第63話 海で水着が
寝ぼけまなこをこすりながら、楓は朝食を済ませた。
旅先の朝食はどこへ行っても量が多い気がして、少し苦しくなりながら楓は荷物を持った。
このまま移動かと思うと憂鬱だったが、周りが騒がしければ大丈夫だろうと考えた。
臨海学校だけあり、海へ行く。
遊びに来たのか何なのかわからなかったが、海へ行った時の対処法を知るためなのだろう。
「学校の外で皆の水着を見られるなんてね」
桜が言った。
相変わらず桜は人を見ること重視らしかった。
マリンスポーツやら何やらやるらしいが、はたして桜はできるのだろうかと楓は思った。
少なくとも楓のやったことがあることではなかった。
うまくできるか心配だったが、ここまで来てしまえば気にしても仕方がない。
やってしまえばすぐ終わるだろう。
そんな思いで楓は部屋を出た。
海。
さんさんと照らす太陽のもと、楓は水着で居た。
学校行事であるが、校則のゆるい学校だけあり、学校指定の水着ではなかった。
今まで向日葵にしか見せていなかった姿に、恥ずかしさを感じていた。
「海でスク水っていいね」
桜が言った。
桜の言う通り、見回してみると確かに、スク水で来ているクラスメイトも居た。
だが、楓には桜の意図がわからなかった。
「どういうこと?」
楓は聞いた。
「プールでスク水もいいけど、海でスク水もよくない?」
「ちょっと何言ってるのかよくわからない」
そこで桜との会話をやめると楓は海を眺めた。
バス移動では酔わず、初めてやったシュノーケリングも形だけでもできただろうと思いながら、楓は立ち尽くしていた。
もうすでにそこそこ動いたことによる疲労と、自由時間で特にやることが決まっていないということもあって、楓はほうけていた。
潮風に当たっているだけでも、十分世界を感じられるのだなと思っていた。
「ボーッとしてても何にも起きないよ」
桜はさらに言った。
スク水どうこうはわからなかったが、その通りだろうと楓は思った。
他のクラスメイト達はすでに散開して、各々で行動して、青春していた。
それに比べて楓はただ海辺に居た。
楓はこんな時は何をすればいいのかわからなかった。
笑えばいいのだろうか。
いや、ニヤニヤしていたらそれこそ桜と同じで、水着を見て喜んでいるみたいだと楓は思考を振り払った。
「そもそも自由時間って何するのさ。泳ぎの練習?」
楓は言った。
「そうじゃない? 海で泳ぐんだよ。プールとは環境が違うからね」
桜が言った。
案外真面目に考えているのだと驚きながら、楓は頷いた。
「じゃあ泳ぐか」
楓は言いながら、一つ伸びをした。
しょっぱい潮風を吸い込み、海に来ていることを実感した。
「そうね。あんまりダラダラとしていても仕方がないし」
椿が言った。
「海だー」
向日葵が走りだした。
「わー」
続けて桜が走りだし、楓と椿もそれにならった。
マリンスポーツをやった後ということもあり、体はそこそこ疲れていた。
そんな時に海に出るのは危険な気もした。
疲れからくる足のつりで溺れる。
嫌な記憶が浮かび上がってくるが、楓は頭を振った。
そんな時は向日葵に助けを求めよう。
と言っても、別段泳ぎがうまいわけでもない楓は、海に入ると体を浮かべてた。
向日葵に教わったことで泳ぎは上達したものの、ものすごくうまいわけではない。
スキルは使わなければ上達しないが、それなら浮く練習だと楓は開き直っていた。
キャッキャと水をかけ合い遊ぶ桜と向日葵を尻目に、楓はただただ浮いていた。
「いいの? 一緒に遊ばなくて」
椿が聞いてきた。
初めてみるビキニ姿は、スク水の時よりも扇情的に見え、楓はすぐに目をそらしてしまった。
不意打ちのショックもあったが、すぐに失礼だと気づき、椿の顔に注意を向け直した。
「うん。ちょっと疲れた。こっち来てから疲れたと眠いばっかりな気がするけど、これもまた楽しみ方だと思うし」
楓は答えた。
「それもそうね」
椿も同じようにぷかぷか浮かびだした。
しかし、浮くのが楽しみ方だと、口には出したものの、やっぱり遊びたい気持ちはある。
