第60話 大浴場
今は待ちに待ったお風呂の時間。
想像しただけで桜の弛緩し切った顔は引き締まらなかった。
一度、楓と向日葵の一糸まとわぬ姿を見る好機を自ら逃した桜。
だがそこでは、しっかりと向日葵と楓の姿を堪能。
しかし、それで終わる桜ではなかった。
このタイミングがあるとわかっていたからの行動でもあった。
臨海学校でのお風呂。
事前に動きをあらかじめインプットしておくことができた。
そして今は、レクリエーションで環境に慣れ始めたところでの裸の付き合い。
油断していること間違いなし。しかも大浴場だ。
女子だから近くの温泉へ行くこともできるが、クラスメイト達と入るとなると絶好の機会である。
「その顔どうにかならない?」
と桜は椿に言われた。
「椿たんはもっとリラックスした方がいいと思うよ?」
「そう言われてもね」
「でしょ? それに、楓たんは硬くなりすぎだよ。もう肝試しは終わったよ?」
「硬くなってないよ。でも、ほら、お風呂って後ろに何かいる気がしたりとかするじゃん?」
「やっぱり肝試しだと思ってるでしょ。お化けがいる気がするのは一人で入ってる時でしょ? 大丈夫だよ」
「そうかな?」
「あたしや向日葵たんを見習いなよ。ねえ向日葵たん?」
「皆でお風呂楽しみだね」
向日葵の純粋な笑顔に、桜は少し胸が痛めながら脱衣所へと移動した。
幽霊に怯えて泥だらけになった楓もよかったが、恥ずかしがる楓もいい。
そう思いながら、桜は自らの服に手をかけていた。
迷わず脱ぎ捨てる者もいれば、多少恥ながら脱ぐ者もいる。
恥ずかしさとは環境からくるもの。人は、多い方が正常と判断し、少ない方を異常と判断する。
街中で全裸でいれば恥ずかしいだろうが、お風呂で全裸でいることは恥ずかしくない。
むしろ、服のままお風呂に入ったとしたら、本来の目的を満たすことはできない。
世界には全裸で生活できる地域もあるらしいが、桜にとっては女性の全裸はいいが、男性の全裸は別になくてよかった。
「楓たんは恥ずかしがり屋だなあ」
桜は冗談めかして楓に言った。
体育の時もそうだが、楓は一番周りを警戒しながら服を脱いでいた。
周りを観察する桜とは違い、見られないようにするために周囲をうかがっているように見えた。
また、見てしまわないように目を背けているようにも見えた。
前はそんなことはなかったが、いつからかそんな調子になっていた。
それでも、最近は警戒を緩めているように感じていた。
何かきっかけがあったのではないかと桜は考えていた。
人は簡単なことで変わる。
ただし、それは一つの出来事というよりも、これまでの積み重ねの結果に加えて、最後の一押しが入ることで変わるというのが桜の持論だった。
桜はそれが、ちょうど向日葵が転校してきて、楓が向日葵と付き合い始めた日が境界な気がしていた。
順番に違和感を覚えたが、そこはあまり気にしていなかった。
「恥ずかしいよ。裸だよ? 裸のままだよ?」
楓は顔を真っ赤にして言った。
「でも、川遊びの時は大丈夫そうだったよ?」
向日葵が言った。
「あの時はちょっと場に酔ってたというか……」
「楓たんは向日葵たんとは普段から一緒にお風呂に入る関係なんでしょ?」
「なんで知ってるのさ」
楓は目を見開いた。
「ってそんな頻繁に入ってないけど」
「だから言ったでしょ。この世の女の子はあたしの彼女だって」
楓は納得がいかないように顔をしかめていた。
だが、桜の情報網からは楓と向日葵は一緒にお風呂に入ることがあるということが伝わってきていた。
さらには、一緒に寝ることすらあるという情報もあった。
ニヤニヤと笑いながら桜は口を開いた。
「彼女なら恥ずかしくないの?」
「向日葵とでも恥ずかしいよ。でも、向日葵とならちょっと慣れたというか……」
もじもじしながら楓は言った。
「あんまり遅れると注意されるわよ。行きましょう」
椿が言った。
さらに追い打ちをかけようとしたが、桜は言葉を飲み込んだ。
覚悟を決めたように楓が急いで脱ぐと四人は移動した。
椿は楓とは正反対に堂々としていた。
四人の中で一番立派なものを持っている椿は、気にすることなどないといった様子だった。
桜は一度顔をうずめてみたかったが、意図的にやれば正当防衛と言う名の攻撃が襲ってくることを避けられない。
少し前までなら渋々受け入れてくれたかもしれないが、ここ最近の椿相手に顔をうずめればきっとやられるだけだろう。
以前使った方法だったが、ハプニングを装えば大丈夫かもしれないと桜は考えた。
だが、一度使った方法が二度も効くかはわからなかった。
「視線だけで何考えてるかわかるわ」
「本当? あたしたちって通じ合ってるね」
