第23話 バッティング
「お待たせ」
向日葵はレジを済ませて戻ってきた。
「じゃあ、目的も達成できたし、帰る?」
「もうちょっとぶらぶらして行こうよ」
甘えるような向日葵の声に、いつものように楓は頷くのだった。
「じゃあ、ちょっと嗜好を変えて他のお店を見て行こうか」
「げっ、ちょっと待って」
そそくさと次へ行こうとする向日葵を止めて、楓はしきりに服を見るフリを始めた。
「まだ気になってるの?」
「うん。だから、もうちょっと見させて」
「いいよ」
「話しかけられても、静かにね」
「うん?」
向日葵は意外そうな顔をしながらも特に楓に追及することなく言うことを聞いた。
楓は店の外に見慣れた二人を見つけていたのだ。
桜と椿。
珍しい組み合わせだったが、桜に椿が振り回されていることは、椿の疲れた表情からわかった。
遭遇すれば、根掘り葉掘り今の状況について聞かれることが予想され、また、椿の疲れ方から桜に振り回されそうだと思っていた。
嫌な相手ではないが、今日の楓は二人きりを楽しみたい気分だった。
あと少しで通り過ぎるかと思ったところで、桜は立ち止まった。突然の行動に隣の椿は転びそうになった。
何か椿に聞かれたようだが、桜は聞く耳を持たない。
どういう仕組みなのか、アホ毛がまっすぐ立つと、何故か楓たちの方を向いた。
桜は急に方向転換し、椿を引っ張って楓たちがいる方へと歩き出した。
接近にいち早く気づいた楓は顔の間近で服を見る。
「ねえ、ねえ」
楓は桜に肩を突かれるが無視、あくまで他人のフリ。
向日葵もここでようやく誰が来たのか気づいたようだが、楓の指示通り無視を敢行。
「あたしの目を誤魔化せると思ってるの? その健康的な足、しなやかな腕。そして、手入れの行き届いた髪。楓たんでしょ」
そんな風に見られてたのかと思ったが、楓は我慢。
「隣は小柄ながら運動神経抜群で頭脳明晰な非の打ち所がない転校生の向日葵たんでしょ。二人して何してるの? そろそろ教えてよ」
椿も桜がまた何かしでかすのではと思い身を引いて何もしていなかったが、桜の言葉で状況を理解してしまったらしかった。
楓たち二人を観察し本人かをしきりに確かめている。
桜の位置から見えるような角度ではなかったはずだと思ったが、楓は諦めなかった。
このまま続けていれば、いずれ嵐は収まると思い、ただじっと待っていた。
だが、向日葵は限界に近かった。褒められ、今にでも桜に飛びつきそうになっていた。楓は向日葵に我慢だ、と心で念じていた。
「もう、しぶといな。あれだね。あたしのテクを待ってるんだね。わかったよ。もう、こんなところで大胆な楓たんだな。レロー」
「何するつもり?」
楓は耳に息が吹きかかると持っていた服を盾にした。
桜は出していた舌を引っ込めるとニヤニヤと笑いを浮かべた。
「やっぱり楓たんだった。やだなぁ。まだ何もしてないじゃん」
「でも、今何か、耳に何かしようと」
「だから何もしてないって。未遂と実行じゃ全然違うよ。そもそも無視はひどいじゃん楓たん」
「それは……」
「いいよ。わかってる。みなまで言わなくてもわかってる。そう、私のテクを待ってたんだよね。いいでしょう。感じさせてあげる」
桜は人の目も気にしないで、再び接近してくると楓の耳に口を近づけた。
「何しようとしてるの? ねえ、助けて二人とも」
「夏目さんにはこれが似合うんじゃない?」
「わあ、そんな発想なかった。椿ちゃんってセンスあるね」
「そうでもないわ」
耳を抑えて助けを求めるも、二人は楓に見向きもしていなかった。
これが自業自得。いや、触らぬ神に祟りなし。
伸ばした手を引っ込めると、楓は再び桜に向き直る。
「ちょ、ちょっと待って、外で何しようとしてるのかわからないけど、せめてあの、ハグとかキスぐらいで勘弁して」
「わかった。ハグとキスを御所望なのね。いいでしょう」
桜は楓の言葉を聞いて一度離れぶつぶつと呟きだした。
楓はなんだかんだと落ち着いたのだと思い、肩でしていた息を整えた。知らぬことをされるだろうという心労におかしくなりそうになっていた。
これ以上お店で騒いでいては迷惑になると思い。椿と向日葵にも声をかけてお店の外に出た。
「待って、置いてかないで」
桜も抑えていたのか、お店を出るまでは何もしてこなかった。
