓には桜が絵を描くイメージはなかった。となれば、何をどうすればいいのかわからないのも当然だろう。桜には予定の立てようもなかったというわけだ。
そうすると、ここからはどうやらただ歩くだけらしい。
もちろん、知らぬ道に出ることは刺激になるが、この感触を絵にしろと言われても難しいだろう。
どこに何があるかわからず、安心できない警戒感といったところだろうか。いつもと違うだけで、少し精神的に不安定になっていると楓は感じた。
しかし、椿にとってはそうした些細な変化は日常の風景なのかもしれない。となると、もっと変わったことをすべきなのだろうが、特に思いつくこともなかった。
向日葵も飽きが来ていれば何か言うのだろうが、かき氷を食べて満足したらしく足取りが軽かった。
ここまで人に任せっきりにしていたことを自覚し、楓はちょうど近くにあった公園を指さした。
「ここ有名な場所なの?」
桜の質問に楓は首を横に振った。
「目的地がないなら、ちょっと日光浴でもしようよ」
「まあ、そんな日があってもいいかもね」
すんなり受け入れてくれた椿につられて、向日葵と桜の二人もやることを決めたようだった。
行く当てもなく歩くことがありならば、やる当てもなくぼーっとしていてもいいだろうという考えだった。
動きは少ないが、食べてすぐ動いたことで横っ腹が痛くなった楓にとっては応急処置でもあった。
ちょうど木によって影になった公園のベンチに四人で腰かけ、日差しの下、緑の葉をつけた木を見上げる。
雲一つない晴れた空とともにある木々の姿は、いい絵になるのではないかと素人ながらに楓は思った。
「あった! ねえ、ボールあったよ」
落ち着きなくバッグを探っていたと桜が興奮気味に言った。ベンチに座るなり遊び道具を探していたらしい。
「ボールが紛れ込むバッグって何?」
「そういうこともあるでしょ? 椿たんやる?」
桜が聞くも椿の顔は晴れなかった。
「誘いはありがたいけど、キャッチボールはやめておくわ。球技が苦手なの」
椿は手を見ながら言った。
楓はハッとさせられた。直接言わなかったが突き指を気にしているのだろうと思った。関係がない人間なら気にしないことでも、作業を前にした椿からすれば大変なことなのだろう。確かに、描けなくなっては大変なため、やめておいた方がよさそうだ。
「じゃあ、私とやろ」
と向日葵が言って、
「いいよ」
と桜が答え、二人がキャッチボールを始めた。
食べたばかりでも動けるらしい二人は、山なりのゆっくりとしたボールを投げ合っていた。
今までのスポーツのイメージからして、向日葵のピッチングとなれば豪速球しか投げられないのかと思っていたが、キャッチボールならばそうでもないらしい。
「うまいなぁ」
とは隣で椿が言った言葉だった。
「椿もやりたかった?」
「そうね。少し手持ち無沙汰な気もするわ」
ゆっくりするつもりだったが、周りが動くと動かなければいけない気になるものだ。
ボールを使わず、できれば手も使わない遊びを楓は考えてみた。だが、遊具もないただの広場のような公園では、そもそもできることが限られていた。
「すぐ近くに川でもあれば、水切りとかできるんだけどね。投げるだけなら大丈夫でしょ?」
「投げるだけなら問題ないわ。楓さんは得意だったの?」
「得意ってわけじゃないけど、何回か跳ねるくらいならできるよ」
「私はろくにやったことがないわ」
「石を選べば誰でもできると思うよ。他の川での遊びなら石を積むのとかもあるし」
「積むの?」
「うん。僕ができるのはただ積み上げるだけなんだけど、すごい人はどうして倒れないの? って思うように積み上げてすごいんだよ」
「色々知ってるのね」
「知ってることを知ってるだけだよ。テレビとかで聞きかじったことばかりだし」
「私もどこかで聞いたかもしれないけど、覚えてないもの。それもまた才能じゃない?」
「そうかな?」
楓は頭をかいたが、同時に会話が終わってしまったことに気づいた。
結局、やることも特に思い付いていない。どうしたものかと楓は腕を組んだ。
「用水路なら近くにあるけど、そこじゃできないわよね」
「やりたいの? 水切り」
楓にとっては意外だったが、椿は頭を縦に振った。
考え事をするにはいいのかもしれないと思った。だが、近くの用水路は残念ながら水切りができるようものではなかった。
歓太郎主催の川遊びの時の川ならば、余裕を持ってできるだろうが、わざわざ行くようなことでもない。
再び考えてから楓は顔を上げた。
「じゃあ、石選びとかフォームの練習とかをやる? それならここでもできるし、今度川に行った時のためにもなると思うよ?」
「いいの?」
「椿がいいならね。でも、あんまり面白いものでもないと思うよ?」
