第45話 相談
呼んだはいいものの、早すぎる来訪に楓は慌てて部屋を出た。
藍は楓と十分戯れたと思ったのか、紅葉を連れ出して出かけてしまった。
紅葉の行動に、楓は意外とツンデレなのかもしれない。と考えていた。
となると、これから藍に対してデレるのだろうか。
玄関に着いたことで、姉妹の関係性を考えるのを保留にして、楓はドアを開けた。
「いらっしゃ……」
「ただいまー」
家族が帰ってきたのかと思い、反射的に一歩身を引いたが、目の前の人物は楓の行動など気にせず突っ込んできた。
勢いのまま両手を絡め取られ、体勢を整えることもできず、楓は玄関に押し倒された。
そのまま首だけでは回避できず、やはりいつもの挨拶なのか、フレンチキスをかまされた。
解放されると、目の前には満面の笑みを浮かべた桜の顔面があった。
「ただいまって言うけど、ここ桜の家じゃないよね」
「いいのよ。いずれここもあたしの家になるから」
「どういうこと?」
「だって、この世界の女の子はみんなあたしの彼女だから!」
馬乗りのまま体をそらせ、芝居がかった口調で言い放ってみせると、桜は高笑いを浮かべた。
悪者っぽい調子だだ、別に悪いこと言ってるわけでもないため、楓は桜が楽しそうだからという理由で笑わせておいた。
しかし、何の反応も示さない楓を見るや、笑いをやめた。
すると桜は、楓の両頬を押さえ、顔を近づけた。
「だから、楓たん。あたしと結婚しよう」
「急に告白?」
「そう。これはプロポーズ! 味噌汁を作ってのがよかった?」
「いや、どっちでもいいけど……」
返事を濁したものの、熱を帯びた桜の視線から楓は目を離せなくなっていた。
普段ならキスかハグの距離で、どちらでもない状況に心拍は急上昇。荒くなりそうな息を、できる限りいつもと同じペースに保ち、軽く笑みを浮かべるだけで精一杯だった。
「結婚する? しよう? しよっか!」
「何その三段活用。そもそも、僕たちって結婚できるの?」
ハッと思いつき、そもそも論へと持ち込んだ。
楓は日本では同性婚はできないと記憶していた。
もし結婚するならば、楓としては向日葵とがよかった。
「乗り気ね。あたしも嬉しいわ。諸々の書類を作成すればできる! 多分!」
楓の返事をYESと捉えたのか、片腕でガッツポーズして、桜は意気込んだ。
やる気はあるようだが、詳しいことは知らないらしい。
「決まりね。あたしのハーレムに加わってね」
「いや、決まりじゃないし。ハーレムなの? 本当にどういうこと?」
「それは、痛いっ!」
急に叫び声をあげながら、桜は頭を押さえて身をかがめた。
それにより、楓は桜の後ろに居る人影に気づいた。
桜に気を取られていたため、楓は侵入者に気づいていなかった。
だが、見慣れた人物、もとい援護をしてくれそうな人物に、楓は安堵の息を漏らした。
「楓さんが困ってるでしょう」
「だから説明してたのに。急に叩くなんて、椿たんはひどいな」
「あら、桜さんは女の子からされることなら、なんでも嬉しいんじゃなかったかしら?」
「さすがに喋ってるときに叩かれるのは守備範囲外だよ」
そこそこしっかりと叩かれたのか、桜は未だ頭を押さえていた。
椿の救援がなければ、よくわからない書類に判を押すことになっていたかもしれない。
楓が椿にありがとうの笑みを向けると、椿の微笑みが返ってきた。
「ところで、どうして桜さんが居るの?」
「どうしてとはひどいな。いちゃ悪い?」
「そうは言ってないわ。理由を聞いてるのよ。私は楓さんに呼ばれて来たのだけど」
椿の呼んだの? という視線に、楓は首を横に振った。
桜は二人のやり取りを気にせず、目をつむり、ふっふっふと笑うと、おほんと咳払いした。
「秋元姉妹に会うためさ。お姉ちゃん帰って来たでしょ?」
「なんで知ってるの!?」
「藍たんもあたしの彼女だからね。そうこの世界の女の子は……」
「でも、今お姉ちゃんも紅葉も居ないよ」
