第29話 川
それから楓は向日葵と準備を見て周り。
実際に集まりを確認すると、歓太郎から挨拶のようなものがあり、食べて騒いだ。
許可も取っているとのことだったので、みな遠慮しないで騒いでいた。
雰囲気に流され、楓も会話に入ろうかと思ったが、向日葵が今回は誘いを断っているのを見て、二人でゆっくりすることを選んだ。
焼かれた肉は美味しく、さすが金持ちの息子なだけはあると楓は思った。詳しくは知らなかったが、改めて記憶を探ってみると歓太郎は医者の息子らしかった。
今回のパーティもその辺の一般人では計画はできても全員からいくらか徴収しなければ難しかっただろう。
これが歓太郎なりの誠意の表し方なのだろう。
楓はそんな歓太郎に甘やかされてるのかな、と少しうらやましく思うのだった。
会はつつがなく進行し、みな楽しそうに笑って過ごしていた。
今まで大勢で集まることなど学校行事だけだった楓は、なんだかキュッと胸が締め付けられる思いだった。
もしかしたら、もう少し勉強の手を抜いても人間関係に力を入れていたら、ここまででなくても何かあったかもしれない。
あの日、失恋のショックをボランティアではなく、友達が受け入れてくれたかもしれない。
そうすれば、川で溺れて死なずに済んだかもしれない。
ふと考えていた。
しかし、楓は今までを後悔しているわけではなかった。あの時動かなければ少年は助からなかったかもしれない。
自らよりも先が長いだろう命をつなげたのだ。
それに、どういうわけか女の子になり、二度目の生を得られただけで楓にとっては十分だった。
いや、そこに初めての彼女と愉快な友達がいるからこそ、これまで得られなかったことを得られたことで死んだ自分の分まで生きようと思えた。
だから、楓は怖かったけれど、歓太郎にはどこかのタイミングで感謝を伝えようと思った。
今は主催者ということもあり、まだ色々と仕事が残っているようで、
「楽しんでるか?」
と聞かれて、
「うん」
と返事をすることしかできず、今の歓太郎には暇がないようだった。
「いやー美味しかったね」
「そうだね」
「やっぱり楓ちゃんと食べると美味しいね」
「僕も向日葵と食べられると美味しく感じるよ。いつもありがとう」
普段の楓ならそんなことないよ。というタイミングだったため、向日葵は身を引いて驚いた様子だった。
目をぱちくりとさせる向日葵の頬にソースがついていることに気づいて、楓は指で取ってあげると舐めた。
向日葵が取ってと言ったわけでもなかったことから、向日葵は楓を見つめたまま固まってしまった。
「あ、ごめん。ついてたよって言ってからの方がよかったよね」
「そうじゃなくて、なんか今日は積極的だね」
「そうかな?」
楓は桜や環境に流されて自分も開放的になっているのかと考えた。
しかし、こうしてさらっと行動に起こせばこれからも向日葵をドギマギさせられるのかと思うとそれもアリかもと思った。
楓は悪戯っぽく笑みを浮かべ、ただ向日葵の顔を見つめた。
「今日は楽しかったね」
「そ、そうだね」
何もしてこない楓に、やっと向日葵は緊張を解くと、今日一日を随分と楽しんだようで、満足感から自然と笑っているようだった。
楓もまた、似たような表情を自分がしていることに気づいていた。
「よかったの? みんなの誘いを断ってたけど」
「いいのいいの。今日みたいな特別な日は彼女と長くいたいじゃん?」
「ありがとう」
「まあ、私が開いたわけじゃないんだけどね」
楓も同じ気持ちだったため、素直にありがとうと言うことが出来た。
二人はひとしきり笑い合うとそれからしばらく、取り止めもないことを話していた。
今日のこと、これまでのこと。
短期間だったが、ここまで人と向き合ったことは楓にはなかった。
空虚だった胸に暖かさが広がる感覚を覚えながら、楓は川の流れる音を聞いていた。パーティの終わりを告げるような音にしんみりと遠くを眺めた。
「冷たっ!」
冷たいものを感じ、楓は急に現実に引き戻された。
川には笑顔を浮かべて足をつけている向日葵の姿があった。
「やったなー」
「ひっひっひー」
向日葵は突然楓に水をかけていた。
夏の暑さにやられたのか、変な笑い声を出しながら続け様に楓に水を浴びせた。
楓も負けじと水をかけ返す。
川の水は冷たく、日が傾いても未だ暑さの残るバーベキュー場では気持ちがよかった。
散々水をかけ合ってから、風邪をひかないようにと楓は向日葵に待ったをかけた。
それからは大人しく手首まで川に浸し、涼を取っていた。なんだか寂寞として時間が止まったように感じられた。
今は世界に楓と向日葵の二人だけで、何ものも邪魔しないような静寂が訪れた気がした。
すぐに楓はその静かすぎる世界に違和感を覚え、辺りを見回した。すると、クラスメイト達は動きを止め、ただ一点を見つめているようだった。
出来すぎたデジャブのような光景に、楓は自らの心臓が早鐘のように打ち、呼吸が浅く速くなっていることに気づいた。
その視線の先には一人の少年の姿があった。
