第57話 くじ引き
部屋に着くなり、荷物を下ろし、楓は床に寝そべった。
部屋は四人部屋。楓、向日葵、桜、椿のメンバーだった。
予定は分刻みというわけではないが、慣れない空間では時間は早々に過ぎ去っていく。
だらだらしていると遅刻ギリギリの時間になってしまう。
だが、まだ次の予定まで、荷物の置き場所を決めるくらいの時間はある。
ここで寝るのかと思うと、楓は固まった。
向日葵はまだしも、他の二人とも同じ部屋で寝るとなると、楓には初めての経験だった。大丈夫だろうかということを、部屋についてやっと現実的になってから意識し始めていた。
だが、疲労からリラックスして弛緩し切った楓の体に対してそこまでの威力を発揮しなかった。
しばらくこのままでいいと思いながら、楓はしょぼしょぼした目をしていた。
「チラッ」
しかし、そんな楓の眠気も泡沫のように消え去った。
「何してるの?」
「スカートの女の子が床に寝転んでたらすること」
「何でしてるの?」
「スカートの女の子が床に寝転んでたから」
ダメだ。会話が通じないと楓は頭を抱えた。
どこにいてもいつもの調子でスカートをめくる桜を前に、楓は体を起こしたのだった。
起き上がって裾を押さえていても、執拗につけ狙っている桜の姿はまるで狩りをする肉食動物のようだった。
「スカートめくりなんて知らない人にはやっちゃダメだからね」
「大丈夫だよ。親しくなってからやってるから」
親しくなっても、いいよと言う人などそうそういないだろう。
人たらしめと思いながら、楓は壁際までジリジリと下がった。
朝から遅刻しかけたり、酔いかけたりして完全に油断していた楓だった。
学校があれば学校の間中、一緒に出かけていれば出かけている間中、同じ部屋ならずっと、桜の動向には目を光らせておかなければならなかったにも関わらず。
楓を含め四人しかいないことが楓にとってせめてもの救いだった。
力以外の解決方法がなくなったからか、桜は楓を諦めたように椿に向き直った。
班全体で桜に振り回されているだけで時間が過ぎていた。
束の間の休憩もほとんど休みにはならず、レクリエーションに繰り出されるまでにそう時間はかからなかった。
「ねえ、臨海学校って何でやるの?」
向日葵がつぶやいた。
「集団行動のためじゃない?」
椿は冷静に答えた。
楓もそうだろうと思い、頷いた。
集団行動。もっと言えばコミュニケーション。
タクシーやらの交通手段に使う資金を持っていないであろう生徒達を、閉鎖空間に閉じ込め、強制的に時間をともにさせる。
社会には似たような環境がさまざまあるだろう。
最上級のそれが、宇宙船の中だと考えると臨海学校などゆるいものだが、それでも普段なら気にならないいざこざや、いつもと違う環境からくるストレスへの対処を学ぶという意味合いがあってもおかしくないだろう。
そうでなければ、学校行事として行う言い訳ができないはずだ。
なるほど、といった様子でこくこく頷く向日葵に、神様に集団行動が伝わっただろうかと楓は考えていた。
「うーん」
隣には納得いかない様子の人物がいた。
「集団行動の予定なんてあったっけ?」
「ずっと集団行動でしょ?」
「ずっと!?」
今度はあからさまに驚いた様子で声を上げる桜。
楓は桜がこの四人の中で一番集団行動に向いていないだろうと感じていた。
美少女がいればふらふらとついていこうとする様はさながらどこぞの幼稚園児を想起させた。
だが、そんな桜もさすがに集団行動という言葉を知ってはいるだろう。そう考えるとどうしても楓には反応がおかしく感じられた。
「集団行動するなら大きい体育館とかで合宿するのがいいんじゃない?」
という桜の言葉からも齟齬がうかがえた。
「桜が思う集団行動ってもしかしてパフォーマンスのあれ?」
「そうでしょ? あの、おおーって感じのみんなが同じような動きをする」
「私が言ったのはそれじゃないわ。言い方を変えるなら集団生活といったところかしら」
「なるほどね。通りで話がかみ合わないわけだ」
手を打つと、やっとここで桜も理解した様子だった。
桜の言った集団行動を楓も知っていた。テレビで見た程度だったが、思わず声が漏れたことを覚えていた。
華やかさはなかったが、最後まで集中して見ていた。
しかし、場所はどうあれ、素人がコーチから教わって特訓したとしても、たった臨海学校の期間の数日でできるようになるとは思えなかった。
もちろん、難易度にもよるだろうし、少人数でできるものもあるのだろう。
だが、学校行事でやるならそれこそ体育祭の出し物にできるだろうし、学校の体育館を使って練習すればいいのだから、部活でもない限り合宿してやるものでもないと思った。
勘違いが解消されてからの待ち時間を話して潰していると、とうとう楓の番がやってきた。
今夜のレクリエーションは肝試し。
