第49話 服着てもらい
そういえば、制限時間的なものを聞いていなかったなと思い、楓は茜と桜と椿の三人を探して店内をウロウロしていた。
もしかして、服を着せるというのは仕掛けで、一人だけ取り残して帰るドッキリなのではと不安になり、早足で店内を移動していた。
冷や汗が出始めてきた時、楓は三人の姿を見つけた。
どうやらドッキリということはなかったようで、三人とも試着室の前で、楓を待つように立っていた。
「遅いわよ。楓ちゃん」
「もう決まったの?」
全員がコクリと頷いた。
みな後ろ手に服を持ち、見えない状態で挑むらしい。
楓はいじめじゃなかったと安堵していた。
「じゃあ一人ずついきましょう。まずは桜さんから」
「はーい」
桜は手を挙げるとこそこそと試着室に入った。
楓は靴を脱いだものの、疑問に思って立ち尽くしていると、急に引きずり込まれた。
「なんで桜まで試着室に入る必要があるの?」
「楓たんも着る間は目をつぶってて。それで、みんなと同じタイミングで見るの」
よくわからなかったが、そういうルールかと思うと楓は目を閉じた。
微妙な違和感を覚えると同時に、だんだんと面白くなっている自分に気づいた。
するすると服を脱ぎ、桜の指示のもとトップス、ボトムスそれぞれ用意された服を着た。
「準備できました」
楓としては、空気が肌に当たる感触がいつもよりも多かったが、終わったらしい。
実は下着でしたというオチじゃないよな、と思った楓だったが、触り心地は確実に別物。
大丈夫だろうと大丈夫なのかという思考の中、シャッとカーテンが開けられた音がした。
楓は誰よりも早く見なければという思いで、できるだけ早く目を開けた。
首をしたに向け、すぐさま服に触れる。見たところ下着ではない。というよりも、桜が持っていた丈の短いトップスだった。
やっと何を着ているのかわかると、本当にへそを出すことになるとはと思えるだけ楓には余裕が戻っていた。
冷静になると縮こまり隠そうとしたが、面積的にうまくいかず、諦めて棒立ちになった。
「これはどういうテーマなの?」
「夏の楓ちゃんです」
茜の質問に桜は堂々と答えた。
「普段お腹を出さない楓ちゃんにお腹を出してもらおうと思いました」
「なら、下は別にこんなに短いのじゃなくていいんじゃ」
ボトムスはホットパンツ。ボトムスも今までで一番丈が短いものだった。
「そっちは川遊びの時にほとんど見えなかったからね」
楓にはよくわからない、因縁があったらしい。
ももはへそ以上に隠すことができず、楓は桜に見られるままだった。
「じゃあ最後に楓ちゃん。ポーズを」
「え、え?」
茜の指示で楓はぎこちなくポーズを決めた。ぴよぴよさんのパジャマの時にポーズをとり、大量に写真を撮られたものの、咄嗟には出てこなかった。
服装とポーズのダメージで楓は顔を抑えてしゃがみ込んだ。
「それでは採点」
ここで、どうやら一通りの手順が終わったらしかった。
茜が言うと、指の間にすきまを作り様子をうかがった。
茜と椿の二人はどこから持ってきたのか、一から十まで書かれた十本の棒を持っていた。
「せーの」
という茜のかけ声により、二人は同時に棒を上げた。
採点の結果は茜十点。椿が一点で十一点だった。
「椿たん厳しい。どうして?」
「これは楓さんのイメージじゃない気がして」
桜はぷくーと頬を膨らませて椿に抗議した。
だが、椿は相手にせず点数が上がることはなかった。
十一点。これが、高いのか低いのか楓にはわからなかった。
しかし、今回の桜のファッションが一位になる可能性はまだまだある。
再び自分の姿を見下ろし、姿見で確認するも、これで帰るのか、というなんとも微妙な気持ちが湧くばかりだった。
「私はいいと思うわよ」
「ありがとうございます」
茜は桜のファッションを褒めていた。十点なら気に入っているのだろうが、二人のセンスは若干似ているのだろうか。
楓は桜が茜に無条件に十点をつけるのではないかと、先が不安になった。と同時に一つの疑問が頭をもたげた。
「あの、僕が着てるのに僕が点数を一点も持ってないのはどういうことですか?」
「それは、鏡で見るのは左右反対になるし、見下ろしたら全体像は見えないし、そもそも本人の意見は主観が混じるからよ」
茜にもっともらしいことを言われ、楓は押し黙った。
自分で採点ができない代わり、怯えることに関してできなかった分、今回こそは他人からセンスを学ぼうと思った。
意気込んだ楓は、続いて椿とともに試着室に入り、カーテンを閉じた。
そして、目をつむり、服を脱ぐと、椿の指示通りに新しい服を着た。
「大丈夫です」
今度の服装はヒラヒラとしてはいるものの、桜の選んだものに比べると布面積は多そうだった。
あらぬ心配をしなくてよさそうで、楓は胸を撫で下ろした。
さすが椿、という思いを抱いていると、再び、シャッとカーテンが開けられた。
楓も目を開け、自らの姿を見てみる。
レースがあしらわれ、フリルのついたトップスに、そしてプリーツスカート。
普段椿が着ているようなものよりは、少しかわいらしい印象だったが、それでも色味は大人しく、楓はどことなく似ていると感じた。
