第81話 風紀委員の服装検査
楓は何気なく登校していた。いつも通り、向日葵と喋りながらの登校だった。
校門を通ると、風紀委員が服装検査らしきものをやっていた。厳重とまではいかないが、数人が注意を受けている。
だが、楓は前世から服装検査とは無縁だった。あるにはあったが、引っかかったことは一度もなかった。今の姿になってからも、何度か通り抜け、引っかかっていなかった。
そのため、いることは意識しながらも、ほとんど気にしないで向日葵と話していた。
「すみません!」
と大声を出され、肩を掴まれて、楓は初めて自分に話しかけられていることに気づいた。
風紀委員の一人らしい女子だった。見た目に見覚えはないため、同じクラスではないらしい。見た目は大人らしく見えるが、同学年か、上か下かは定かではない。
おさげ髪の女子はキリッとした目つきで楓を見ていた。
「なんでしょう?」
「スカートの丈が短いようです。気をつけてください」
「本当ですか? ありがとうございます」
楓は頭を下げた。
「ふざけてるんですか?」
「いえ、そんなことはないです。素直に指摘してもらえて嬉しいだけです」
楓は微笑んで言った。言葉通りの気持ちで、皮肉で言ったつもりはなかった。
向日葵に乗せられ、スカートをはき続け、短いことにも少しずつ慣れてきていたため、感覚が狂っていたことに気づくことができたのは、楓にとって収穫だった。
「ほら、向日葵。当たり前だけど、スカートは際限なく短くするものじゃないんだよ」
「今の方がかわいいと思うけどな」
「ほどほどがいいんだよ」
「髪色とか髪型はよくても、スカート丈はダメなんだね」
「公序良俗に関わることだからだと思います。私としては髪色も髪型もしっかりしてほしいですけど。その桃色は目立ちすぎです」
なるほどなと思い楓は腕を組んだ。短すぎるスカートはただの露出狂である。と心のメモにつけておいた。
「まあ、私の髪の色は地毛だけどね」
「え! そうなんですか? それはすいません。配慮に欠ける発言でした」
「いいのいいの。多分誰もが染めてると思ってるから。それに、染めてると思われるのは慣れっこだし」
「でも、目立つ髪色だし色々大変だったと思います。もし、染めてると言ってる人を見かけたら私から注意しておきますので」
「いいよ別に、そんなに気にしてないし」
「そうですか?」
「うん。じゃあ、そういうことでいい?」
「はい。あ、スカートの丈は直してくださいね」
「はい」
こうして、楓は初めて服装検査に引っかかり、心臓が跳ね上がりながらも、表情に出さないように努め、なんとか対応したのだった。
緊張したものの、風紀委員の人が思っていたより友好的でよかったと楓は思った。
そして、そそくさとスカート丈を直した。
「あれ、戻しちゃったの?」
向日葵はすぐに気づいて言った。
「そりゃそうでしょ。注意されてまで続けるほど図太くないよ」
「そうだよね。楓はそういうタイプだよね」
「それにしても、そんなすぐ見てわかるかな?」
「わかるよ。彼女だよ?」
「なになに? なんの話?」
桜が興味津々と言った様子で、話に首を突っ込んできた。
楓は簡単に今朝の出来事を話した。
「あーなるほどね。葛たんに絡まれちゃったのね」
「カツラ?」
「か・ず・らです」
「ど、どうも」
廊下で話していたこともあり、偶然通りかかったのか、風紀委員もとい葛が口を挟んできた。
「名乗ってませんでしたね。私は船津葛って言います」
「秋元楓です。こっちは夏目向日葵です」
「どうも葛ちゃん」
「葛たん。あんまり楓たんに厳しくしすぎないであげてね」
「あなたに言われてどうこうすることではありません。しかし、スカート丈は校則の範囲内になっているようなので、今私が楓さんに厳しくする必要はありません」
「そっか、でも葛たんはもっとくだけてもいいと思うよ? 喋り方とか、動作とか堅苦しいよ?」
「みなさんがくだけすぎなんです」
「私たち同い年だよ?」
「いいんです。私は節度を持って関わろうとしているだけです。それでは、用も済んだので失礼します」
「またね。葛ちゃん」
「はい。また」
向日葵には愛想よく会釈すると、葛はその場を去っていった。
楓は葛が同い年だったことには驚かされていた。
だが、桜の関心は向日葵にあるようだった。
「向日葵たん好かれてるね」
「そうかな? 同じ対応じゃなかった?」
「楓たんはどう思う?」
「多分、髪色を指摘したことを気にしてるんじゃない?」
「いいって言ったのに」
それからというもの、楓は視線を感じていた。
授業中は自分のクラスに戻るらしく、葛の姿が見えなくなるのだが、授業が終わるなり、廊下から見てくる葛の姿が見えた。
正確には向日葵を見ているのはわかるが、席順的に楓にとっては自分を見られているようで落ち着かなかった。
向日葵もそれには気づいているようで、葛に向けて手を振るのだが、すると会釈してどこかへ行ってしまう。しかし、あくまでフリをしただけで少しすると戻ってくるのだった。
きっと、言い出したからには、髪色の指摘をされている現場を押さえるまでは終わらないのだろうと楓は思った。
葛の気持ちは彼女として嬉しかったが、ありがた迷惑だった。