「そうね。そう思うならやめておいた方がいいんじゃないかしら?」
「そうしとく」
一服盛るのもやめておいた方がよさそうだと感じ、桜は椿に対しては大人しくしておくことにした。
露天風呂もいいが、ここにはそういう設備はなかった。
だが、汗を流すためにお風呂にいる女子の眺めは桜にとって絶景だった。
「極楽極楽」
と二つの意味で思いながら、桜は湯につかっていた。
「桜さんって中身おじさんじゃないの?」
椿が聞いてきた。
桜はそこまで驚かなかったが、何故か楓が驚いたようにしていた。
「そんなわけないじゃん。あたしはあたしだよ。ただ女の子が好きな女の子だよ。いいよね同性が好きって」
「それは個人の自由だから何も言わないでおくわ」
「いいでしょ。堂々と同性のお風呂に入っても、誰もとやかく言わないでしょ」
「そうね。同性だものね」
桜と椿のやり取りを一番顔を真っ赤にして聞いていたのは何故か楓だった。
そこまで恥ずかしい内容でもない気がしていたが、楓にとっては違ったのかもしれない。
見ていたのが胸だったせいかと桜は考えていた。
ハプニングで椿の胸に飛び込むことは不可能だったが、向日葵や楓なら可能性を感じていた。
他の子でもよかったが、楓の反応が桜にとって一つの楽しみだった。
向日葵は向日葵で基本笑顔で対応してくれるのが嬉しくもあった。
しかし、同性相手にも照れ、同性とお付き合いをしている楓の向日葵以外に対する態度は見ていて楽しかった。
今までならちょっとしたスキンシップだったものにも過剰に反応してくれていた。
その時の表情も豊かで、いい遊び道具、もとい、いい彼女だった。
「楓たんはあたしの中身が男の人だと思う?」
「え!? 僕?」
楓は聞かれると、素っ頓狂な声をあげて、視線を泳がせた。
迷っている。
椿のように率直ではない。
言葉を選ぶようなところも、できるだけ人を傷つけまいとしているように桜には見えた。
「えーと、どうだろう」
「もっとはっきり言ってよ」
「はっきり? うーん」
桜のリクエストに楓は今度は腕を組み出した。
楓の胸は椿と比べると成長途中だが、桜は可能性を見出していた。
大きいものも小さいものもよかったが、これからというのもまたよかった。
椿と向日葵を両極端だとすると楓と桜はその中間程度だった。
楓の方が伸びがよかったが、これからどうなるかはわからない。
だが、桜にとっては自分のものよりも他人のものに興味があった。
いつでも手に入るものよりも、手に入ること可能性があるものの方が惹かれるからだった。
と考えるとどうにか楓を育てる方が、胸に顔をうずめるのは関係的にも早そうに思えてきた。
「好きになるのは自由だと思うけど、その、接し方はおっさんぽいんじゃない? 女子だし親しいからいいけど、異性で他人だったらと思うと怖いかな」
「なるほどね。つまり楓たんはあたしに触られるのは嫌いじゃないと」
「え、そうは言ってないよ」
「言ったよーいつも嬉しそうだよ」
そう言って、桜はのっそり楓に近づいて胸を揉みしだいた。
「ほら、嫌ならもっと抵抗したら? あたしのも揉んでみたりさ」
「いや、それはちょっと、ねえ、向日葵」
「いいんじゃない?」
「向日葵!?」
こうして、楓に必要以上に接触すると、楓をじっとりと見つめながらも、気にしていない風を装う向日葵の姿も桜にとっては見ものだった。
「向日葵たんも一緒がいいの? うんうん。わかるよ向日葵たんの胸キレイだもんね」
「本当に?」
向日葵は驚いたように言った。
「うん。あたしは好きだよ」
「ほら、桜ちゃんはわかってるんだよ」
「だから、ちょっと待って。僕は別に小さいの嫌いとは言ってないよ」
必死に抵抗というより身を守ろうとする楓。
褒められ差し出してくる向日葵。
「桜ちゃんもキレイだよ」
「本当に? 触ってみる?」
「いいの?」
「うん」
そっと肌が触れ、触られる感覚が脳へと伝わる。
指でゆっくりとなぞられると、くすぐったさが強かった。
「柔らかい」
「そんなにないけどね」
「私のはない……」
すっかりしょげかえる向日葵。
「まだまだこれからでしょ」
桜は笑って言った。
しかし、向日葵はいつもの調子を見せなかった。
暗い顔でうつむいてしまった。
楓も何か知っているのか、目を伏せた。
「他の人も見てるんだし、その辺にしておいたら」
桜がしまったと思うと同時に椿が言った。
桜はじゃれるのもそこまでにした。
一応は貸切状態だったが、次が控えている。
旅行のテンションでいつも以上に騒いでいたことを自覚した。
向日葵の反応は気になったが、続きはまだまだ色々なところでできるだろう。
お風呂にもそこそこ入っていただろうと思い、桜は椿に続いてお風呂から上がった。