「もう。ハグとキスが好きなら言ってよ。最初からそっちで攻めてあげたのに」
「好きとは言ってな、ん」
「照れない照れない。むすっとしてたらかわいい顔が台無しだよ」
お店を出て椅子に座るなり、楓は桜に抱きつかれ、定期的にキスされていた。
普段の向日葵のちょっかいに引けを取らないアプローチに、楓は困惑していたが、自分が言い出したことだからと拒否できずにいた。
そもそもかわいいと言われ悪い気はせず、桜にデレられることも悪い気はしていなかった。むしろ、くすぐったく笑みが漏れていた。
ここまで強引に来られても、面倒臭いとは思っても嫌だとは思えないことが楓には不思議だった。時々向日葵の睨むような視線が飛んでくることを除いて。
椿がこれと似たことをされていたのかと思うと同情の念を抱いた。
「ほら、楓たんからもしていいんだよ。ギューとかチュッチュって」
「いや、僕からはちょっと」
「椿たんお手本見せてあげて」
桜が言うと、椿は流れるようにそっとハグしてから、顎を持ち、口づけした。楓は目を見開き、口は半開きで見逃さなかった。
突然、楓の心に求めていたものが奪われた感覚が訪れ、消えた。
「やーん。上からこう顎をクイってされて唇が奪われるのいいわ。ドキドキしちゃう。でも、楓たんとは身長がほとんどおんなじだからもうしまくりよ」
「いや、しまくりは……」
「もう素直じゃないな。私からはしまくりじゃない」
椿はキスの後で、やらないと終わらないと目で伝えてきていた。
椿は楓より桜の扱い方を心得ているらしい。
楓は桜を何度か見てから覚悟を決め、深呼吸をした。
「ほら、お手本見せてくれたんだし」
そして軽く抱きつくと頬に唇を当てた。
「やーん。控えめー前はもっと大胆だったのに、入院して心変わりでもあったのかしら。何にしてもどっちもいいわ。ほら、頬にしたならマウストゥーマウスも」
大胆ってどんなだと思いつつも、楓は向日葵の視線に謝りながら唇をつけた。
「やーん。いいわ。いいわ。こう、自分からガツガツ行って奪ってたけど、自分もまた奪われる。いいわ。し、されるっていう相思相愛感があっていい」
もう楓にはわからなかったが、桜はそれからも全く止まらなかった。
翻弄され、いつの間にか言う通りにしており、しかし、嫌な気がしない。
人の扱いに慣れているのか、楓はそんな桜の能力を羨ましく思った。
だが、通り過ぎる人々の視線を集め、見られていることを意識すると、クーラーの効いた店内で運動しているわけでもないのに汗が出そうなほど楓の体は熱くなっていた。
無視されたうっぷんが晴れたのか、お店を見て回ろうと桜が言い出した。
散々振り回された後だったが、楓たちは立ち上がり歩き出した。
やっと冷静になり椿が黒色が多い服装をしていて暑そうだとか、桜は白と水色で涼しげだなと思う余裕が出てきた。
歩き出してすぐに、桜は目を光らせると指をさしていた。
「あ、ゲームセンターある。寄ってこうよ」
興奮気味の桜に押され、一行はあれよあれよとゲームセンターへ。
向日葵も乗り気で、早速クレーンゲームを始めようとした。
「あたしがとってあげるよ」
そんな向日葵の横から桜が言った。
「え、でも……」
「いいから、向日葵たんは見てて。遊びたいならお手本も必要でしょ」
と言って桜は中をよく観察しだした。
楓もお手並み拝見と向日葵とともに桜の様子を見ていたが、一手でぬいぐるみを取ってみせた。
「はい」
「ありがとう。桜ちゃん」
「いえいえー」
桜は向日葵に取ったぬいぐるみを渡すとどこかへ姿を消した。
「よし、やってみるね」
ガッツポーズで意気込みを表現すると今度は向日葵の挑戦。
いくら、向日葵でもさすがに無理だろうと考えた楓だったが、向日葵はいつものことのように一手で取ってみせた。
「やったー」
楓は自分が取れなかったわけではないが、悔しさの混じる表情を浮かべつつも拍手をした。
「やあやあ諸君」
桜は手を後ろ手に回しながら戻ってきた。
どうやら戦果をあげられたらしく行動とは裏腹に顔には隠しきれない喜びが笑みからにじみ出ていた。
「椿たんはこれで、楓たんはこれね」
桜はいつの間に取って来たのか、二人にもぬいぐるみを手渡した。
「すごい」
楓と椿はハモって感嘆を漏らしていた。
