第52話 アクセサリー
今日は突然の遭遇でも、楓の中に魂胆があるための遭遇でもない。
純粋に茜との時間を楽しむ目的で、楓は茜を呼び出していた。
迷っていても仕方がなく、強硬手段が通用しないとわかると、楓にできることは夏休みが明けるのを待つか、事情を引き出すことのみ。
動かないという選択肢を、今の楓は選ばなかった。
茜を呼び出した場所は、ショッピングモール。
さすがに、一緒に汗を流そうぜ、という気持ちではない。
海に行くこともよさそうだったが、桜がどこからともなく現れそうな気がしたため、やめた。
だが、ショッピングモールには、まだまだ女子力の特訓に使えそうなお店はあるはずだと楓は考えていた。
理由は単に、いつも同じ人ではないが、同年代の女子を見かけるからだった。
「なんだか目つきが変わったわね」
茜は楓の目を真っ直ぐ見つめながら言った。
「そうですか?」
楓は近くのガラスに映る自分の顔を見てみたが、目つきが悪くなったようでも、眠そうにも見えなかった。
目を凝らしたり、ガラスから顔を話したりしてみても変わらなかった。
店内に居る人から視線を返されている気がして、楓はすぐに茜に向き直った。
「本当に変わりました?」
「私にはそう見えるわ。なんだか吹っ切れたように見える」
「それは、確かにそうかもしれません」
ここ数日の茜や色々な人とのやり取りを思い返すと、楓も自分の気持ちが変わっている気がした。
依然、向日葵と会いたいと思ってはいるが、ずっとそれだけを考えるようなこともなくなった。
何故なら、考え続けることが向日葵のためにならないと考えたからだ。今では目の前のことを考えられるようになった。
そして、誤解から始まった茜との関係も、今ではすっかりいい友達だった。
「これからは私に気兼ねしなくていいわよ」
と茜も言ってくれた。
「そうですか? じゃあ、夏休みの宿題ってやってるんですか?」
早速、楓は率直な疑問をぶつけてみた。
その辺をうろうろとしていれば、そんなこと関係なしとばかりに遊んでいる人たちはよく見かける。
もちろん、そういう印象を受けるだけで、実際がどうかはわからない。
だが、茜の場合はどうなのかと楓は思った。
楓は自分の宿題は順調に進んでいるつもりだった。だが、茜に振り回され、少し遅れ気味な気もしていた。
学年が上で、色々とやるべきこともあるだろう茜の進捗は気になった。
「もう終わってるわよ」
茜はあっさり答えた。
「え? もう終わったんですか? 少ないんですか?」
「それもあるけど、夏休みの宿題って、配られたらすぐやるものでしょ?」
そこまでさっさとやってこなかったなと思い、楓は感嘆させられた。
ぶっ飛んでいる人だと思っていただけに、真面目なのだなと感じたのだった。
「いえ、そういうのじゃないの。私が気兼ねしなくていいと言ったのは言葉遣いについてよ」
「また妹みたいに話せってことですか?」
「惜しい」
と言って、茜は親指と人差し指の間にすきまを作った。
惜しいとは、と考えたが、言葉遣いに関して、妹みたいに話すのではないとなると、楓にはピッタリくる言葉が見つからなかった。
「その、友達って認めてくれたでしょ? だから、もっとフランクな感じで付き合いたいというか……」
そう言いながら、茜はもじもじとしだした。
珍しい様子に目を見開きながら、なるほどと楓は思った。
どうやら茜は本当に友達が少ないらしい。
それも、前世の楓よりも少ないかもしれない。
「わかりました。タメ口で話せってことですね」
「そう。それよ。なんだか、ですますだと距離を感じて」
「それくらい簡単ですよ。って、あれ、意外と難しいな。やるだけやってみま、みるね」
「お願いするわ」
微笑む茜を見て、楓も微笑み返した。
周りを見回してみても、歳の差があるのかどうか、会話の内容がどうかなどわからない。
年上への敬意という意味で敬語を使っていたつもりが、距離感になってしまっていた。
茜の要望に答える方が、理にかなっているだろうと考え、楓はタメ口を止めようと心がけた。
「それじゃあ特訓に移りましょうか」
「うん」
そうして二人はたくさんのお客さんで賑わう店内を歩き、目的地まで移動した。
茜が立ち止まったのは、色々な物が置いてあるお店の前。
なんなのかというと、楓には見当がつかなかった。
「ここで何をするの?」
茜に対しては口に馴染まない言葉遣いに、楓はニヤニヤしてしまいながら口を開いた。
「今日はアクセサリーとして身につけるものを選ぶのよ」
楽しそうに茜は言った。
楓もアクセサリーという言葉は聞いたことがあった。
しかし、いまいちわからなかった。家にも色々と置いてあり、試しにつけてみたこともあったが、それで外に出たのは向日葵と出かけた時に一度だけだった。
それに加え、男の時には一度も身につけたことがなかった。
「コツとかあるんですか?」
「こういうお店は初めて?」
「初めてではないけど」
「なら、自分で選べばいいと思うわ」
茜は言うなり、楓の背中を押した。