まだ始まっていないため心に今は余裕はあったが、すでに心臓がヒヤヒヤして体が次の出来事に備えていることを楓は自覚していた。
くじでペアを決める順番待ちが終わりとうとうくじを引くタイミング。
出た番号は七。
同じ番号の女子が楓のペアだった。
男女でやるのかと思ったが桜が働きかけたのか、同性ペアで肝試しを行うことになったようだった。
「楓ちゃん何番だった?」
「七。向日葵は?」
楓は紙を見せつつ聞き返した。
どうせ裏で操作して、同じ番号が出るようにしたのだろうと思いながら。
「……」
返事がなかった。
向日葵は紙と楓の顔、そして、楓の持つ紙を順番に見ていた。
様子がおかしい。
計算づくでも同じ番号で喜ぶところではないのかと楓は考えた。
感動で声も出ないのかと思い、楓は向日葵の紙をのぞき込んだ。
数字は四。七ではなかった。
「違ったの?」
黙ったままコクリと頷く向日葵。
絶句していたのは番号が違ったかららしかった。
あれだけ勝負事で強い向日葵が、ここで外すことは考えにくかった。
「楓たん何番?」
「七」
「ラッキーセブンだね。あたしと一緒だね。大丈夫だよ。いつもみたいにどれだけ怯えてもあたしが守ってあげるから」
桜が楓に見せたのも七の紙。
腕を絡めてくる桜を楓は抵抗せず受け入れた。
「う、うん。よろしく」
決まってしまったものは仕方がないからだった。
「向日葵さんは何番だったの?」
「四番だよ」
「私と一緒ね。よかったわ。向日葵さんで。よろしくね」
「うん」
向日葵は椿と一緒の様子だった。
楓にとっては向日葵の反応は不自然に感じられた。
仮に意図的に別の番号にしたならば、絶句することもないだろう。
もし、演技ならばありえないことはないが、楓には向日葵が演技をする理由が思い当たらなかった。
どこかで神様の力を使うことのミスを犯したのだろうかと楓は考えた。
しかし、楓としてはそうは考えられなかった。今まではそんなことなかったはずだし、人間にミスがあっても神様にミスがあるはずがないだろう。
それとも、精神と同じように人の体の時は力もお粗末になるのか。
楓は耳に吹きかけられる息も気にせず、椿と楽しそうに話す向日葵を眺めていた。
「向日葵たんとがよかった?」
「え!?」
楓は桜の言葉に素っ頓狂な声を上げた。
「わかるよ。彼女だもんね。でも、あたしも彼女なんだよ。平等に愛してほしいな」
「まだ続いてたの? 愛してるゲーム」
「ずっとやろうよ。ずっと! 愛してるよ楓たん」
「そうね。向日葵とがよかったよ」
「無視! じゃああたしを向日葵たんと思って、いつもしてるように熱い愛情表現をあたしにぶつけてきて」
「肝試しのペアってそういうのじゃないでしょ」
「ケチ!」
浮かれ気分の桜を相手に、楓は苦笑いを浮かべながら、せっかく元気になったのにと楓は思っていた。
だが、桜は桜で気をつかってくれているのだろうと感じていた。
こうなってしまったのではもう遅い。一度お化け屋敷に行ったことはあるのだし、と考え楓は桜と楽しむことに意識を向けた。
桜ともホラー映画を見たり、怖い雰囲気の謎解きはしたが肝試しはなかった。
実のところは相手が同じ班の相手でよかったと思っていた。
学校生活でホラーが苦手とバレる場面は少ない。
楓の苦手加減は人様に見せたくないという気持ちが強かった。
そのため、未だバレていない人と組むよりも安心感が強かった。
未だぺちゃくちゃと一人でまくし立てる桜を前に、楓はふっと振り向いた。
桜も気になったように楓の視線を追った。
「どうしたの? 何か飛ばされちゃった?」
「そうじゃなくて。誰かに見られてる気がして」
楓は茂みを目を凝らしてみた。
しかし、風で揺れる様子しかなく、おかしな動きはしていなかった。
振り返った瞬間はもっと大袈裟に揺れていた気がしたが、気のせいかと考えた。
「まあ、これだけいれば楓たんを狙ってる人もいるんじゃない?」
「でも、それなら草むらの方から視線を感じるかな?」
「何? 肝試しはもう始まってるってこと? それともあたしを驚かせようとしてるの? 大丈夫だよ。あたしは楓たんの悲鳴も聞き届けてあげるから」
「それって僕無事じゃないよね?」
「楓たんは心配性だな。大丈夫だよ。これから怖くても悲鳴はあげるでしょ」
守るという言葉はどこへ行ったのかと思ったが、桜はそういう人間だったと楓は思い出した。
再度茂みを見てみたものの特に変化はない。
自然が多い場所であり、都会でもハトやスズメはいることを考えると、単に動物だったという可能性もある。
不審者だけが様子をうかがっているわけではないだろう。
楓は桜の言う通り考えすぎだったと思い、思考を手放した。
肝試しはまだ始まってすらいない。
今から警戒していては精神は保たないと言うものだ。