年上でもたん付けで呼ぶのか。と苦笑いを浮かべながら、楓は口に出した。
「最後まで言わ、え……?」
あれだけ止まることを知らなかった桜が絶句した。
こんなこともあるのかと、無防備なお腹を突きながら、そろそろ誰か今の状況をツッコんでくれないかと待っていたが、椿はどうやら流すつもりでいるらしい。
触らぬ神にたたりなしという腹づもりだろうか。
ひどい。
ならば、ぶつけてやろう。
「ねえ、この乗っかってる状況には何も思わないの?」
「いつものことでしょう? 重いならどけるのを手伝うわよ」
「おねげぇします」
「えーちょっと待ってよ。乙女に重いは禁句だよ。だからこのまま会話してようよ」
「嫌だよ。これ以上誰か帰ってきたら収拾がつかないよ。というか、桜はなんでどかないのさ」
「定位置だから」
桜をどけ、三人は楓の部屋に移動した。
楓は今日までの防犯意識の低さを後悔し、これからは外に誰がいるのか確認してから開けようと思った。
乗っかられてた方からするとたまったものではないが、そんなに馬乗りのままがよかったのか、桜は珍しくすんとして、そっぽを向いていた。
あのままだと何をされていたのかも気になったが、それはそれと楓は思考を脇にやった。
椿に相談しようにも、桜の前だと切り出しづらく、また、このまま機嫌の悪い桜をそばに置いておくのも違う気がした。
なんとか機嫌を直してもらおうと話題を考えた。
「桜って女の子が関わることならなんでも知ってるの?」
楓の言葉に桜はそっぽを向いたままだったが、アホ毛はピンと立った。
「それとも自称みんなの彼女なの?」
「お、それはあたしへの挑戦かな?」
若干嬉しそうに、桜はやっと楓を見た。
「どうでしょう?」
「なんでも言ってみなさい。椿たんの出生体重でも、椿たんの使ってるシャンプーでも何でも答えてあげるよ」
どうやら相当に自信があるらしく、桜は胸を叩いて言った。
「どうして私の情報なの? 楓さん。できれば他の女子の情報を聞いて」
「じゃあ、あたしのことでもいいよ」
「それは知っててもおかしくないでしょ」
二人の熱っぽい視線が向かってくると、楓の背筋は伸びた。
だが、初めから聞く事は決めていた。
「桜は向日葵の家がどこにあるか知ってる?」
「おっと、それはね。知らない」
「え? 知らないの?」
意外だった。
椿のシャンプーでも答えられると言ったことから、てっきりクラスメイトの家の場所くらいは答えられるものと思っていた。
桜としても急所だったのか、自信は風のように消え去り、目線だけそらして手遊びしだした。そんな様子から、明らかに動揺しているのが見て取れた。
「毎度尾行はしてるんだけど、途中で茜たんに見つかっちゃって追い返されちゃうんだよね。一回茜たんを尾行したんだけど、やっぱりバレちゃって、それからはやってないんだけど……」
全ての女の子を彼女と言っておきながら、茜一人に苦戦していると知って、楓は胸を撫でおろした。
桜でも苦手とする女子はいるのだ。
茜を知らない椿に、楓は向日葵の姉と説明を加えた。
しかし、よく思い出してみると、茜との初対面の時は緊張し見とれつつも、心の底で言い知れぬ恐怖のようなものを感じていた。
まるで心臓を撫でつけられるような感覚が併存していた。どうやら、桜と違い、茜は女の子なら誰彼構わずはっちゃけるタイプの人ではないらしい。
そんな桜に同情の念を持ちつつ、楓は桜の言葉の続きを待った。
「桜さんの思いってそんなものなのね」
急に直球を投げつけた椿に楓は目を見張ったが、効果的だったらしく、桜は頬を膨らませるとポケットから何かを取り出した。
「でも収穫がなかったわけじゃないですー尾行のかいあって、こうして家の写真はもらいましたー」
「それって、結局家がどこにあるのかは知らないってことでしょ?」
褒めてもらえなかったことに、頬を膨らませたまま桜は拗ねた。
楓は慰めとして桜の頭を撫でておいた。
