第34話 きょうだい
「そういえば、向日葵ってきょうだいとかいるの?」
楓は家に帰っても、学校で出会った女性のことが気になり向日葵に話を振った。
女性の話によると妹が楓の知り合いらしい。
「いるよ。お姉ちゃんが一人と妹が一人」
向日葵がその妹の可能性として浮上してきた。
名前を知っていたということは話題に上ったのだろう。
「そっかーなんかいいなー女姉妹って。僕は一応弟が居ただけだなぁ。元気にしてるかなぁ」
だが、いざ話してみると楓は胸に穴が空いたような気分を抱いた。
ふと、兄弟のことを思い返すと、楓は前世での弟のことが気にかかったのだ。
何かと世話が焼ける弟だったが、そんなところがかわいくもあり、頼られるとついつい手を貸してしまっていた。
今はどこで何をしているのか。
ゲームのデータの時のように理由は不明だが、連絡先が変わってしまったのか家への電話が通じることはなかった。
そのため、住んでいた場所に訪れる以外で今の弟や家族を確かめる術はなかった。
夏休みだしどこかのタイミングで向日葵を誘って行こうかなどと考えていた。
「まあ、弟くんなら大丈夫でしょ。楓ちゃんより優秀だったみたいだし」
「失礼な! と言いたいところだけど、実際そうだったからなぁ。と言っても心配だな」
「楓ちゃんは心配性だね。ブラコンてやつ?」
「違うわ! と言いたいけど、これもあながち否定できない。ま、向日葵が言うなら大丈夫かな」
「そうそう。私を信じなさい」
弟のことにも関わらず、何故か向日葵は自分の胸を張ってふふんと鼻を鳴らした。
そんな様子に楓は笑うと、弟のことは思考の隅に追いやった。
彼ならきっと大丈夫だろう。なんてったって神様のお墨付きなのだ。
そこで向日葵が神様ということを思い出し、ふと楓の頭に疑問がもたげた。
「ん? 向日葵って神様なんだよね?」
「そうだよ? もしかして、この間のあれを見てもまだ疑ってるの?」
「そうじゃなくて」
ぶんぶんと首を横に振り、楓は否定した。
時を止めたり、景色を変えたり、話をさせたりといった芸当は確かに人間技じゃなかった。
そのことからも楓は向日葵が神という話を疑っているわけではなかった。
だが、それならそうと違和感があった。
「向日葵ってなんで胸の大きさ気にしてたの? あれは冗談?」
「あ、えっとー……」
向日葵は指を突き合わせると楓から目線をそらした。
言葉は続かず、言おうか言うまいか迷っている様子に楓はおやと感じた。
「何か言えない事情があるの?」
「そうじゃないんだけど、聞いても笑わない?」
「笑わないよ」
神様と言えど、すでにイレギュラーらしい楓には特に力を加えられないことは聞いていた。
今さら欠点の一つや二つ話されたところで楓としては気にならなかった。
さらに迷ったようにするとやっと向日葵は口を開いた。
「私の胸大きくならないの」
「え? 他人の姿を変えたりできるのに?」
静かにコクリと頷く向日葵。
実際に見たわけではなかったが、歓太郎の姿を変えようとしたことは今でも覚えていた。
「見ててね」
とつぶやくと実践するように、向日葵は立ち上がった。
すると、みるみるうちに制服の胸の部分が押し上げられた。
ボールを服の下に入れたとかではなく、確かに目に見えて膨らんだが、すぐまたもとの大きさに戻ってしまった。
「どうして戻したの?」
「違うの。戻っちゃうの。私より上位の神様のルールで今みたいな見た目にしかなれないの」
「なるほどね」
「楓ちゃんは元は男の子だし大きい胸がいいよね。椿ちゃんの胸は大きいからいつも見てるしね。それに、そもそも楓ちゃんの方が私より大きいもんね」
胸の大きさの嫉妬の理由はわかったが、そんなに椿の胸を見ていたかと反省をして、楓はうつむいた。
だが、すぐに顔を上げ、向日葵の言い分を否定しようと試みた。
「いや、全然! 小さい胸も素敵だと思うよ」
「本当に!?」
うんうん。と楓が全力で首を縦に振ると、向日葵は目を輝かせホッと息を吐き出した。
堂々と胸を張ると向日葵は楓を見下ろした。
「いつでも見てくれていいからね」
「う、うん」
今さっき胸を見ることを気をつけようと思ったところだったためつかえたが、楓は頷いた。
他人のではなく、向日葵の胸ならあまりジロジロと見なければ、見てもいいのだろうと考えた。
それでもやはり小さいことは気にしているようで、すぐに座った。
