第38話 甘え
「おはよう」
「今日も早いですね」
「私もより女子力を高めようと思って」
「はあ」
早起きで女子力が上がるかは楓にはわからなかったが、やはり友達がいなくて寂しかったのか、今日も茜が来ていた。
スイーツの食べ過ぎで早速太っていたため、どうにか今日はスイーツじゃないことを祈ったが、まだわからない。
楓はスイーツで思い出したように上を向いた。
「買ってもらったスイーツ、美味しかったですよ」
「そう。それはよかったわ」
「妹も喜んでました。お姉ちゃん大好きって言われちゃって。やっぱり妹ってかわいいですね」
「それよ!」
決めポーズなのか、茜はビシッと楓の顔面めがけて人差し指を突き出した。
楓はいきなりのことに、反射的に目をつぶって一歩後ろに下がった。
何度かまばたきを茜を見たがなんのことだかわからなかった。
「どれですか?」
「ここでは暑いから、涼しいところに行きましょう」
何故、ここで話し出した。とツッコみたい気持ちを胸にしまい、楓は茜と昨日のカフェに移動した。
飲み物の注文を済ませると、茜は楽しそうに笑みを浮かべた。
楓はその笑みに背筋が凍った。
またパフェを頼んだ様子はなかったが、別のジャンルの無茶振りが飛んできそうな気配を感じた。
「今日一日、楓ちゃんは私の妹ね」
案の定の無茶振り発言だが、予想外の内容に、楓はしばしフリーズした。
「何ですか。何を言い出すんですか。おかしくなったんですか。暑さですか。熱中症ですか」
「ひどい言いようね」
「いえ、すみません。意図も聞かずに。どういうことですか」
こういうところが女子力の低さなのだろうと思いながら、縮こまって茜の話を待った。
「楓ちゃんは姉だし、しっかりしてると思うの」
「そう言われると照れますね」
少し頬を染め、誤魔化すように頭をかいた。
ふふと笑い、茜は続けた。
「でも、それが行き過ぎると、私って必要なのかなって不安になると思うの。つまり、甘えが足りないのよ」
ハッとして、楓は身を引いた。
楓にも心当たりがあった。
前世では長男だったこともあり、甘えるとしても相手が親くらいで、どう甘えていいかわからなかった。
加えて、もとより頼ることも苦手で自分の力でどうにかするきらいがあった。
最近では向日葵の影響もあり、人を頼ることへの抵抗は減ってきてはいたが、それでも未だ苦手だった。
また、甘えると聞くと、怠惰と結びついて、楓の中であまりいいイメージがないことも拍車をかけていた。
結果、今に至るまでの楓が他人に甘える経験は少なかった。
「向日葵にもっと甘えろってことですか?」
「そうよ」
「いや、でも、それって女子力と関係ありますか?」
「あるわ。しっかりしていることも女子力なら、かわいげも女子力よ。愛嬌あっての女子力よ」
そんなものかと思ったが、楓の理解は半々だった。
わかるような、わからないようなという気分だった。
相反するようなものが同時に存在しているようで、楓はうまく飲み込めなかった。
「そもそも、どうやって甘え方を鍛えるって言うんですか?」
「だから最初に言ったでしょう。今日は私が姉役をやるから、存分に甘えてきなさい」
そう言って茜は両手を広げた。
しかし、姉に甘える。と言われても、今のところ本物の姉と遭遇していないため、楓に実感は湧かなかった。
このまま固まっているわけにはいかないと考え、楓は記憶とフィクションの世界を思い出し、どうしたらいいかを模索した。
「茜ちゃんとカフェに来られて嬉しいです」
できる限り自然に言ったはずだが、茜は指を左右に振りながら舌を鳴らした。
「違うわ。私のことは茜お姉ちゃんと呼ぶのよ。それに堅苦しい敬語はなしね」
「ちょっと待ってください。そこにどんな意味が? それに、あの、心の準備が……」
「いい?」
険しい顔をして、前傾姿勢になった茜に楓は息をのんだ。
顔の真剣さだけを取れば、今している話がシリアスな話だと勘違いしかねない様相に、楓は身動きができなくなった。
「いざと言う時は待ってくれないのよ。リピートアフターミー、楓、茜お姉ちゃんと一緒で嬉しい」
「か、楓、あ、茜お姉ちゃんと一緒で嬉しい」
「よくできました」
楓は言うなり速攻でうつむいた。顔が風邪の時のように熱っぽく、熱くて仕方がなかった。
だが、茜は手を伸ばすのを見てとると、すぐに身構え、咄嗟に顔を上げた。
「偉い偉い」
と楓は茜に頭をくしゃくしゃっと撫でられた。
突然のことに楓は目を白黒させた。久しくされていなかった頭を撫でられるという出来事に、不思議と胸の内が暖かくなるのも感じていた。
呆けていたのは一瞬で、現実に戻ると余計に顔に熱がたまり、逃げ出したい気分でいっぱいになった。
夏目姉妹は人をその気にさせるのが上手いのか、それとも自分が流されがちなのか楓には判断がつかなくなっていた。
