第37話 スイーツ
カフェから連れ出されて二店目。
楓は茜によって店内に女性の姿が目立つお店へと連れて来られた。
男がいたら浮いてしまうだろうと楓は浮き足立っていた。
「さ、入りましょ」
「あの。さっきパフェ食べたばかりですけど」
「甘いものは別腹って言うでしょ」
それは、食事をした後でも食べられると言う意味だと思うが、と楓が言うより早く、茜は店内へと入った。
外で突っ立っているわけにもいかず、楓も続けて中に入った。
中には甘い香りが漂っていた。
なんだかんだとパフェを食べ切り、お腹は膨れていたが、急にまだ入りそうな気がしてくるから不思議だった。
いや、思うだけでやめておいた方がいいのかもしれない。できそうとできるは大きく違う。
楓は食べているフリをして誤魔化そうと思いながら、茜に続いてとりあえず席まで移動した。
移動だけで、これまで体験してきたものとはまた違った居心地の悪さがあった。
なんというか、キラキラしたような雰囲気に、早くも逃げ出したくなっていた。
だが、茜は楓の様子など気にせずに注文を済ませたのかイスから立ち上がった。
「ささ、なんでも好きなだけ食べていいわよ」
やってきたお店はいわゆるスイーツバイキングのお店だ。
楓もただのバイキングのお店なら来たことがあった。
だが、あまりいい思い出はなかった。
バイキングだからと取りすぎて、帰る頃に気持ち悪くなるためだ。
それが全てスイーツとなれば破壊力は増すだろう。
せっかく女子になり、以前より好きになったスイーツを見たくなくなるかもしれない。
目の前で手を伸ばす茜の姿からは、以前感じられたミステリアスな雰囲気は消えていた。
逆に親しみやすさのようなものを楓は感じ取っていた。
スタイルがいいのに食べるものを気にしないのかと考えながら、楓は伸ばされた手を取って立ち上がった。
別にケーキが絶対に食べてはいけないとは考えていなかったが、健康にいいわけではないだろう。
だから、ゼロカロリーや人工甘味料が流行るのだ。
だが、そんなことを気にする様子もなく、茜は先ほどパフェを二つも食べたにも関わらず、ドンドンと皿に盛っていった。
楓は食べられそうな気はしたが、やはりここでも怖気づいて、確実に食べられる量だけを取って、高級レストランのようにスペースと作って盛り、席へ戻った。
「それだけでいいの?」
「はい」
茜の量と比較しては、それだけだろうが、楓からすれば挑戦だった。
スイーツの後にスイーツなど経験のないことだった。
「あの、夏目先輩」
「茜ちゃんでいいわよ。年は一つしか違わないし、それとも茜お姉ちゃんがいいかしら?」
「え、それなら茜ちゃんで」
「何? 楓ちゃん」
なんだか呼び方でまたも夏目姉妹に流された気がしたが、楓は構わず先を続けた。
「これに一体どんな意味が?」
「いい?」
楓は茜が真面目な顔つきになったことで、息をのんだ。
少し、当初の雰囲気が戻ってきたと思い、一時緊張感から動けなくなった。
茜はビシッと音が鳴りそうなほど鋭く人差し指を楓に向けて真っ直ぐ突き出した。
「スイーツは美味しいのよ」
笑顔でそれだけ言うと、もう答えたとばかりにさっさと食べ始めた。
「それだけですか?」
楓はズッコケそうになりながらも疑問を口にした。
「美味しいものに悪いものはないのよ」
いや、美味しくても健康に悪いものはあるだろうと思ったが、せっかくのスイーツが不味くなりそうだと考え、楓は口に出さなかった。
これ以上聞いてもらちが明かないと判断し、楓は持ってきた小型のケーキを口へ運んだ。
甘、うま。
なんだか、真面目に取り組もうとしていた自分が馬鹿らしくなるほど、柔らかいスポンジに、濃厚なクリームの甘さが口の中を広がった。
パフェを食べた後だというのに、楓は持ってきた量をペロリと食べていた。
これだと本当に太ってしまうと思ったが、楓の手は止まらなかった。
向日葵に太ったと言われて以来、向日葵が楓の胸の大きさに嫉妬していただけとわかってからも、楓は運動を続けていた。
短期間で成長するもなのかと疑問に思ったが、事実として楓の体が示していた。一気にではなく徐々にではあったため、成長期なのだろうと判断して、楓も現状を受け入れた。
向日葵の力が及ばないことを考えれば、操作されたということも考えにくいだろう。現に向日葵が嫉妬しているのだし。
甘いものは食べてはいたが、できるだけ一日に集中して食べるようにしていた。
だが、お休みの日も必要だろう。
今日はその日ではなかったが、もうお休みということにしようと考えていた。
本来ならあらかじめ決めておいた方がいいらしいが、コミュニケーションならば仕方がないだろう。
やはり、友達が欲しかったのではと思いながら、楓は時間の限り食べ続けた。
それから一日、楓は茜のスイーツ巡りにつき合わされた。