ヘタだというのは言い訳で、混じりたい気持ちもある。
ただ、体が追いつかないだけだった。
その証拠に、楓は向日葵からつかず離れずの距離を保っていた。
押し寄せ引き返す波間をぬって、ちょっとは泳ぐかと楓は向日葵に接近した。
ざぶーんざぶーんと音がして、頭にも水がかかる。
体に色々な方向から力がかけられ、楓は桜の投げたビーチボールを向日葵が取る前に取った。
「お、楓たんもやる気?」
桜の挑発に楓は乗ることにした。
「あんまり無理しないでね?」
向日葵は反対に不安そうだった。
「大丈夫だって。少しくらいなら体力も保つでしょ」
楓は心配かけまいと答えた。
「そうじゃなくて」
耳打ちしてくる向日葵。
確認して水にもぐる楓。
「あーあんなところに金髪美女がー」
楓は叫んだ。
「どこどこ!」
桜が振り向いた。
スキを見てあらぬ方向へ、ビーチボールを投げる。
そして、楓は水に戻る。
「あーしまった! 見惚れていたら変な方向に投げちゃったー」
「楓たんの嘘つき! 金髪美女なんてどこにもいないよ?」
「もういなくなっちゃったみたい。てへぺろ!」
「仕方ないなあ。楓たんのドジっ子」
楓は演技も桜の言葉も甘んじて受け入れた。
桜が背を向けビーチボールを取りに行ったのを確認して、楓はそこで口を開いた。
「どうしようこんな水着流されるとかあるの? ねえ、そのうち桜戻ってくるよ? ビーチボールなんてそんなに投げ飛ばせられないし」
「それはそうだろうけど、どうしようもなくない?」
と向日葵。
「いや、神様でしょ? すぐに新しいの出してよ」
「えー、あれって簡単だけど結構面倒なんだよ?」
「どっち? そもそも向日葵がヒモ引っ張ったんじゃないの?」
「やってないよ。私は楓ちゃんがはだけるのは一対一の時の方が興奮するんだから」
「そ、そっか。じゃあ出して? お願い」
「仕方ないなあ。楓ちゃんの頼みなら」
やったと思い楓はガッツポーズをした。
そう言って向日葵はほぼヒモだけの物を作り出した。
「はい」
と言って向日葵は楓に渡した。
「はいじゃないよ。何これ!」
楓は渡された物に目をむけつつ叫んだ。
「水着」
「本当に? これをつけるの?」
「うん。それをつけるの」
「嘘だ! ギリギリ隠れるぐらいしかないよ?」
つけようにも、楓にはつけてる方が変態チックな気がした。
桜はまだボールまで距離があるようだ。
それでも、引き返してくるまでは時間の問題。
「ねえ、まだ間に合うから。他には? 他に何かないの?」
「じゃあ、この世界の人間は海では胸を隠さないってことにすればいい?」
「そうは言ってない。僕が耐えられない。そんな世界的なことじゃなくて水着を用意してくれればいいの」
上の水着のヒモがほどけ流されてしまっただけだ。
世界中でそれを正当化するのは、男だったなら胸が躍るかもしれないが、今は死んでしまう。
「しっかり隠れるやつをお願い」
「はーい」
やる気のない返事をすると、向日葵はちょうどいいサイズの水着を胸の位置に作りだしてくれた。
「ありがとう」
ちょうど桜は振り向いて、楓たち目指して動きだしていた。
間一髪間に合った。
「もう。変なところ投げるから取ってくるのに時間かかったよ」
桜が言った。
「ごめんごめん」
楓は謝った。
「楓たんってノーコンなんだね」
「そんなことないって、そっぽ向いて投げたからだよ。昨日の枕は正確だったでしょ」
「それは一回だったじゃん」
「今も一回だけだよ」
「じゃあ見せてみなよ」
桜は風であおられ、簡単にあらぬ方向に飛んでいくビーチボールを、楓めがけて正確に投げてきた。
どうやら人を馬鹿にするだけあり、桜には自信があるようだった。
たとえファッションでは力およばずとも、楓には基本的に並程度にはできる自負があった。自分を侮ってもらっては困ると思いながら、楓は投げ返した。
ふわふわと円弧を描いて、ボールは桜の胸へ向かって飛んだ。
キャッチボールの一つや二つ、楓にとっては朝飯前だった。
さすがに、豪速球を投げるピッチャーにも、頭脳明晰天才キャッチャーにもなれないが、普通に投げる取るはできる。