とにかく熱を冷ましたく、お冷を喉に流し込み、どうにか気を落ち着かせた。
「お待たせしました」
店員さんが頼んでいた飲み物を持って来てくれた。
変なタイミングで来なかったことに安堵しながら、楓は普通にしていては耐えられないとすぐさま口へ運んだ。
「熱っ」
「今度はそれよ」
「どれですか?」
舌をやけどしそうになりながら、楓はお冷の氷を口に入れた。
「熱いものを冷ましてもらう。これは甘えチャンスよ」
「え」
カモンカモンと言ってはいないが、茜は手の動きで何か甘えてみろと示していた。
こんなことなら、夏なのだし冷たい飲み物を頼んでおけばよかったと後悔していた。
「ほら、向日葵ちゃんのためにも」
楓は目が覚める思いだった。
自分は何を恥じていたのだろう。甘えることで向日葵が悲しみから解放されるのなら、安いものではないか。
恥に費やしていたリソースを解放し、楓は今出せる最適解を導くため、頭をフル回転させた。
出てきた答えを寸分の狂いなく再現する。
「茜お姉ちゃん。楓の熱いからふーふーして冷ましてぇ」
先ほどの茜の態度から、求めているものを割り出した結果だった。
自分のキャラではなかったが、楓は演じ切ってみせた。
茜ははぁとため息を漏らすと、崩すまいとした表情を壊しかけた。
それでも、茜が楓からカップを受け取ったことで、笑顔を持ち返した。
茜はカップを吹いて冷ますと、余分な熱さを取り除いてみせ、楓に返した。
「ありがと。茜お姉ちゃん」
ちょうどいい温度に冷まされたホットココアを飲み、満面の笑みを茜に見せつけると、楓は再び撫でられた。
今度は逃げるようなことをせず、さらにはにかんだ。
茜はイスにもたれかかると、楓の様子に親指を立てて、笑みを作った。
「グッジョブ」
「あの、本当にこれであってます?」
演技だと割り切り、熱い顔を放置して尋ねると、茜は自信ありげに首を縦に振った。
「かわいかったわ。ついつい助けたくなっちゃう感じ出てた」
「出てました?」
「この調子でいきましょう。それと、私に対する喋り方は敬語禁止ね」
「は……うん」
そして、それからと言うもの、靴紐がほどけては、
「茜お姉ちゃん。靴紐ほどけちゃった」
「任せなさい」
結んでもらい。
疲れては、
「茜お姉ちゃん。楓歩くの疲れちゃった」
「任せなさい」
背負ってもらい。
考えうる限りの甘えをやって見せた。
「あの、せめて一人称の楓ってのをやめさせてくれません?」
「ダメよ」
「これじゃ妹じゃなくてただのぶりっ子だと思うんですけど」
「断固として許さないわ」
無駄にルールが厳しいなと思いながら、茜の背中で揺られ続けた。
「茜お姉ちゃん。楓、一人称変えたい」
「それは違うわ」
「何が!?」
結局説明はもらえず、しばらく乗っかっていた。
しだいに、茜の動きが鈍くなり、楓はこのままでいるのが甘えか迷った。
「一個違いだから楓重いよね」
「全然。妹のためと思えば軽いものよ」
そう言って笑い飛ばし、それからはペースが戻った。
本物の妹ではないし、本物の妹でも一個下の妹を背負って運ぶこともなかなかないだろう。
そんな疑念も知らず、茜は楓をゲームセンターまで運んだ。
楓には神経がたかぶっているからか、いつも以上に音がうるさく感じ、明かりがまぶしく感じられた。
何故連れてこられたのかわからず、急に下されたこともあり、ボーッと突っ立っていたが、茜は何かを待つように楓を見つめていた。
どうやら出題されているらしい。
この状況、どこかで。と考え、楓は桜の行動を思い出した。
だが、今は甘えるターン。取ってあげるというわけではないのだろう。
目算をつけ、楓は茜の腕に抱きついた。
「茜お姉ちゃん。楓あれが欲しいよ」
「いいわ。一回で取ってあげる」
茜は楓の要望でクレーンゲームに向かった。
クレーンゲームの実力も姉妹は似ており、茜は宣言通り一発で取ってみせた。
「ありがとう茜お姉ちゃん」
「どうってことないわ」
「茜お姉ちゃん。プリクラ撮りたい」
「いいわよ」
よくわからないが、流れに身を任せ、せっかく女子になったのだしと二人で中へ入った。
そのまま指示通り写真を撮り、茜の好きに加工をしてもらい、シールが出てくる。
なんだか別人のようだったが、これがいいのだろう。
「記念だね」
「そうね。何枚でも何回でも撮っていいわよ」
「いや、そんなにはちょっと……」
こうして、ゲーセン編は終わった。
やはり、茜はまだ遊び足りなかったようで、せっせと楓を連れ出すと、あっちへぶらぶらこっちへぶらぶらした。
途中から楓も変なところにギアが入ったのか、他人の目も気にせず甘えだした。
こんなに甘えられたのかという発見があり、なんだかんだと笑顔の絶えない時間となった。