「ずばり、テーマは?」
「深窓の令嬢とかかしら?」
あまり考えてなかったのか、椿は首をかしげながら言った。
「とかって何さとかってー椿たーん」
「その、テーマとか考えるものなの? 桜さんが聞かれているのを見て、慌てて考えたのだけど、思いつかなくて」
「考えるものだよ。椿たーん」
いいチャンスと思ったのか、ニヤニヤと笑いながら、桜は椿の頬を突いていた。
どうやら考えておくものらしかった。
楓は短い文章で感じのいいことを答えることを考えることが苦手だったため、参加していなくてよかったと思った。
しかし、楓としてはお嬢様な感じがしなくもなかったことから、咄嗟にしてはいい言葉を選んでくれたと楓は思った。
これがいわゆるフェミニンなのだろうか、と付け焼き刃の知識で考えながら、楓はスカートの裾を揺らして遊んだ。
「楓さんにはスカートが似合うと思ったのと、あとはかわいい方がいいかなと思って決めました」
「ほんとかな?」
「あんまりしつこいと……」
と言いかけ、椿が突いていた桜の人差し指を握りしめると、桜は手を引っ込めた。
「採点にしましょう」
「では、採点です」
桜の必死の請願により、茜は採点に移った。
ポーズをしていないと思ったが、楓は気にしなかった。余裕を持って立っていると、ドラムロールのように喋る茜の声が聞こえた。
微笑を浮かべつつ、最後のダンの声を聞くと、採点者の手元に目を向けた。
採点は桜が七点、茜が六点の十三点。桜よりは上だった。
「あら、色々と言っていた割に七点なの? 桜さん」
「う、もっと奇抜でもいいと思うけど、楓たんに似合ってるのが悔しい」
「そう。ありがとう。でも、桜さんの趣味は私の趣味じゃないわ」
「ひどい!」
手を出したい様子だったが、椿からの仕返しが怖いのか、桜は両手を握って我慢していた。
「桜さんの言う通り、私も、もうちょっと冒険してもよかったと思うわ」
「そうですか?」
「なんで同じようなこと言ってるのに、あたしの時と反応が違うの?」
「表現の問題よ。普段の態度を顧みてみなさい」
椿の言葉に桜は腕を組み、額にシワを寄せ、人差し指を当てて考え出した。そこまでしないと思い出せないことではないだろうと楓は思ったが、本人に自覚はないらしい。
「わかんない」
と言ってすぐに考えるのをやめた桜に、椿はため息をついた。
なにはともあれ、これで桜の選んだ服が一位になる可能性はなくなった。そのため、楓は胸を撫で下ろした。
そして最後、茜の番。
一番の不安要素。
未だ完全に安心ができない理由。
それから、またも閉じられるカーテン。
着替える楓。
「できたわ」
と言う茜。
椿のものと布面積のうえでは大差なさそうだと楓は思ったが、いつもと違う感覚があった。
なんだか、あるようなないような、そんな不思議さが楓を支配していた。
すぐに、シャッと開けられるカーテン。
楓も目を開け、今度は度肝を抜かれた。
スリット。
へそ出しと同じく、今まで着たことがなかったもの。
動くたびにももが見え隠れする、大丈夫なんだかそうでないのかわからないデザイン。
「テーマはチャイナにしたかったのだけど、なかったからこれにしたわ」
そういうことかと楓は合点がいった。
つまりバニーガールの代替として、チャイナドレスを着せようとしていたのだ。
結果、チャイナドレスがなかったからスリットの入ったスカートになったわけだ。
チャイナドレスというと、楓としては左右にスリットがあるイメージだったた。だが、今着ているものが片方でよかったと楓は安堵の息を漏らした。
トップスは露出が少なくなったことへの抵抗の現れなのか、オフショルダーだった。これまた着たことがなかったが、へそよりはマシな気分だった。
これがかわいいなのかと思ったが、楓は日焼けが気になった。
「では採点ターイム!」
セルフドラムロールの後、出された得点は、桜が十点、椿が六点で十六点。
一位だった。
「私の勝ち!」
「でも、楓たんにスリットはいいですね。見え隠れするのがいいですね」
「でしょう? でしょう?」
「私もこれくらいならいいと思います」
「やっぱり茜たんに甘いな! 椿たんは!」
「だから、そうじゃなくて、あなたの趣味は私の趣味じゃないの」
それぞれ色々言っているが、楓は椿の選んだものが好みではあった。
茜のものは、なんだかヒヤヒヤするうえ、桜のものはほとんど隠れていないため、普段着ることに抵抗があった。
しかし、どれも自分のために選んでくれたという事実は、何をとっても嬉しかった。
「みんなありがとう」
「私が楽しむつもりだったけど、感謝されると照れるわね」
「えへへ」
「喜んでもらえてよかったわ」
選んでくれたということが、楓にとってはどんな服よりも価値が高かった。
そういえば、向日葵の時も他の人に着てもらうことや、見てもらうということについて考えてたっけと楓は思い出していた。
「どの服も買っておいたから、着たい時に着てね」
「え、あ、ありがとうございます」
予想していたものの、今では物をもらう時よりも、楓は満面の笑みを浮かべていた。




