第32話 語り
向日葵はしばらく歩いた。
やがて、椅子に座り、顔の前で手を組み合わせた歓太郎の隣で止まった。
「今回の犯人は速水歓太郎くんだよ」
「え? 今回のって何?」
「じゃあ、さっそく語ってもらおうか」
向日葵は歓太郎の頭の上に手をのせた。
やっと、見せたがっていた能力を使えたからか、楓には向日葵がワクワクしているように見えた。
楓が自分ものせてもらいたいと思ったのも束の間、歓太郎の体に色が戻ると、世界は教室に置き換わった。
そして、人は楓と向日葵と歓太郎だけになった。
「これは?」
「能力の副作用みたいなものかな。速水くんのイメージが反映されてる感じ」
「なるほど」
楓はキョロキョロと教室を見回したが、うつろな目のまま歓太郎がとうとうと語りだしたため、じっとした。
それは、歓太郎が怒鳴り散らした後の話。
彼は楓のことが好きだった。その日まではうまくいっていると思っていた。
しかし、向日葵と出会い、向日葵に目移りしたことが原因で楓との間に溝ができたと感じた。
今度は世界は水泳の練習をした温水プールへと変わった。
最初の犯行はプールでのナンパだった。
歓太郎の計画で元はナンパが出てきた後で、歓太郎が助ける予定だったがそれより早く楓たちがその場から去ってしまった。
この時、楓がプールで溺れたことで使えるのではとヒントを得た。
次に、世界は楓と向日葵がお揃いの服を買った。ショッピングモールへと変わった。
二回目の犯行、ショッピングモールでのナンパ。同じ人物にナンパされるのは偶然ではなく、歓太郎によって演出された必然だった。
この時はプールの時以上の予想外の出来事が起きた。
向日葵がナンパ男の一人を投げ飛ばし、撃退したことだった。
このせいで歓太郎の出る幕はなくなり、歓太郎は何もできなかった。
さらに世界は移り変わり、元の場所へと戻ってきた。ただし、時間は少しさかのぼり、まだ肉を焼いている時だった。
試しに楓は焼かれた肉を噛むと肉汁が広がり、昼間に食べたものと同じ味がした。
このまま食べると止まらなくなりそうだったため、楓は大人しく肉を置き、話に戻った。
そして今回、お詫びで開かれた歓太郎のバーベキューパーティ。
少年が助けを求めていたが、あれは本来演技のはずだった。子役を雇い、助けを求める演技をしてもらう。その時歓太郎が颯爽と助け、楓の信頼を戻す予定だった。
パーティの計画もあり、そのまま交際に繋げられるのではという淡い期待もあった。この、川で助けを求めると言うのが楓がプールで溺れていることを参考にした作戦だった。
歓太郎も楓と向日葵の関係を小耳に入れていたが、噂にすぎず、同性同士ということもあり、間に受けていなかったため、結局作戦は決行された。
だが、ここでも計画外のことが起きた。
まず、子役がパニックに陥ったこと。安全の確保はしていたが、それでも恐怖が勝ってしまった。
次に、それにより、歓太郎も安全とわかっていたが、恐怖で動けなくなったこと。
自らの力で戻れなくなった子役を前に、体が固まってしまった。そして情けないことに大衆の一部と化したのだ。
そのうえ、向日葵に見せ場を持っていかれ、何もうまくいかなかった。
「こんなことになるのなら、初めから謝るだけにすればよかった」
と歓太郎は後悔したようにつぶやいた。
「許してもらえるなら謝る。謝って許されることではないと思うけど」
と最後に言うと、歓太郎から再び色が失われ石膏像のようになった。向日葵は満足したように手を下ろし、腕を組んだ。
楓はまず、男の子が無事だったことに安堵のため息を漏らした。
「さて、どうしようか。私としては何か罰を与えたいんだけど、今回の標的は楓ちゃんだったから、どうするかは楓ちゃんに決めてもらいたい」
向日葵は楓の目をまっすぐ見て言った。
楓は向日葵の瞳を見つめ返しながら考えた。
確かに、裏で色々と画策して自作自演までしようとしたし、これからもされるかもしれない。
だが、歓太郎は最後に後悔しているのだ。そして、反省して許しを求めていた。