「教えて? 前から興味があったの」
思っていたよりも椿が食いついたため、少し驚きながら楓は頷いた。
と言っても、ただの広場に水切りに適していそうな石が転がっているようには見えなかった。
どれもこれも目につくものは小石ばかりで、そこそこの大きさの石すらなかった。
「無理そう?」
椿が不安そうな声を上げたため、楓は首を横に振った。
「ううん。できる範囲でやってみよう」
とりあえず、楓は公園の端の辺りまで移動して石探しを再開した。
「丸いのよりもできるだけ平たいのがよかったはずだよ。そりゃ投げて跳ねるんだからね」
「確かにそうね。でも、あんまり選んで投げてるイメージはなかったわ」
「まあ、投げるだけなら石の形を選ぶ必要はないからね。人のいないところに向けて思い切り投げるのもいいんじゃない? 波紋でどこまで届いたかわかるんだろうし」
言いながら探してみると、人の通りが少ないせいか、少し大きめの石も見つかった。
川岸ほど豊富ではないが、それでもある程度手頃な石を見つけ、楓は手に取った。
「これくらい平らで、握れるくらい大きかったらよかったと思うよ。ベストを見つけるより大体で何回か投げた方がいい気がするし」
「これとか?」
「うん」
椿も手頃な石を見つけたところで楓は立ち上がった。
「石の見つけ方はこんなところで、次は持ち方とフォームだね。平地でやるとただの石投げる危ない人になるから投げないけど、こんな感じで持ったら足を開いて構えるんだったかな?」
言いながら楓は持ち方と投げ方を椿に教えた。誤って投げてしまわないよう、石は置いてやった。
椿もそれを見て真似するように構えた。何度か見様見真似といった様子で投げる動作をしてみせた。
「どう?」
「椿は僕より背が高いからもう少し足を広げてもいいと思う。あとは全身を使う感じじゃないかな?」
「こう?」
「そう、できれば腕もこうやって振り切る感じで」
楓は少し離れて椿の動きを見た。
「そうそう……」
楓は固まっていた。自分が先ほどどこにいたのかよくわからなくなっていた。
「まだどこか悪い?」
「ううん。そうじゃなくて」
楓はすぐに否定してから、今自分がいる場所と椿のいる場所を往復して見た。
そして、ハッとして頭を下げた。
「ごめん。勝手に体に触ったりして」
今度は椿が固まった。楓の発言がわからないように首をかしげた。
「教えてる間に強く触ってたってこと? 別に痛くなかったのだけど」
「そ、そうだった? それならよかった」
椿の言う通り教えることに熱中していて、椿の体に触れていたことを、離れて初めて楓は実感したのだった。
まだ少し柔らかい感触が残っている気がした。だが、気にした様子もなく、嫌がられなくてよかったと思っていた。
そもそも、臨海学校の時に椿の髪を乾かしていたことを思い出し、楓は気にしすぎだったと思った。
それから、また少しの間ボーッとした後、一度深呼吸してから楓は椿を見た。
「あとは実際にやるんでいいと思う。上手だよ」
楓はできるだけいつも通り言った。
「そう? ありがとう」
「ううん。椿の理解がいいだけだよ」
楓は言いながらベンチに腰かけた。
「でも、特に何もなかったでしょ? 水切りの知識だって絵には使えないだろうし」
「そんなことないわ」
「じゃあ、何かあったの?」
「いえ、水切りや今日何か見つけたと言うよりも、今までの決意が確信に変わったような気分だわ」
「それはよかった。何描くの? まだ内緒? それでもいいけど」
楓が聞くと、椿は急に目を伏せた。
やはり完成するまでは言いにくいものなのだろうか、と楓が聞くのを諦めようとした時、椿は口を開いた。
「楓さんを描きたいの」
「え?」
素っ頓狂な声が出ていた。
「モデルになってもらいたいの」
「僕に? いや、モデルなら向日葵とか桜の方がかわいいと思うし、適任じゃないかな?」
楓は目をそらしながら言った。
ちょうど二人がキャッチボールを切り上げて戻ってきたところだった。
「二人は何してたの? ダンスの練習?」
そこまで動いていたようには思えなかったが、少し汗ばんだ桜が言った。
いいところに来たと楓は思った。
だが、楓が口に出すよりも早く、
「二人にも、絵のモデルになってほしいの」
と椿が口を開いていた。
「いいよ。面白そうだし」
「うん。椿ちゃんの頼みだもんね」
桜と向日葵は即答だった。
自分とは違い決断の早い二人を前に楓は目を見開いていた。そして同時に、胸を撫で下ろした。一人では荷が重いが、三人ならばいいだろう。そう思っていた。
「楓さんはどう? やっぱり嫌?」
「ううん。やるよ。二人と一緒なら」
再度椿に聞かれ、楓は頷いた。
「よかった」
椿が安心したような声を漏らしたのを見て、楓も微笑んだ。