「そうそう、今の楓ちゃんの兄弟は違うんじゃない?」
向日葵は話題を兄弟の話へ戻すと、楓は向日葵が肩の力が抜けたように見えた。
「えっとー」
向日葵の指摘に楓は記憶を探った。
未だ分離したままの前世と今世の記憶のうち、今世の記憶を呼び起こす。
確かに向日葵の指摘通り、今世でも弟がいるということはなかった。
代わりに、
「僕も姉が一人と妹が一人みたい」
あまりしっくりこない事実が発覚した。
「いるの? 一人っ子じゃないの?」
「把握してないの?」
「いやー楓ちゃんしか見てないから」
「もう」
と向日葵を叩いてからバカップルもこんな感じなのかなと関係ない思考が浮かびすぐに消えた。バカップルならもっとベタベタしているだろう。
向日葵の疑問もその通りで、楓の家には楓と両親しか住んでいなかった。
記憶によると妹は寮住まいをしていて、姉は一人暮らしをしているようだった。
記憶では仲良くしていたが、今の楓にとっては実際に会ったことがないため、実感は湧かなかった。
「ふふふ。秋元三姉妹はみんなかわいいから夏休みに帰ってくるのが楽しみだよ」
突然楓の部屋のドアが開かれると、桜は堂々と歩きながら喋り、楓の目の前に座った。
「桜さん。いきなり入ったら失礼でしょ」
「いやいや、面白そうな話をしてる時に乱入するのは、重要な人物の登場みたいでいいじゃん」
「よくわからないわ」
やって来たのは桜だけではないようで、入り口には頭をかかえた椿の姿もあった。
楓は何が起きているのかわからず、目を白黒させた。
少し落ち着きを取り戻すと、向日葵の胸の話を聞かれていたかとヒヤヒヤしたが、聞かれていても向日葵がなんとかするだろう。
「なんで居るの?」
恐る恐る様子を探るように楓は桜に尋ねた。
「また会おうって言わなかった?」
「それってついさっきのこと?」
「寂しかったのよー」
桜は机に身を乗り出して楓に激しく抱きつくと、キスを迫った。そんな桜を楓は肩を掴んで押し返した。
「寂しかったって、本当にちょっとの間だよね?」
「あたしには無限に等しかったわ」
楓と桜のやりとりを横目に、椿は向日葵の向かいに座った。
「ここ涼しいわね」
「椿もそれどころじゃないでしょ。ちょっと、なんで居るの? せめて、桜がまともじゃないんだから説明してよ」
椿に楓さんと言われるようになり、楓も椿を冬広さんから椿と呼ぶようになったが、まだ慣れなかった。
しかし、そんな楓の内心もつゆ知らず、桜はムッとした。
「まともじゃないって言ったなーおい、椿たんといい楓たんといいあたしを罵倒していいとは言ってないからな」
桜は楓の言葉にハグをやめると、手を楓の頬へ回した。
「この口かーこの口が言ったんかー」
「痛い。痛いって」
「簡単な話よ。遊びに来たんの。楓さんのお母さんに言ったらどうぞって言ってもらえたのよ」
椿は冷静に言ってのけると、桜を楓から引きはがした。
まだやっていたかったらしく、桜は椿に何やら文句を言うと、同じように掴みかかったが、軽くいなされていた。
楓はつねられた頬を両手で抑え、涙をにじませた。
結構強くつねられていたようで、手を離されてもジンジンしていた。
「二人はどうして制服のままなの?」
椿に攻撃が通用しないとみると、桜は机で伸びながら指摘した。
確かに椿も桜も私服に着替えてからやって来たようだった。
「直帰したから」
「まーた二人だけで秘密にしっぽりイチャイチャしてたんだな! ほれ、何を話してたのか言ってみぃ」
「なんでいつも僕なの?」
「それは、一番反応が面白いから」
そんな理由で突っかかってくるのかと思いつつ、再び頬をつねり出した桜の手を掴んだ。
先ほどはキスの流れで肩を掴んだままだったが、直接桜の手と格闘すれば離してもらえるとふんでの行動だった。
しかし、桜は楓の行動を読んでいたようでニヤリと笑みを浮かべ、
「スキありー」
と叫んだ。
しまった。と楓は思った。だが、すでに遅く、怒りのオーラを放ちつつギリギリ笑みを浮かべている向日葵の前で桜にキスされる状況を回避できそうになかった。
「兄弟の話をしてたんだよ」
「そうなの?」
すんでのところで桜は止まると、飽きたように楓から手を離し、目を輝かせて向日葵に向き直った。
楓は桜が離れたことで息を吐きながら床に寝転がった。
再度つねられたことで痛みがぶり返した頬を撫でる楓には桜たちに対して話す向日葵の声は聞こえなかった。