みなの視線の先で少年は助けを求めているようだった。
流れは遅く、水深は浅い。
おそらくパニックになっただけだろう。
だが、距離が遠く、どうすればいいかわからない状況に加え、少年のパニックがクラスメイト達にも伝染した様子で、誰も動けなくなっていた。
「大丈夫?」
と向日葵の声が聞こえたが、楓は自らの視線を左右に振ることが精一杯で、声を出したり、身振りをすることが出来なくなっていた。
確信ではなく、起きたこととして楓の目には今から自分が辿るであろう光景が写っていた。
それは前世の自分と同じようになる今の秋元楓の姿。
水遊びをやめ、ふらふらとしながら、
「助けなきゃ」
とうわごとを言いつつ、楓は立ち上がった。
そのままゆっくりと川に足を踏み入れ、進もうとする楓の手を向日葵は急いで引いた。
向日葵は悲痛な面持ちだった。
「何で、止めるの?」
「それはこっちのセリフだよ。今の楓ちゃんが行っても一緒に流されるだけだよ」
「でも、誰かが、行かないと。彼が、彼は……」
息も切れ切れで、楓の言葉にはまとまりがなかった。
ただ、正義感と一度やったという記憶から、体が勝手に動いているにすぎなかった。
その姿はあまりにもろく、儚かった。向日葵もまた、楓の行動を前にして体が勝手に動いていた。
「よくわからないけど、怖かったんだね。水が怖かったこととも関係してるんでしょ。もう大丈夫だよ」
いきなり向日葵に抱きつかれ、楓はこんなことしている場合じゃないと頭では考えたが、体は抵抗することが出来なかった。
楓の意識とは関係なく、楓の目から涙がつたった。
ただ、向日葵の胸に顔をうずめて、声を上げ涙を流すことしかできなかった。
今まで一人で抱え込んできた不安や困惑、全てを衝撃として捉え、直視せず、向き合おうとしなかったことのせきが切らレ、どっと感情が流れ出ていた。
「うん。怖かった。一人で寂しくて、よくわからなくて、苦しくて。でも、いろんな人が優しくしてくれた。それが、温かくて、でもそうすると嘘をついてるようで。どうしたらいいかわからなくて」
向日葵はただ楓の独白を黙って聞いていた。
これまで、勉強も何も自分一人で努力してきたことを。
ライバルを持たず、一人で続けてきたことを。
途中で挫折しても励ましの言葉をかけてくれる人がいなかったことを。
努力を理由に人間関係を避けていたことを。
自分が一度死んで生まれ変わったことを。
時折うんうんと頷くだけだった。
そして、言い切り、静かになると満を辞したように口を開いた。
「一人でどうにもならない時は他人を頼っていいんだよ。いつも言ってるでしょ。遠慮はいらないって」
楓はハッとさせられた。思わず顔を上げると、
「ひどい顔」
と言いながら優しく微笑む向日葵の顔がすぐ近くにあった。
向日葵のいう通り楓の顔は涙でひどいことになっていたが、呼吸も落ち着き、笑顔を浮かべる余裕ができていた。
全てを吐き出したと楓からはつきものが落ちたようだった。
長いこと泣いていた気分だったが、それでも誰かが動くほど、また、少年が溺れて流されるほどの時間は経っていなかった。
すでに楓に迷いはなかった。
「向日葵。男の子を助けに行ってもらえる?」
楓は向日葵の手を握って頼んだ。
「当たり前でしょ」
向日葵は笑顔で返すと川へ向かって一歩進んだ。
手を離そうとしない楓に驚いたように振り返ると、小首を傾げた。
「絶対に帰ってきてね。約束だよ」
「大丈夫だよ。これくらいで溺れたりしないって。約束する」
楓はそれでもほんの少しの間向日葵の手を強く握ってから離した。
「じゃ、行ってくるね」
あくまで気楽な様子で向日葵は川へ足を踏み入れると持ち前の身体能力で少年を抱え、すぐに戻ってきた。
それは楓がやった時よりもスマートで何より、向日葵自身も無事だった。
「ね。頼んでもなんともないでしょ。嫌われたりしないし、攻撃されたりしなかったでしょ」
「うん」
親指を立てて笑う向日葵に楓は笑顔で頷いた。
重要な状況で誰も動かない時、自分が動くしかないわけではない。
他人に任せるという選択肢もある。
もちろん自分でやらないといけない場合もあるだろう。だが、それも他人の助けを借りてはいけないわけではない。楓は向日葵の行動から実感させられたのだった。
向日葵が少年を助けると、その場に再び時が戻ったようにクラスメイト達は動き出した。
泣いている少年にタオルをかけたり、向日葵に賛辞を投げかけたりと場は賑わった。
ホッと安心すると、楓は胸の前で握っていた拳を解くとその場にへたりこんだ。
「大丈夫?」
と伸ばされた向日葵の濡れた手を借りた。
「あはは、立てないや」
笑ってみたものの力が入らず、今度は腰も支えてもらって楓はなんとか立ち上がった。
「安心したら力が抜けちゃって」
「怪我したんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「それはこっちのセリフだよ」
二人でお互いの体を確かめあうと、無事だったことから安堵のため息を漏らした。




