第50話 尾行開始
楓たちは茜の尾行を開始した。
「ノリノリで茜たんの選んだ格好で来たけど、いいの?」
「よくないけど、仕方ないでしょ」
「あたしたちに任せて、着替えた後で合流すればよかったんじゃない?」
「今さらできないでしょ。気づいてたなら早く言ってよ」
ごめんごめんと笑う桜を、楓は軽く突いた。
「それだと、楓さんは走らないといけないだろうけどね」
「確かに」
と言いながら、じゃあどうしたらよかったのさ、と言いたい気持ちを楓はグッとこらえた。
そうして、桜と椿の二人を連れ、角を曲がった茜を追いかけた。
楓が着る服を選ぶ特訓の後、四人はショッピングモールを出て、それぞれの家路についた。
しかし、三人は素直に帰るように見せかけると、合流し、茜を追い始めた。
楓としては、桜も椿も茜の体力を削ってくれれば十分と思っていたが、いざついてきてくれるとなると、とても心強いと思っていた。
「三人寄れば文殊の知恵、三本の矢、三種の神器でしょ」
と桜は言っていた。
「最後のは違うと思うけれど、注意を払うのは長く続かないものよ。交代でやった方がいいんじゃないかしら」
と椿は言っていた。
取っ組み合う二人を見つめながら、
「ありがとう」
と言って、楓は二人の申し出を受けた。
失敗したとはいえ、桜の方は経験者だ。
助けになってくれるかもしれないと楓は考えた。
それに、日が落ちてきたとはいえまだまだ暑い、一人でやるには精神的にもこたえることを考えると、椿の言うことにも納得ができた。
そして、二人の言う通りだったのか、尾行は今のところなんの問題もなく、順調に進んでいた。
茜が三人に気づくことはなく、また、振り離されることもなく、一定の距離感を保って、三人は茜の後ろをこそこそとついていっていた。
買ってもらってしまった荷物は、尾行にとっては邪魔だったが、せっかくのプレゼントをどこかに置いてくるわけにもいかなかった。そのため、楓の両手はふさがっていた。
せめて髪はスマートにし、気合を入れ直そうと、荷物の持ち手を腕に引っかけると、楓は自らの髪をポニーテールにまとめ出した。
その時、
「楓たんポニーテール上手くなったね」
「え?」
「前はもっと雑だった気がする」
「そ、そうかな? 気のせいじゃない?」
楓は多少動揺しながら聞き返した。
細かい動作でそんなことわかるのだろうか。
「確かに、雑とまでは言わないまでも、手際がよくなった気がするわ」
二人から言われると、そうなのだろうと楓は反省した。
気にしなくてよさそうな些細な動作となると、最初の頃から自分でやっていたため、そのせいだろうと楓は考えた。
何にしても繰り返していれば上達するのだなと感じ、楓は少し頬を染めた。
「あ、そうだ。みんなポニーテールにすればいいんじゃない?」
「別にそこまでしなくていいでしょ」
「いや、尾行はスポーツだよ。動きやすく、動きやすく」
桜はポニーテールにする必要があるのかわからない長さだったが、椿は桜の言う通り、まとめた方が動きやすそうだった。
結局、桜の手により、椿までポニーテールにされると、仲良し三人組みたいになってしまった。
ここまですると、スマートにするはずがスマートじゃなくなったように感じたが、一体感はある気がして、楓はこれはこれで楽しくなってきていた。
おそろいを気にする椿を尻目に、楓はさらに前に進む。茜を見逃さないよう追跡を続ける。
一人だと、物陰に隠れながら人を追うという行為は不審者でしかないが、三人でいると、時々立ち止まってだべりながら進んでいるように見え、そこまで違和感がないのではと感じていた。
さすがに全員同じ髪型なのは異様な気がしたが、それはそれとして楓は二人とともに歩を進めた。
恥ずかしさと嬉しさにより、心拍は上り、頬は紅潮してきていた。
「楓たん。その格好で小走りはいいと思うけど、走るのはどうなの? あたしとしては大歓迎だけどね」
「今さら? ねぇ、今さら? 大丈夫だよね。見えてないよね」
桜の問いに、動くたびされされるももを撫でた。
丈的にスリットから見えることはないだろうが、めくれていればそれは別問題だ。
首を横に振る椿を見ると、楓はホッと息を吐いた。
「大丈夫だよ。楓たんのパ……」
桜の言葉に、楓は咄嗟に動くと、桜の口を押さえて睨みをきかせた。
聞いたのは自分だったが、色やら柄やら言われないよう、頬をつねって釘を刺しておいた。
念の為、指をさして目を見ると、こくこくと頷いたため、楓は桜を解放した。
解放されると、桜はつねられた頬を撫でながら、
「やだなぁ、あたしとて乙女だよ? そんな公衆の面前でプライベートな情報をぶちまけるわけないじゃん」
と笑いながら言った。
楓としては、以前容赦無くぶちまけようとした輩がいたからの行動だった。
スキを見せれば、桜も同じく行うだろうと思い、すぐに動いた楓だった。