「そうなんだよね。それに、これもフルCGで実在の家じゃないみたいだし」
「え、これCGなの?」
「よくできてるよね。あたしも騙された」
ここでは椿も桜を見直したのか、ほーと息を漏らした。
楓には実在する家を撮ったようにしか見えなかった。
楓自身も茜に対して家の場所を何度か聞いていた。だが、はぐらかされて答えを得るに至っていなかった。
頼みの綱だった桜も知らないとなると、直接家におもむくには連れて行ってもらうしかないのだろう。
「先生は知ってるんじゃないかしら?」
「それも考えて引き出して行ってみたけど、同じルートのはずなのに辿り着けなかったんだよね」
「そう」
「さて、冗談はこのくらいにして」
と言いながら、桜はストレッチをするように動きだした。
どこからが冗談だったのか、楓は聞きたくなったが、言葉を飲み込んだ。
「あれだね? あたしにわざわざ向日葵たんの家を聞いたってことは、楓たん何かあったね?」
今度は自分の番とばかりに、桜はニヤニヤすると楓の顔を直視した。
「何かって?」
若干声が上ずるのを感じながら、楓は桜に聞き返した。
「誤魔化さなくても大丈夫だよ。あたしは女の子のことなら基本何でも知ってるよ。楓たんが……おっと」
何でもの前に基本が付いたと思うと、桜は椿を見て言葉を止めた。
「……これはデリケートな内容だけど、大丈夫?」
ここにきてやっと他人に対しての配慮というものが生まれたのか、桜はささやき声で楓に聞いた。
「向日葵との関係について?」
「……そうそう」
声をひそめる桜を前にして、楓はどうやら桜の目も節穴ではないと知った。
向日葵の家がどこにあるのかについては、理由が不明だが、厳重にガードされているだけで、情報網は正確らしい。
「大丈夫だよ。それなら椿も知ってるから」
「そうなの? へー椿たんも意外と見る目あるんだね」
「意外とって何よ」
「椿たんって色恋沙汰とか興味ないのかと思ってたのに。あたしが揉んであげたおかげかな?」
「元より観察眼は持っていただけよ」
「なるほどね」
それなら話が早いと桜は手を打った。
そして、おもむろに立ち上がった。
「ここのみんな向日葵とは連絡ついてないよ」
「みんな?」
「そう、あたしも楓たんも椿たんも」
どうして知っているの。という表情を、椿が浮かべていることからも、どうやら桜の言っていることは事実らしいと楓は思った。
連絡は、楓だけが無視されているわけではないようだ。
それを知ると、向日葵への心配は強まったが、やはり、悲しませたわけではなさそうだという思考を強めて胸を撫で下ろした。
無論。それは、全員が悲しませていなければの話だが。
「まあ、楓たんは茜たんと接触してるみたいだし、一概には言えないかな」
「知ってたの?」
「伊達に好きって言ってないよ」
桜はへへーんと、すっかり自信を取り戻したように歯を出して笑って見せた。
「だから、心配しても仕方ないんじゃない?」
「ええ、私もそう思うわ。向日葵さんにも何か考えがあるのよ」
みな口を揃えて、大丈夫だと言う。
こうなると、楓は安心する他なかった。
「ありがとう」
と楓が笑うと、二人も安心したように笑みを浮かべた。
「桜さんって、たまにはいいこと言うのね」
「たまにはってなんだ、たまにはって。人に宿題教えてくれないケチのくせに」
「あら、聞き方がなっていないのはどちらかしら?」
二人は視界の端で取っ組み合っていたが、楓は胸の前で祈るようにしていた。
安らかな笑みを浮かべながら、向日葵の無事を祈っていた。
向日葵自身が神だと知っていたが。
そんな様子を見て、桜は椿を掴む手を止めると、しみじみとした表情を浮かべた。
「あたしは楓たんにとっては、二番目になれたらいいかな」
「もっと自分を大切にしたら?」
「それってどう言う意味? 一番にしてくれるってこと? もちろんウェルカムだよ。椿たーん」
「そうは言ってないわ!」