しかし、ボールは桜に届くより早く、バンと音を立て、不自然な角度で急に落下すると、勢いよく水しぶきを上げ、海面に叩きつけられた。
「ほら、届いてないよ」
桜は言った。
その顔は笑っていた。
明らかに確信犯だった。
「おかしいおかしい。叩き落としたでしょ。だからキャッチしてないんでしょ」
楓は指摘した。
「なんのことだかわからないなー」
「それが全ての女子が彼女とか言ってる人のやり方ですか?」
「いいんですー勝負の世界には愛だ恋だを持ち込まないんですー」
どうやら今の桜は手口を選ばないらしい。
ならばと、楓も届かないことにしてやろうと画策した。
いや、それより確かな方法を思いついた。
「向日葵。あれは桜が叩き落としたよね?」
楓は向日葵に聞いた。
他人が桜のミスを指摘したならば、コントロールが悪いわけではないと認めざるを得ないだろう。
しかし、向日葵の反応は鈍かった。
「うーん。そんな気もするけど、ここからは手元が見えなかったからなんとも」
向日葵が言った。
そう。たとえ、能力でわかったとしても、指摘するには見えていたかどうかが重要。
ただでさえ、物証ではないにも関わらず、自分の意見を強めるために嘘をついてもらっては逆効果。
桜は自信満々で構えている。
どうやら、距離感をずらすしかないようだ。
「私は見たわ」
椿が言った。
「椿!」
「私は桜さんがボールを叩き落としているところを見たわ」
「だからどうしたってんだよーもう結果は出てるぜ、楓たんのコントロールは悪いってなぁ」
もうどういうキャラなのかよくわからないが、そのまま桜はビーチボールを投げた。
それは明らかに動揺を表し、楓の頭上高くを通り過ぎた。
「桜もノーコンじゃん」
楓は言った。
「たった一回で判断しないでほしいな!」
桜の怒声に、
「はいはい」
と返事をして楓はボールを取りに行った。
それから誰がノーコンかを決める勝負をし、時間が過ぎていった。
楓は更衣室へ向かう。
今は水着が変わったことをどうやって言い訳しようか考えていた。
だが、特に何も指摘されなかった。
向日葵の気遣いからか、下も同じデザインのものに変えられており、それも違和感につながらなかったのだろう。
今では最初から着ていた物を取り寄せてもらうことを頼んでいればよかったと後悔した。
しかし、別の服装をして気づかれないこともそれはそれで悲しかった。
だが、仕方のないことだろう。
視界の外での変化に、人間は鈍感だと楓は聞いたことがあった。
無事に海を乗り越えたのだし、と考えることにした。
服に戻ると、思ったよりも指先が冷えていた。
更衣室から出て蒸し暑い中でも、冷えるような気もする不思議な感覚だった。
「楓たん途中で水着変えるなんて大胆だね」
先に出ていた桜が言った。
「え、気づいてたの?」
楓は聞いた。
「そりゃそうだよ。ちょっとした変化でも気づくのが恋人の努めでしょ」
桜に言われて、楓は向日葵に浴衣姿似合うとも、水着姿似合うとも、言っていなかったことに気づいた。
どこかツンとしている気がしていたが、理由はこれかと思った楓だった。
水着が流されたことに関しては、根拠なく責任を押しつけてしまった。
帰るまでにもまだチャンスはある。
次こそは小さな変化を見逃さないようにしようと、楓は心に決めた。
「ありがとう」
楓ははにかみながら言った。
気づかせてくれたことと、気づいてくれたことについての感謝だった。
「ふふふ。楓たん似合ってたよ。こっちもね」
そう言って桜は上側の水着を取り出した。
「それ! どうして桜が?」
楓は驚きながら聞いた。
桜が持っていたのは、元々楓がつけていたものだったからだ。
「さーてどうしてでしょうねぇ? 落とし物だから届けないとね?」
「僕のだから返して。落とし主に返して」
必死に飛びつくもうまいことかわされ、楓はなかなか取り返せなかった。
こんな桜だが、女子の扱いはうまいらしい。
参考にするのは本当にしゃくだが、これからも警戒と観察を続けていこうと思うのだった。