「寸劇は終わった? もう少し距離を詰めた方がいいと思うのだけど」
「それはひどくない?」
ふふふと笑う椿に笑い返し、楓は再び茜に向き直った。
しかし、今のところ特段の動きがない。
それはそうだろう。一人での帰り道だ。急に誰もいないところに話しかけたり、何かと戦闘になったりなどはない。
不倫現場の証拠写真を見つけるわけでも、殺人事件の証拠を探しているわけでもないのだ。
ただ、家に帰るまでの道のりがあるだけだ。
そう思うと、一体何をしたらバレるのだろうという思いで、時折楓は桜を見た。
見るたびに何を思っているのか、ニヤニヤすることが気になったが、楓はそれを見てからまた茜に意識を戻すのだった。
茜の行動で気になることといえば、時々、木々や花々を愛でることくらいだった。
それも特別なことはなく、チラと見て通り過ぎるだけだった。
「茜たんってメルヘンなんだね」
そんな様子を見て、桜はつぶやいた。
「え? 歩いてる時って暇だし見たりしない?」
「楓たんもメルヘンなの?」
「いや、違うよ?」
「じゃあ、病んでるの?」
「違うよ!」
よくわからない桜の話題に振り回されることもあったが、順調であることに変わりなかった。
歩いては止まり、歩いては止まり、ショッピングモールから夏目家まで意外と距離があるのか、それとも何か用事があって遠回りをしているのか、はたまた楓自身が知らない道を歩いているからか単調ではあったが、もうすでに長い間歩いている感覚だった。
楓は尾行という地味な作業に、早く終わってくれと願い始めていた。
「意外と退屈なのね」
それを表すように、椿もぽつりと口にした。
「ね、三人でよかったでしょ?」
「そうかもね」
「まあ、信号が変わるタイミング道と、少し先で曲がるタイミングが重なりでもしない限り単調なんだよ」
「あっ」
と声を漏らしたのは楓か椿か、茜が信号を渡ると、少し先の道で曲、姿が見えなくなった。
そして、追いかけようにもタイミング悪く赤信号。このまま進めば通りかかったトラックにひかれてしまう。
やむなく三人は信号待ちをすることになった。
隣でと額に汗を浮かべながら、目線をそらす桜。
「桜が変なこと言うから」
「いや、たまたまでしょ? そんな、偶然だって、信号なんて言ったからどうってものでもないでしょ?」
「確かにそうだけど」
楓は冗談で言ったのだったが、言葉を発した責任を感じているのか、桜は居心地悪そうに何やらもじもじしていた。
せわしなく、なかなか青にならない信号を見たり、目を離したりしていた桜は、急にハッと手を打った。
「わかった。あたし、この辺の道に詳しいから、ここからはちょっと別ルートで茜たんを追うから」
「気まずくなったからじゃなくて?」
「全然。じゃ、二人は同じルートで追っててね」
「ちょっと」
楓の声も聞かず、桜は逃げるように走り出した。
本当に詳しいのかどうか怪しかったが、桜の背中はどんどんと小さくなっていった。
周りの人は横断歩道を渡りだし、信号が青へ変わったことがわかった。
楓は椿と目を見合わせた。
「どうする?」
「ここは桜さんの言う通りにするしかないんじゃない? 追ってる暇はなさそうよ」
椿の言う通り、ここで投げ出し、桜を追うことに意味はない。
逃げ出したのかどうかを確認することは後日でいい。
そうこうしているうちに、信号の待ち時間表示も減っているのが目に入った。
「じゃあ、そうしようか」
楓と椿は少し駆け足で信号を渡り、茜が曲がったであろう道を見た。
一本道だったらしく、まだ歩いている茜の後ろ姿が見えた。
だが、遮蔽物が少ない。
今までは、急に背後を振り向くようなことはなかったが、それがこれからも同じとは限らない。
しかし、遮蔽物もあることはある。電柱の影に隠れるなどして、道を進んでいく。
椿と二人になると、楓は決まって気まずいと感じるのだった。
宿題という共通認識があればこそ場は持ったが、ないとなると何も会話のタネがない。
無論、尾行という場において会話が必要かというとそうでもないだろう。
なにしろ、話している間に対象を見失っては元も子もないからだ。
そういう意味では、お互いを信頼しているが、会話をしないというこの関係は、ベストであるとも言える。
なんだか同じ道を歩いているような感覚を覚えながら、楓はそんなことを考えていた。
チラと視線を茜に戻すと、角を曲がったのが見えた。
二人で勢いよく駆けると、さらに入り組んだ道が続いており、茜がどこに行ったのかわからなくなっていた。
「このままではらちが明かないわ」
「どうするの?」
「二手にわかれましょう。注意の分担も大事だけど、こうなったらやむを得ないわ」
楓は頷き、二人は別々の道へ進んだ。楓は左、椿は右へ。
最初は一人でやるつもりだったが、いざ散開し一人になると心細さを感じた。




