第26話 乙女心
スマホを見ていた母は楓たちに気づくとスマホを机に置いた。
「どうしたの? お腹減った?」
最近の楓は楓の家で向日葵とゴロゴロすることが日課のようになっており、母はそのためのお菓子をよく用意してくれていた。
お腹が減ったわけではなかったが、口さみしさから何かないかと探しにきたのは事実だった。
「実はドーナツ買ってあるから食べていいわよ」
母は楓の返事を待つより早くそう言って、ドーナツの入った箱を楓に渡した。
楓はぎくりとした。
「ありがとう」
だが、表情には出さずに感謝を伝えると楓の部屋へと戻った。
部屋に戻るとドーナツを見て向日葵は嬉しそうに鼻歌を歌い出した。
反対に楓はまた甘味か。と思い、どうするべきか悩んでいた。
部屋に戻るまでの一分ほど楓は脳細胞をフルで活性化させ、思考の海に飛び込んだ。
向日葵に全てをあげるべきか。だが、そんなことをすればドーナツが嫌いという印象になってしまう。そのうえ、せっかく買ってくれた母に申し訳ない。それに、もしかしたら次からはドーナツが買ってもらえなくなってしまうかもしれない。
なら多めに向日葵にわけるか。しかし、そんなことをすれば向日葵は気づいて同じようにわけてくれるだろう。結果、食べる量は同じになる。
最終手段として素直に食べるか。そうした場合、一番覚悟が必要だ。
向日葵の様子から、楓はわけることに決めた。その代わりただ食べることを諦めた。
「んふふ。ドーナツドーナツ」
向日葵は楓が部屋に戻るなり、早速クッションの上に座り、早く早くと机を叩いて楓をせかしていた。
楓もまた中身が気になり箱を机に置き、手早く開ける。
中身は四個。想像より多い。一人一個と予想していた楓にとってその量は倍。
それはプレッシャーとして重くのしかかった。
「じゃあ、全部半分ずっこでいいよね」
「いいよ」
向日葵の提案に楓は乗っかる。
もとよりそのつもりだったからだ。
向日葵は正確に全てのドーナツを半分にわけると一口一口を美味しそうに食べだした。
美味しいものを美味しそうに食べる姿は見ていて癒されるなと思いつつ隣で楓も頬張る。
甘い。うまい。脳がドーナツをもっと欲しがる。
以前よりも美味しく感じられるドーナツに楓は抵抗できず、あっという間に全てをたいらげた。
ここまでは覚悟した通りだった。罪悪感を自分に感じさせるスキを与えず、すぐさま次のフェーズに取りかかった。
「何するの?」
「ゲーム」
「ゲーム!」
向日葵はゲームという単語に食いついたが、今日の楓は向日葵にゲームをさせるつもりはなかった。
意地悪ではない。
これも甘味を気にすることも、全て向日葵が気づかせてくれたことが原因だった。
それはある日の授業終わり、いつものように着替えをしていた時のことだった。
「楓ちゃん太った?」
何気ないように言う向日葵の言葉に楓の体は震えた。
楓には何故だかわからなかったが、ものすごく体が抵抗しようとしていることを感じていた。
「太ってない!」
考えるより早く否定していた。
自分の言葉に驚きつつ体を見下ろしたが、楓には変化を目で見てとることはできなかった。
「でも、肉付きがよくなったような」
さらなる情報に楓の体は隠すために素早く着替えを終えた。
今まで体重が増えても、そのうち減るだろうと全く気にしてこなかった楓だったが、どうやら今はそうではないらしいと気づいた。
乙女にとって体重の増加は死活問題。
何を気にしているのだと思っていた楓だったが、我が身になるとその問題の大きさを自覚した。
さらに赤の他人ではなく彼女からの指摘。
できればかわいい姿を見せたい彼女から、太ったと言われたショックは楓に甚大なダメージを与えた。
それ以来、無理のない食事制限や運動をし、減量に挑戦してきた。だが、なんだかんだと出されるスイーツがいつも美味しくついつい食べすぎてしまい。努力は相殺され体重にほとんど変化は出ていなかった。
太ったと言われてからは、毎日のように体重計に乗る生活を始めたのだった。
だからこそ、向日葵からひどいやずるいと言われようと今日は見ててもらうことにした。
今の楓にとって一緒にゲームをするだけが遊ぶということではないのだ。
「あれ、それってコントローラーだったの?」
「そうだよ」
円形のコントローラーに向日葵は興味を持ったようだった。
いつも見る形と違うためか、目を光らせてよく観察していた。
「へーこれもコントローラーだったんだね。家にあるけど、使い方よくわからなかったんだよね」
向日葵は一体どんな家でゲームをしているのかと思ったが、楓は自らのことに集中した。
ゲームを起動して準備する。
「今日のは一人用のだから向日葵は見ててね」
「はーい」
向日葵は手をあげて返事をすると体育座りでモニターを見ていた。
おとなしくしているようでよかったと思いながら楓はホッと息を吐いた。