「私がやめるように言おうか?」
見かねたように椿が言った。
「え、椿たんが行くの?」
驚いたように言ったのは向日葵だった。
「悪い?」
「そうじゃないけど、いいの? 相手は葛たんだよ?」
「別にちょっとした幼馴染でしょ」
楓は何かあったのだろうかと椿の背中を見ていた。
廊下に出て、少し話をすると、それだけで葛は姿を消した。
「ほらね。別になんともないでしょ?」
「二人は何かあったの?」
向日葵が聞いた。
楓も気になっていたため、一緒になって頷いた。
「別になんでもないのよ。桜さんが知ってるのはさすがって感じだけど」
そこで椿は言葉を区切ると、腕を組んで考えるようにした。
「私と葛は本人の言葉を借りるならライバルってところかしらね」
「なんだかかっこいいね」
「と言っても言葉だけで、私としては敵対者って感じがするんだけどね。ほら、先生来たわよ」
話はそこで途切れた。
それ以上のことはなかったのか、それともそれ以上話したくなかったのか楓にはわからなかった。しかし、何のライバルだったのか話していないところを見ると、まだ話は終わっていないのだろうと思った。
昼休みに入り、お弁当を出しながら何と切り出せばいいかと考えていた。
最初は向日葵と二人で食べていたお弁当も、今では桜と椿が加わって四人で食べていた。
「椿たんは今年もポスター描くの?」
話を切り出したのは桜だった。
「ポスター?」
向日葵が首をかしげた。
「そうだよね。向日葵たんはわからないよね。椿たんは去年の文化祭のポスターの担当だったんだよ。校で一人の栄誉だよ」
「言い過ぎよ」
「でも、一人でしょ。元からコンクールで賞を取るほどだったもんね」
「へー」
と言って、楓は視界の端で少し悲しそうな椿の表情を見てから、楓はすぐに頭を押さえた。頭痛ではないが、顔をしかめ目をつむった。
急に思考が途切れ、映像が視界に流れ出した。
記憶の方から訴えかけてくるような感覚だった。
それは、小学生の頃。椿の絵を褒める自分。そう、椿は元から絵がうまかった。思い出した今となっては、何故忘れていたのか不思議に感じられるほどだった。
初めての体験に戸惑ったものの、楓は驚いた様子の三人を前に、すぐに声を出さなくてはいけない気になった。
「違う。知ってる。うまかった。椿の絵は、今まで見たどんな絵より好きだった。なのに、何で白々しい反応しちゃったんだろう?」
楓は言った。
しかしまだ、三人は驚き目を見開いていた。
「どうしたの?」
「頭痛いのかなって」
「ええ」
「大丈夫? 楓たん?」
「うん。大丈夫。体調不良じゃないから」
「そっか、じゃあ話に戻るけど、それで楓たんは知らないだろうけど、ライバルだったのが葛たん。でも、最高賞を取ってたのはいつも椿たんだったよね」
「だからでしょうね。目の敵にされるのは」
楓はそれ以上何も言えなくなり、黙り込んでしまった。
翌日。
「朝ちゃんが一緒なんて初めてじゃない?」
楓は隣の朝顔に言った。
今日はどういうわけか、向日葵とともに朝顔も来ていたのだった。
「一緒に登校するのが楽しいと聞いたので」
「せっかくの楓との二人の時間が……」
「まあいいじゃん。賑やかで」
「そうですそうです」
「なら、私が一緒でも問題ないわよね」
「お姉ちゃんも?」
後から茜も追いついてきて、朝の登校に朝顔と茜が加わっての登校だった。
これからいつもなのか、それとも気まぐれなのかはわからなかったが、姉妹で同じ方向に移動するのだから、何もおかしなことではないだろう。
「今日はスカート丈、短すぎないようね」
校門をくぐるといつものことのように葛が立っていた。
「もちろん」
連日は珍しいと思いつつも、楓は胸を張って言った。
だが、朝顔は気に食わなかったのか、葛をにらみつけている。
「何ですかこの人? かえ姉の太ももフェチですか?」
「違います。私は風紀委員です。服装検査です。あなたは楓さんの妹さん? 髪の色が違うけど」
「私の妹だよ」
「向日葵さんの? 髪の色が違いますね」
「それでも私の妹なの」
「じゃあ、後ろの人は?」
「私は向日葵の姉です」
「三色?」
「みんな地毛だから、よろしくね」
「た、大変ですね」
葛があっけに取られた様子になったところで、楓たちは風紀委員の検査を通り過ぎた。
変わり者に目をつけられて大変だなと楓は思った。
日をまたいでも、葛が向日葵の監視に戻ることはなく、いつも通りの平穏な日常を送っていた。
しかし、何度目かの休み時間になると急に教室がざわつき出した。一人朝顔が教室にに入ってくると、自分めがけて歩いてきていることを自覚した。
「どうかしたの?」
「かえ姉。あの人がつけてくるんです」
学年が違うにも関わらず、気にせず入ってきた朝顔は廊下を指さした。楓の視線に気づき、ハッとしたように身をかがめたのは葛だった。
向日葵のことを監視するのをやめ、朝顔の監視に移ったらしい。
「大変だね」
楓は微笑んで言った。
期待通りの回答でなかったのか、朝顔は目に見えて肩を落とした。
「朝顔たん! あたしが言ってきてあげようか?」
「いいです。そこまでじゃないので」
桜の言葉を一蹴して、朝顔は背を向けて去っていった。