おずおずと尋ねたが、ほっぽり出されてしまった。
楓はどうしたらいいのかわからなくなりなったが、じっとしていても仕方ないと考え、店内を歩き出した。
軽く近くの物を見てみるも、違いがよくわからなかった。
ふとして店内を見回すと、茜は茜で何かを選んでいるらしい。
助けを求めたはずが、ノーヒントになってしまった。
店内は女性が多め、なにやら異様に照明が明るい気がした。
置かれているものは、キラキラしたようなもの、耳につけられそうなもの、首から下げられそうなものなど色々だった。
カバンにつけるストラップくらいならば、前世の楓もつけることはあった。
だが、身につけるとなると、やはり一度もなかった。
ピアスには興味はあったがしたことはなかった。穴を開けると聞いてビビってできなかった。
挟むだけでいいイヤリングなるものもあるらしいが、それはそれで痛そうだからとできていなかった。
せっかく来たのだし、こういうのがいいのかと思い、楓は手に取った。
小さい。
これを耳たぶにつけて痛くないのだろうか。
楓は戻した。
そう、茜は言っていた、まずは自分で、と。
つまり、周りに流されるなと言いたいのだと考えた。
楓はイヤリングの棚に背を向け、店内をもう一度物色し直した。
茜を避けるわけではないが、はちあわせれば決まったか聞かれそうだったため、距離を取って歩いた。
そして、一通り見てから楓は琴線に触れた物を手に取った。
決まってからは早く、今度は逆に茜に近づいた。
「茜ちゃん。とりあえず選んでみたよ」
「どれどれ」
楓は手を開き選んだ物を茜に見せた。
お土産屋さんに置かれていそうなものも置いているのだと、興味がそそられたものだった。
「そう、こんなものがあったのね」
「うん」
茜の反応は興味深げといったものではあったが、楓にはポジティブというよりネガティブに感じられた。
「あまりかわいくはないわね」
「そ、そうかな」
茜の反応はいまいちだった。
「どうやってつけるの?」
「首から下げるみたいだよ」
茜はうーんと唸った。
楓が選んだものは、でかでかとした剣の飾りがついたネックレス。
茜の反応を見て、向日葵に服だけなら及第点と言われたことを楓は思い出した。
楓はショックで持ってきた商品を落としそうになった。
「ま、好みはそれぞれだしね」
「茜ちゃんはどういうのにしたの?」
人のことをとやかく言う人間に興味を持ち、楓は口を尖らせながら言った。
そんな楓に、茜は笑いながら手に持っていた物を差し出した。
「リボンかぁ」
楓は頭を抱えた。剣だと引かれるわけだと思った。
さすがにスカートには慣れたが、リボンや髪飾りとなると未だに抵抗があった。
だが、茜にリボンのイメージはなかった。
「どうかしら?」
「似合うと思いますよ。茜ちゃん美人ですし」
「ツンツンしてない?」
「そんなことないです」
楓は敗北感で下唇をかんだ。
しかし、そんな楓に怒るでもなく、茜は嬉しそうに笑っていた。
勝手な敗北の悔しさだったが、楓はもう一戦したくなり、人差し指を立てて茜に頼み込んだ。
そして、茜の許可を取り再戦が決まった。
今度の楓は記憶を探った。
選んだもの、剣以外で何かかわいらしいもの。
一度ではどうにもできずとも、二度目なら何か変わるかもしれない。
そう、これは一応女子力の特訓。剣など持ってきた日には、見当違いのトンチンカンだと思われるのは避けられないのだ。
もちろん他のものと組み合わせて、似合っていればよかったのだろうが、今の楓には茜からするとミスマッチだったのだろう。
自分で選べという言葉を読み違えたと判断し、楓は少ないヒントから再考した。
となると今度こそイヤリングだろうか。
痛そうだが、心のどこかで惹かれているのを感じていた。
やらずに後悔するよりやって後悔した方がいいという言葉を思い出し、楓は手に取り、茜のもとに戻った。
「決まったかしら?」
「はい」
そう言って、楓は茜に見せた。
目を輝かせる様子を見ると、茜にとってもいいものらしい。
「いいんじゃない? 似合うと思うわ」
好感触。早速茜は楓の手からもぎ取ると会計。すぐに戻ってきた。
「いいんですか?」
「特訓は私が言い出したものだからね」
ホラーの時は僕が払った気がと思ったが、楓は胸の内にしまっておいた。
「せっかくだしつけてみたら?」
「そうですね」
店内に飾られてある鏡を見ながら、挟むタイプのイヤリングを耳に取り付けていく。
手先が不器用でうまくいかないながらも、楓は耳たぶになんとか挟み込んだ。
何やら意味があったようなと思いながら、反対側にもつけた。
つけてみると思っていたよりは痛みがなかった。
ピアス穴を開けるとなると別なのだろうが、楓はホッと過剰な不安だったのだとわかり安心した。
「どうですか?」
「私は好きよ。かわいいわ」
と言って親指を立てられると、楓は頬が熱くなるのを感じた。
前よりはかわいいと言われることに慣れてきたものの、まだ照れ臭かった。
ただ、やっぱり嬉しく、思わずはにかんでいた。




