第25話 ゲリラ豪雨
ある日の帰り道。
「曇り空だね。なんか降り出しそう」
黒雲が空に立ち込める中、心配そうに向日葵が言った。
しかし、向日葵は雨が降っていないか確かめるように手の平を上にしたが、その手に雨粒がつくことはなかった。
「まあ、予報では曇りって言ってたし、雨は降らないんじゃない?」
楓は朝の天気予報を思い出し余裕の足取りだった。
二人とも朝の天気予報で雨予報ではなかったため、傘は持っていなかった。
だが、楓は予報を信じ大丈夫だろうとふんでいた。
ぽつりぽつりと雨粒が当たっても、楓のその気持ちは変わらなかった。
「降ってきたね」
向日葵はつぶやくと、再び雨を確かめるように手を出すと、今度はしっかりと手に雨粒が残っていた。
「大丈夫だよ。きっと通り雨でしょ。予報を信じよう」
「うん」
珍しく向日葵が不安気で、楓には謎の自信があるという普段と立場が逆転していることをいいことに、楓の自信は加速していた。
だが、この時は向日葵の不安が正しかった。
雨は次第に勢いを増してきたからだ。
ぽつりぽつりがさあさあに変わり、そこからザアザアとへと変わるまで時間はかからなかった。
すぐに雨粒が地面や屋根に激突する音で世界が包まれた。
「本降りだね」
「ゲリラ豪雨だよ。さすがにやばいから走ろう」
「大丈夫じゃないの?」
「大丈夫じゃない!」
楓は向日葵の右手を引いて走り出そうとした。すると、向日葵の左手に何か光るものを見た。
「何か持ってる?」
「ううん。持ってないけど」
だが、楓の見間違いか、向日葵が差し出した左手には何もなかった。向日葵は何もないことを示すようにグーパーして見せ、何も出てくることはなかった。
回り込んでみても地面にも何もなく、何かが反射したのだろうと楓は判断した。
見間違いなら仕方ないと、仕切り直して楓は向日葵の手を引いて走り出した。
「今さらだけど向日葵は折り畳み傘とか持ってない?」
「持ってないよ。楓ちゃんは?」
「持ってたらとっくに出してるよ」
予報を信じた傘なしの二人は全力で道を駆け抜けた。
すべって転ばないようにしながらも出せる限りの全力で走った。
楓は黒雲が空を包んでいた時点でせめて雨雲レーダーでも見ておけばよかったと後悔した。
そうすれば、雨が降ると考えて降られる前に走って帰るなり、傘を借りるなりできたたはずだからだ。
しかし、現実は非情で後悔しても状況は変わらなかった。
豪雨は絶え間なく楓たちの体に雨粒をぶつけ、それは肌に当たったBB弾のような痛みを楓たちに与えた。
「あ、僕の家まで来たみたい。ちょっと休憩しよう」
「うん」
雨に降られたのは数分のことだったが、持っていた鞄ではろくなガードにもならず、楓たちはびしょ濡れになっていた。
持っていたタオルやハンカチはすでに使い物にならなかった。
「濡れちゃったね」
「雨に降られたからね」
話しかけられたことでふと向日葵を見ると、楓は向日葵の下着が透けてる様子に目のやり場に困り、すぐに目をそらしてしまった。
気持ちが落ち着かず、一度向日葵から離れるための言い訳を思案した。
「ちょっと待ってて。タオル取ってくるから」
いい言い訳を思いついたと思い、楓は急いでタオルを取りに行こうとした。
その時、リビングのドアが開けられ、普段とは違いゆっくりとしたペースで母が出てきた。
「お帰り、あら、降られちゃったの? なら、もうお風呂にしちゃいなさい」
「え、でも、向日葵が……」
「向日葵ちゃんも来てるの? それなら余計に早く入っちゃいなさい。彼女に風邪をひかせるわけにはいかないでしょ。ほら早く早く」
母の言葉に反論もできず、楓はタオルを取りに行くという言い訳を失った。
とりあえずカバンから荷物だけ取り出すと、すでに冷たくなっている向日葵の手を引いて何より早くお風呂を目指した。
「じゃあ、僕は服を準備するから先に入ってていいよ」
「楓ちゃんは?」
「僕は向日葵があがったら入るよ」
「それだと冷えちゃうよ。準備できたら入ってきていいからね」
「えーと……」
「いいからね!」
「わ、わかった。入るから」
暗に一緒に入れと言われているのだと気づき、恥ずかしさを胸にしまい楓は返事をした。さっさと着替えの準備をしようと洗面所を後にしようとしたが背後の気配に気づいた。
「何言ってるの? 楓も入っちゃいなさい」
「え、でも……」
「楓が家の中をうろついてたら家中がびしょびしょになるでしょ。ほら、入っちゃって」
「服は?」
「私が準備しておくから」
楓はまたも母に流されて洗面所へ戻った。
あと少しでお風呂だと思うと、緊張が解けたからか楓は急に寒気を感じ肌には鳥肌が立っていた。
向日葵を見るといつも以上にドキドキして目を合わせられず、楓は手早くお風呂を済ませようとハイペースで動き出した。
だが、結局、向日葵におちょくられ、ちょっかいを出され、くすぐられた。
向日葵の肌も冷たく、ひんやりとしていた。
「ほら、こんなことしてないで冷えちゃうよ」
「はーい」
それからは早く二人は湯船に浸かった。
冷えた体にお湯がしみわたるようにジワジワと二人の体を温めていった。
楓の隣では向日葵が毎度の如くのぼせ、テンションが高くなり、まるで桜のようにベタベタとくっついていた。