楓は一つ頷くと口を開いた。
「僕は歓太郎のこれからを信じてみるよ。だから経過観察ってことで」
「本当にそれでいいの? 罰として女の子とかにしなくていいの?」
「そんなことできるの?」
「やって見せようか?」
向日葵は目を輝かせ、再び歓太郎の頭に手をのせようとした。
「いや、いいよ」
楓は慌てて向日葵の腕を掴むとすんでのところで、向日葵の手が歓太郎に触れずに済んだ。
「それなら、僕を男の子にしてみてくれない?」
「あーそれは無理。イレギュラーだから」
いつものことのように否定される。
わかっていたことだが、楓は肩を落とした。
「じゃあ、何もしないで時を戻すよ?」
「いいよ」
向日葵は天へ目掛けて手を掲げ、指を高らかに鳴らすと世界には色、音、全てが戻ってきた。
突然、元の世界に戻り、ひどく情報量が多くうるさくなったが楓は安心した。
時が止まっていたのは、ほんの少しの間の出来事だったが、楓にはとても長い時間が経過したように感じられた。
楓はできる限り自然な笑みを浮かべると、後ろ手に組み、歓太郎の顔をのぞき込むように目線を合わせた。
「速水くん。怒鳴ったことはもう気にしなくていいからね。パーティを開いてくれてありがとう」
「お、おう?」
話したことを覚えていない歓太郎は、急に現れた楓に感謝され、なんのことだかわからないように首を傾げた。
だが、楓は気にせず、向日葵の隣に戻った。
「あの笑みを私にも向けてほしいな」
「こう?」
ニッと笑って見せたが、向日葵にはしっくり来なかったらしく、自分の顔で再現して見せてきた。
「違うよ。もっと柔和に、こんな笑みだったよ」
「じゃあ引き出して見せてよ。神様でしょ」
「だから楓ちゃんには通用しないんだって。神様パワーは」
「あはは。そうだっけ?」
誤魔化すように笑うと、頬をつねるようにしてくる向日葵に、楓も向日葵の頬をつねった。
「あ、いつの間に二人ともそっち行ったの?」
桜は駆けて楓たちを目指し、椿はその場で控えめに手を振っているのが見えた。
「元いた場所に戻ってなかったけど大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。これくらい問題ないよ。でも、本当によかったの? 速水くんを女の子にしてたら桜ちゃんも喜んだんじゃない?」
「そうかもだけどいいの。色々とめんどくさそうだし」
「まあね」
二人が楽しそうに笑っているのに、桜は仲間外れに感じたのか、クラスメイト達の間を走るスピードを上げると楓目がけて大きく跳んだ。
「何話してたんだー? 正直に白状しなさい。話したら怒らないから」
楓はかわそうとしたが、反応が遅く桜につかまった。
「やめて、はだける。はだけるからー!」
そのまま浴衣を引っ張ってくる桜に楓はどうにか必死に抵抗した。
いくらかもみ合っていたが、楓は今の自分の状況を思い出すと、抵抗をやめた。
「こういうのは室内でやらない?」
「言ったね?」
桜は邪悪な笑みを浮かべて言うと、楓の浴衣を引っ張る手を止め急に大人しくなった。
そのまま、着崩れまで直してくれさえした。
歓太郎の出来事が一段落ついたと思ったら、桜がまた何か起こしそうな雰囲気を醸し出し、楓は青ざめるのだった。
だが、それから数日しても桜は楓に浴衣を着せることも、制服をはだけさせることもしななかった。
今回ばかりは何もないのかと思い、楓も安心して学校に通えるようになった。
歓太郎はというと、バーベキューパーティが表面的には成功したこともあり、人を集めて会を開くことに楽しみを見出したようだった。
今でも小規模ながら集まりを主催して、他クラスや他学年へと少しずつその範囲を広げているようだ。
楓との関係も普通の友達に戻り、学校でいざこざや不和は起きていない。
楓の決断が、向日葵には物足りなかったようで、今でも時々掘り返してはぼやいていた。
しかし、楓はそんな時決まって、
「これでよかったんだよ」
と言うのだった。




