第77話 夏祭り中編
回りたいものと言われて、楓は困ってしまった。
とりあえず、腹ごしらえが必要になるだろうからと、食べ物関連を見て回ることにした。
気に入ったものを選んで食べる。
屋台の食べ物は味が濃いものが多いため楓は苦手だったが、大量に食べるわけではないうえ、向日葵と一緒ならどんなものでも美味しく感じられるだろうと思った。
「あ、あれなんかいいんじゃない?」
向日葵が声を上げた。
「どれ?」
指さす方へ顔を向けると、たこ焼きののれんが見えた。
「いや、あれはやめておこう。ちょっと今は食べる気になれない」
「そう? 美味しそうだよ?」
「えーと、そうだ。焼きそばにしよう。僕は焼きそばのが食べたいかな」
「なんだ。そういうことね。食べたいのが決まってるなら早く言ってよ」
あはは、と楓は笑った。
今はたこ焼きを食べる気分じゃなかった。たこのことを考えると触手に襲われた時のことを思い出してしまった。動き出すことがないのはわかっていたが、それでも今は気が進まなかった。
そのため、その場を誤魔化して楓は屋台に駆けた。
そして、二人前を注文した。
買ってしまっては冷める前に食べた方がうまい。
とりあえず買うだけのつもりが、不思議とお腹がすいてきた気がして、二人は人混みをすり抜け、ベンチに腰かけた。
「外で食べるなんて不思議な感じ」
向日葵がつぶやいた。
「そうかな?」
楓が聞くと向日葵は頷く。
「うん。人は基本整備された環境で生きてるでしょ。野性味少ない環境に身を置いて、普段は室内で食べてるのに、今は外で食べるんだね」
「まあね。今も狩り自体は残ってるはずだし、必ずしも全てが整えられてるわけじゃないんじゃない? 神様と違って人間の力なんてたかが知れてるからね」
「そんなことより、早速食べようよ」
「そんなことって」
笑いながら楓はパックを開けた。
おいそうなソースの匂いが鼻腔をくすぐる。思わず生唾が出てくる。
「美味しそう」
「だね」
久しぶりの屋台の焼きそば。期待に胸を膨らませ楓は口に運んだ。
すぐにソースの味が口いっぱいに広がった。味も麺の食感も家で食べるものとは全く違う。
楓は美味しいと思ってしまっている自分を自覚した。
「楓ちゃんのも一口ちょうだい」
「これ別に同じやつだよ」
「本当?」
「うん。だっ、ん!」
理由を説明しようとしたところに容赦なく箸が突っ込まれた。
咳き込みつつも、向日葵の能力の無駄遣いか食べられてしまった。
「危ないでしょ! びっくりしたよ」
「どう? 味同じ?」
「いや、驚きでわからなかった」
「じゃあもう一回ね」
「ちょっと待って? わかったから。多分それなら、たこ焼きの方が趣が出るから」
「趣?」
向日葵の質問には答えず、楓は残りの焼きそばを食べ尽くした。
「あっ」
と向日葵が声を漏らしたことも気にせず、楓は待っておくことだけを指示して駆けた。
少し並んで、二人分のたこ焼きを手に戻ってきた。
「楓ちゃん欲張りだね。食べる気になれないんじゃなかったの?」
笑いながら向日葵が言う。
「僕は一応向日葵の意図をくんであげようと努力をしてるんだけど?」
「本当に?」
という向日葵の目線は厳しかった。
焼きそばをわけてくれなかったことを根に持っているのだろうか、と楓は思った。
だが、気圧される必要はない。持ってきたものを使えば向日葵の要望を満たせるだろうという自信があった。
「これをふーふーってするんだよ。熱いからね。気をつけてね」
楓は警告した。
「見ればわかるってそれくらい」
そう言って、自分の分を食べ始めようとする向日葵。
楓はそんな向日葵を見て口を開いた。
「向日葵」
「何?」
「その、何? 口開けて」
楓の言葉に、向日葵は目を輝かせ、口を開けた。
「あーん」
「あーん!」
楓は仕返しのつもりで、向日葵の口にたこ焼きをぶち込んだ。
そうして向日葵は、口に入れられたたこ焼きをはふはふしながら食べ出した。
「これがやりたかったんでしょ?」
楓は顔が熱くなるのを感じながら言った。
学校では慣れてしまい、知人の前ならまだ耐えられるが、人通りのある場所でやるのは抵抗があった。
そのため、たこ焼きを使うことにした。焼きそばでやるのは不自然な気がしたが、たこ焼きならばそこまでおかしくはない気がしたからだった。
熱々のたこ焼きを嬉しそうに食べると、
「わかってるじゃん! 楓ちゃん!」
と向日葵は心底嬉しそうに言った。
この顔が見れるから恥ずかしくても付き合ってしまうんだよな、と楓は思い、思わずはにかんでいた。
どちらかというと食べさせるより、食べさせてもらう方が、楓にとって抵抗は大きかったが、しっかりと向日葵からのお返しも受け取った。
人に見られている気はする。
だが、見知らぬ人間のことを、楓は意識から押し出す。