しかし、今回ばかりはくっついていれば体も早く温まるだろうと考え、楓は特別抵抗しようとしなかった。
実際、みるみるうちに楓の体は熱くなっていった。
十分温まったところで、あんまりじっとしていない向日葵に何か言おうとしたが、楓はしどろもどろになってうまく言葉がまとまらなかった。
「私の下着が透けてたから気にしてまごついてるんじゃない?」
「え、いや……」
そんなことはないと否定しようとした楓だったが、向日葵にめざとく指摘され、図星だったためそれ以上言葉が続かなかった。
「こうして裸の付き合いまでしているのに。下着が透けてて意識しちゃうなんてうぶだなぁ」
と指摘され、確かにそうだと楓は思った。
やっとのことで楓も女性の下着姿には慣れてきていた。いや、慣れないとやっていけなかった。
いちいちダメージを受けていては生活がままならないことを知り、だいぶ耐えられるようになってきていた。
だが、今回は雨で制服が濡れ、向日葵の下着が透けて見えたことで、普段とは違う状況に脳が混乱で支配され目をそらしてしまった。
いつもよりも向日葵のことを意識してうまく思考がまとまらなくなっていた。
「わかった。楓ちゃんはこういう直じゃないので見えるのが好みなのね」
「そんなことはないよ。今回が不意打ち的だったからだけだよ」
「それって、同じことじゃない? いつもよりドキドキしたんでしょ?」
向日葵の的確な私的に楓はこくりと頷いた。
「かわいいなーもー」
と言いながら向日葵は楓に抱きつき、頬ずりをしだした。
普段なら照れ臭く軽くいなしただろうが、今の楓は向日葵の扱いを受け入れ、自らも少し頬ずりを返した。
それから急に向日葵が、裸の付き合いがおっさんくさいからせっかくだしおっさんごっこを始めようと言い出したため、今度ばかりは放置しようと一転無視をした。
楓の無視など気にせず、向日葵のテンションはうなぎのぼりで、楓がツッコムスキもなく向日葵が一人で喋り続けていた。
しかし、電池が切れたようになんの前触れもなく黙り込むと、全く喋らなくなったため、楓は慌てて浴槽の外に向日葵を出して風呂をあがった。
前回の体験を生かし、さすがに、浴槽に浸かっていなければ大丈夫だろうと楓は母が持ってきた着替えを手にする。
律儀に楓、向日葵とどちらの着る物か書かれていたが、それはどちらも楓の物ではなかった。
目の錯覚か何かかと思い、目をこすって再び見た楓だったが目の前の物は変わらなかった。
楓に渡されたのは恐怖のにわにわさんのパジャマ。しかもただのパジャマではなく、着ぐるみのように着るタイプの物だった。
どこでこんな物を仕入れたのかと母を呪ったが、他の選択肢はなく楓は渋々パジャマを着た。
「もう、意識あるって言……あ、着てくれたの? うんうんやっぱり似合うね」
楓がパジャマを着たタイミングで、向日葵は浴室から出てきた。
鏡でどうなっているのか確認していたところだったため、気に入っていると思われないように背筋を伸ばして向日葵に向き直り、何事もなかったように取り繕った。
文句がありそうだったが、それを引っ込めたところをみると発案者は母ではなく向日葵だったらしい。
向日葵もまた手早く済ませ、気づくと着ていた。
「えへへーおそろいー」
「これどうしたの?」
「え? お土産として買っておいて、いざという時のために楓ちゃんのお母さんに渡しておいたの」
お土産にしてももっと何かあっただろうと思ったが、これが向日葵のセンスだった。
楓は肩を落としながらも、元気な向日葵にを見るとどうでもいいやという思いで廊下に出た。
出るなり、カシャッと音がした。
音の方向を見ると再びシャッター音。
母が待ち構えていた。
向日葵は慣れたようにポーズを決め、写真を撮られていた。
「ほら、楓もポーズして」
「何してるのお母さん」
「後でケータイに送ってもらおうと思って」
答えたのは向日葵だった。
母は廊下で楓たちが出てくるのを待ち構えていたのだ。
出てくるなり母に写真を撮られたため、ここまでが段取りだったのだろうかと楓は考えた。
こんな狭い廊下でやらなくてもと思ったが、場所は関係ないらしく向日葵がポーズを変えるたびに母は写真を撮っていた。
この二人ならどこでも遊園地になるのだなと思いつつ、楓は向日葵に無理矢理ポーズをとらされた。
解放されるまで何枚撮られたかわからなかったが、楓は写真を撮られる練習と思い、二人がこりるまで付き合った。
「いやーいい写真撮れてるね」
「それならよかったよ」
最初は数枚で済むだろうと思っていた楓だったが、同じポーズで色々なアングルで撮ったりと撮影はなかなか終わらなかった。
拒否できない自分の性格を恨めしく思いながらも、撮れた写真を見て笑っている向日葵を見ると悪くなかったと思う楓がいた。
これだけで一生分のポーズ案を出し尽くしたつもりだった。
中には恥ずかしくて目も向けられないものもあったが、どこかへばら撒かれるわけでもなく、母と楓と向日葵の中で完結していると思えば心は乱されなかった。
最初は抵抗を感じていたものの、にわにわさんのパジャマは十分に着心地がよかった。
お土産の品にしては肌触りも良く、普段使い用としてこれからも着ることを決めた。