まさか、スイーツ店を巡るだけで、一日が終わるとは考えてもいなかった。
なんだか味覚がおかしくなっていそうだが、もしそうだとしてもいずれ戻るだろうと楽観的になっていた。
「あの、茜ちゃん」
「何? 楓ちゃん」
「今日一日スイーツしか食べてないですけど、何か意味があったんですか?」
即答を期待していた楓だったが、茜はアゴに指を当てて考え込んだ。
急に静かになると、黙っていればやはりキレイなのにと思ったが、人間はずっと黙っていられるわけではない。
黙っていない部分も含めて人間であり、茜なのだ。
しばらく待つと、うんと言って何か思いついたように人差し指を楓に向けた。
「美味しかったでしょ?」
「それは、はい」
今日楓が食べたスイーツには、見慣れたもの、見聞きしていても食べたことはなかったもの、そのどちらもあった。
見慣れたものも、お店によっては今までとは違う美味しさがあり、初めて食べるものは、こんな味だったのかという感動があった。
それは思い出すだけでも口の中に甘さが広がり、スイーツを愛好する者が女子だけでなく、男子にもいることに納得がいくものだった。
そうは言っても、確かに未だスイーツ男子と言われるだけあり、スイーツは主に女子の嗜みと考えられているように楓には感じられていた。
と考えると、女らしさの一部ではあろうが、楓はもとよりスイーツは好きだった。
さらに好きになることで、女子力が高くなるのかどうか、はなはだ疑問だった。
楓の返答に満足気に笑みを浮かべ、腕を組み頷く茜を前に、楓は首をかしげた。
「あの、意味は?」
「何度でも言おう。美味しいものに悪いものはないのだよ。じゃあ今日はこの辺で、また遊ぼうね。楓ちゃん」
「はい。また」
鼻歌を歌いながらスキップで帰っていく茜に、楓は手を振り見送った。
なんだかんだと家まで送ってもらい、お土産としてスイーツを買ってもらい、一日中食べた分は宣言通りおごってもらい、いたれりつくせりでなんだか申し訳なくなっていた。
「あれ、意味は?」
楓の言葉が茜に届くことはなかった。
決めゼリフのような何かを言われて、解決した気分になってしまったが、結局何もわからずじまいだった。
連絡先も聞き忘れ、後で問いただすということもできそうにない。
時間も遅く、これから追いかけるとなると、面倒になりそうなため、楓は家に入った。
茜と一日食べ歩いたが、その間も向日葵からの連絡はなかった。
一日ふざけた調子に巻き込まれた気分だったが、悲しませているという部分は本当かもしれないと感じていた。
未読スルーをされるようなことをしてしまったのかもしれない。
だが、楓には自覚がなかった。
この場合、たいてい片方が気にしていないことを、片方が気にしているということだろう。
楓には気にならないことで、向日葵の気にすることを考えたが、やはりわからなかった。
そもそも相手は神様だ。
恋をして楓を連れてきた存在だ。理解はそうそう及ばないだろう。
しかし、何をしても許されそうな気でいたが、そうではなかったらしい。
思っていたよりも繊細ということだろうか。
これまで、何をしても、誰よりも結果を残してきたのを目の当たりにしてきたため、楓にとっては新たな発見だった。
もっと別のタイミングで発見したかったが、神様の人間らしさのようなものに楓はホッとしていた。
超常的なことができる反面、楓に対しては通用しなかったりと完璧ではない。
そんなことを思うと、自然と頬はほころんでいた。
物思いにふけり、玄関に座り込んだままになっていたことを思い返すと、さっと靴を脱いで楓は立ち上がった。
「それどうしたの?」
ひょっこり紅葉が現れると、楓の手荷物が気になったようで声をかけた。
一瞬、変な表情を見られたのではと硬直したが、幸い紅葉の関心は楓の手荷物だけに向けられていたようで、楓の顔は見ていなかった。
「今日のお土産」
「どこか行ってきたの?」
「ちょっとスイーツの食べ歩きに」
「えーずるーい私も行きたかったー」
「今度一緒に行こうね。これ食べていいから」
「やったーお姉ちゃん大好き」
楓は紅葉に大好きと言われ、胸打たれ、膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか耐え切り、楓は笑顔で口を開いた。
「晩ご飯食べたら一緒に食べよ」
「わーい。中身は何かな?」
「それは食べるまでのお楽しみってことで」
なんだか、若干茜の調子が移ったかと思ったが、それはそれとして楓は持ち帰ってきたスイーツを冷蔵庫に入れた。
なんだかんだと大量のスイーツを食べる初めての体験をして、晩ご飯が食べられるか不安だったが、もうご飯は別腹状態だった。
普通のご飯が食べたかった。
スイーツは思っていたよりすんなり食べられたし、どれも美味しかったが、今後はほどほどにしようと思うのだった。