「美味しいかった?」
楓は聞いた。
「うん」
向日葵は笑顔で頷いた。
目的が果たせたこともあってか、楓にはいつも以上の笑顔に見え、やってよかったと思えた。
あくまで、恥ずかしいというのは心理的抵抗に過ぎないが、これでも頑張った方だと楓は自分に言い聞かせた。
しかし、食べ終えても体は熱かった。
熱々を食べたからかと思ったが、それ以外にどうにも口の中に違和感があった。
「口の中がヒリヒリする」
楓はつぶやいた。
「大丈夫? かんじゃったの? でもヒリヒリ?」
心配そうに向日葵が言った。
「いや、そういうんじゃなくて、多分火傷かな」
「火傷? 私はならないからわからないな」
「うらやましい限りだよ」
「まあ、こればっかりは仕方ないよ。でも、早めに冷やした方がいいんじゃない?」
「そうだね。じゃあ次はあれにしようか。何味がいい?」
「味?」
楓は立ち上がると空になった容器を近くのゴミ箱に捨て、歩き出した。
向日葵がついて来ていることを確認してから、人の流れに戻る。
屋台を見回し探すと目当てのものは簡単に見つかった。
「あれだよあれ」
楓が指さしたのはかき氷。
しかし、かき氷の言葉でピンと来ないようで、向日葵は首をかしげた。
「氷に味があるの?」
「味をつけて食べるって感じかな?」
「じゃあ、なんのことだかわからないから、ブルーハワイってやつで」
「わかった」
楓はテキトーにイチゴを選ぶ。
味が同じではずにも関わらず、感じ方が違うのは、なんとも不思議なことだと思いながら、楓は二つのかき氷を手にして戻った。
「氷粉々だよ?」
向日葵がのぞき込むようにして言った。
「そういうやつだからね」
楓は笑って返す。
向日葵が警戒しているのを横目に見ながら、早速口にすると、甘い。冷たい。と同時に楓はなんだか懐かしいような気がした。
家にあったかき氷機では、うまく作れなかった思い出。
ふわふわのかき氷も向日葵と食べに行きたいな、と楓は思った。アイスは好きだ。太らないようにしなくてはいけないが。
「甘いね」
向日葵も食べたようだった。
「シロップがかかってるからね」
「なるほどね」
「そういえば、シロップの色は違うけど、同じ味らしいよ」
「本当に? 試してみようよ」
「言うと思った」
楓としてもなんだか楽しくなってきて、すぐさま一口差し出した。
向日葵は口にすると味わうためか目をつむった。
「わかる?」
楓は聞いた。
「確かに同じ気もするけど、匂いが違うせいもあるのかな?」
首をかしげながら向日葵は言った。
「まあ、言われてもはっきりとはわかんないよね」
「いや、わかるよ。成分のうえでは同じなのはわかるよ」
「本当? テキトーに言ってない?」
「じゃあ、楓ちゃんはわかるの?」
「多分わからない」
と言いつつも、楓は向日葵に差し出されたスプーンをくわえる。
もうすでにイチゴ味を食べてしまったせいもあり、口の中にブルーハワイとイチゴが同時にやってきた印象だった。
味わっていると思ったのか、期待の視線を向けてくる向日葵に、カッコつけてわかると言おうかと思ったが、楓は正直に白状することにした。
「甘くてよくわかんない」
「そうかもね。でも、美味しいからいいや」
「だね」
それから、再びイチゴに戻るも、やはり味の違いのわからない楓だった。
ただのシロップと言われてもイチゴの味がすることも不思議だ、と楓は思った。
そのまま味に集中して、舌がヒリヒリしていたことなどすっかり忘れ、しばらく食べ進めていた。
最後にシロップが残るんだよな、と思った時、楓の頭をキーンとした痛みが襲った。
思わず顔をしかめ、頭を押さえる。
すると、隣では向日葵が慌てふためき始めた。
「どうしたの? 頭痛? どうしようどうしよう」
「いや、かき氷を食べると起こる名物みたいなものかな」
「そうなの?」
「向日葵は頭がキーンてしない?」
「うん。しないよ。私も自分の体の仕組みを詳しく理解してないけど、痛みが発生する前にかき消されてるんだと思う」
「そっか、共感できないのはちょっと残念かな。でも、ない方がかき氷は楽しめるだろうから、うらやましくもあるな」
「楓ちゃんには治癒も効かないからね」
「効いたらどんなによかったか……」
楓は頬を撫でた。しかし、頬の傷は簡単に治った。
ただのすり傷だった。跡が残ることもなかった。
だが、向日葵の言う通り、能力による治癒では、茜や向日葵、朝顔が自らの体を治すときのように瞬間的に戻すことはできなかった。
そのため、普通に怪我した時の対処法を試すしかなかった。
洗脳という物騒なものが効かないのはいいが、回復もできないのは不便だ、と楓は思った。
クヨクヨしていても仕方がないため、それから、綿飴を食べ、金魚とスーパーボールを向日葵がしこたますくって過ごした。