よく考えると、向日葵にゲームをやっているところを披露するようで、楓は今になって恥ずかしくなってきていた。だが、これも向日葵のためと考えれば耐えられた。
前世では売り切れで結局手に入れることのできなかったゲームを楓は今まさにやろうとしていた。
「あ、これCMで見たよ。今から運動するの?」
「そうだよ」
「でも、ゲームで運動? 何で?」
もっともな疑問に楓は赤くなった。
「……太ったから」
「なんて?」
「太ったから!」
ボソッとつぶやいて聞き取られず、楓は投げやりに大きな声をだした。そんな楓に向日葵は驚いたようにのけぞって目を大きく開いた。
「向日葵に太ったって言われたから! ……せ、せっかくなら痩せてかわいい姿を見てもらいたいから……」
続けて向日葵に指摘されたことを挙げた。だが、最後の方は指摘ではなく楓の本心だったため、恥ずかしくなり再びボソボソとつぶやいた。
人差し指を突き合わせてうつむく楓は、まだゲームを始めていないにも関わらずすでに真っ赤でジワジワ汗をかいていた。
楓の突然の叫びに、何度も目をしばたかせていた向日葵も、ようやく楓の言葉を飲み込み始めたのか、普段の顔つきに戻っていった。
だが、何故か向日葵もまた赤くなるとうつむきだした。
それは、ちょうどこのままではらちがあかないと思い、楓が顔を上げた時と重なった。
最初は楓の恥ずかしいセリフに向日葵も恥ずかしくなったのかと思った楓だったが、向日葵は喜びはしても照れるようなタイプではないと知っていた。
しかし、何の兆候か判断できず、楓は言葉の引き出しから向日葵の状態を探る言葉を探した。
「どうかした?」
「いや、何でもないよ」
「でも、真っ赤だよ」
「楓ちゃんこそ。はは」
普段ならもっと饒舌に話すだろうと考えた楓は、やはり向日葵には何かあると読んだ。
笑って誤魔化そうとしているが、その表情は普段の向日葵と比較すると硬かった。
これは少しずつ追い詰めればボロが出るのではと考え、楓は次の手を考えた。
「覚えてない? 向日葵が言ったんだけど」
「そうだっけ?」
「ほら、着替えの時に僕のことを肉付きが良くなったとかって」
「言ったかもね。でも気にしてたの?」
「気にするよ。向日葵が気にしてたんだもん」
向日葵は、
「向日葵が気にして」
の時にピクリと動いた。
何かを気にしているのだろうかと楓は思った。
だが、普段の向日葵から悩みのタネがあるようには思えなかった。
もしかしたら見抜けず、隠されているだけかもと考えたが、これ以上掘り下げるべきか悩んだ。個人的な悩みで楓にも打ち明けたくないことかもしれない。
しかし、普段の感謝の気持ちもあり、これまで支えてもらったこともあって、楓は向き合う方を選んだ。
「何か悩んでるの?」
「な、悩んでなんかないよ。全然」
向日葵は大きく首を振って否定した。
楓は向日葵の大袈裟なリアクションに、やはり裏があると確信を強めた。
「僕は向日葵の彼女だよ。悩んでるなら相談に乗るよ」
楓の言葉に、向日葵の顔から誤魔化すようだった笑みが消え、向日葵はうつむいた。
さすがに観念したのか、向日葵はとうとうと語りだした。
「実は嫉妬してたんだ。楓ちゃんのここが大きくなってるのが、いいなぁって思って。それで、ちょっとした出来心で太ったって言っちゃって、ごめん」
向日葵は胸を押さえながら恥ずかしそうに言った。
楓はその動作に、向日葵が何を言っているのかわからず呆然としてしまった。
大きくなってるのがいいなぁ。という言葉だけがただ、楓の脳内でループしていた。それでも、大きくなっている対象を認識できなかった。
思わず楓は、向日葵のそれと自分のそれを見比べていた。
確かに向日葵のそれは楓の母のようで平らだった。
そして、楓のはというと確かに膨らみがあった。
最近下着がキツいのではないかとは考えていたが、まさかまさかだった。小さい物を買ったことを疑っていたが、自分の体が変わっているとは考えもしなかった。
床に両手をついて楓は倒れ込んだ。
女子に胸の大きさで嫉妬される日が来ようとは考えもしなかった楓にとっては、太ったと言われたこととは別の意味でショックだった。
だが、楓には自分の胸の成長が目に見えてわかるほどの変化だとは思えなかった。実際、今向日葵に言われるまで自覚していなかった。てっきり下着が縮んだものだと思っていた。
楓は向日葵は第三者目線で見ているため、客観的に見られていたのかと考えたが、それでもよく気づいたなと驚いていた。
それでも現実では胸は成長しており、自分がどんどん女の子になっているのだという現実を突きつけられただけだった。
遺伝の関係もあるだろうし、と楓は向日葵に何と声をかけていいかわからず、ただ今日のところは、
「やっぱりゲームやっていいよ」
と言うだけだった。
向日葵にはそれで十分だったようで、
「やったー」
と喜ぶとみるみるうちに進めて行くのだった。
今度新しい下着を買いに行こうと思うとともに、自分は一体何をしていたのかと思う楓だった。