「いやいや、なんてことないよ」
表情に出る喜びを隠そうとはしなかったが、桜にしては珍しくあくまで謙遜した態度を崩さなかった。
楓ではこうはいかなかっただろう。
楓は今までクレーンゲームはお金が吸われる機械だと思っていた。
結構な金額をかけないと取れたことがないため、似たような物を買った方がマシだと考えていたほどだ。
それでも一時期ハマったこともあり練習したが、一度で取れたのはスーパーボールくらいだった。
桜がぱっぱと取ったことに感動せずにはいられなかった。
しかも、少し見回す程度の視線から楓の欲しいぬいぐるみを当てる能力も神がかっていた。
桜には感動して、向日葵には嫉妬した自分の心情に楓は気づいたが、すぐに上達したからかと思った。
「あれはどうやるの?」
「あーあれはねー」
そう言って、向日葵に教えるため、桜は歩いて行った。
楓は急に椿と二人きりになった。
手持ち無沙汰から近くの自動販売機でジュースを買おうと思い財布を取り出す。
「何がいい?」
「私は持ってきてるから大丈夫。よければ飲む?」
「じゃあ、いただきます」
お金を使わなくて安心しながら財布をしまうと楓は椿からお茶をもらった。
告白してフラれた相手と初めての一対一に楓は場をつなぐことを考え、口を開いた。
「冬広さんと桜の組み合わせなんて珍しいね」
楓はその場を取り繕うためにとりあえず話しだした。
「ええ、私もびっくりしたわ。外を歩いていたら急に春日さんが現れて、気づくとここに居たんだもの」
「そっか災難だったね」
「でも、なんだか嫌いになれないのよね。春日さん」
「僕もわかるな」
「でも、付き合ってるんでしょ。夏目さんと。なら、あんまり春日さんとべったりもよくないんじゃない?」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、一気に飲み込むと、今度はせきが止まらなくなった。
涙目になりながら楓は椿の顔を見上げた。
「知ってたの?」
「鎌をかけてみたのだけど、本当だったのね」
「え、じゃあ知らなかったの?」
「ええ。でも、クラスでも噂になってるわよ。いつも一緒にいるし、いつも一緒に登校してくるし、時々髪型まで揃えてくるし。他にも……」
「わかった。そうだったのか」
薄々楓も気づいていたが、普通のことだと思っていただけに油断していたと思った。
初日は警戒していた楓だったが、慣れとは怖いもので一度やってしまうとどんどんと気にすることが減っていった。
結果、何気ないことから、何が続くのかわからないことまで、色々な情報をもとに椿にまで知れ渡っていたのだ。
楓をからかうことができたからか椿は楽しそうに笑っていた。
話が終わり、なんとも言えない恥ずかしさと不安がないまぜになった複雑な心境から楓は黙り込んでしまった。
元から一方的に好意を寄せていただけだったため、隣にいるだけで緊張し、何か話さないと、と焦るほど思考はまとまらなかった。
「あの時……」
「え?」
沈黙を破ったのは椿だった。
「あの時、秋元さんが告白してくれた時、つい断ってしまったけど、実は隣の速水くんの形相に恐れてのことでもあったの」
「速水くんが?」
恐れるほどの形相を歓太郎が浮かべるところが楓には想像がついた。ただし、基本紳士的で取り乱した時以外に怒り散らすタイプでもないため、理由はわからなかった。
だが、歓太郎が近くに居る時は告白が失敗するジンクスと関係があるのかとも考えた。
「そう。だから前も言ったけど、ショックを受けないでほしいの。好意も嬉しかったから」
「僕は大丈夫だよ。今も冬広さんが好きだし」
「本当? 私もよ。あ、戻ってきたみたい」
楓が椿の好きの意味を聞くよりも早く、椿は桜と向日葵に気づいて手を振っていた。
二人は満足気に戻ってきていた。
クレーンゲームではなかったようで、手に成果物は持っていなかったが、それでも納得いく結果だったようだ。二人とも似たような表情で誰が見ても楽しかったことがうかがえた。
それから、ゲームセンターを出てショッピングモールを回る間も、楓は椿の発言が気になっていたが、桜への対抗心か向日葵が今度はべったりついてきて、最後まで確かめるチャンスは訪れなかった。




