第21話 買い物デート
今日楓は向日葵にショッピングモールに呼び出されていた。
デートの誘いと書かれ、日付と住所に待ち合わせ場所が示された連絡を見て、楓は時間通りに来たのだった。
何をするのか聞かされていないため、なんでも言うことを聞いてくれる権利がここで使われるのではないかとソワソワしていた。
約束の時間を過ぎ、人混みの中に向日葵の姿を探す。
一人の小柄な女子が手を振りながら楓をめがけて歩いてきていた。
「お待たせ」
「ううん。待ってないよ」
笑顔で返した楓だったが、向日葵は楓を上から下まで眺めていた。
「あれ、今日もワンピース?」
「ま、まあね」
向日葵から目線をそらしながら楓は言った。連続はミスだったのだと心の中で叫んだ。
ファッションの勉強をしようと心に決めた日から、楓は一応勉強は始めた。
インターネットや雑誌で流行情報らしきものを仕入れ、クローゼットの中身がどういうものかと考え、一人で着てみたりもした。
だが、楓は自信を持てず、結局今日もまたワンピースに逃げたのだった。
サイクルして着てるいるが、たまたまワンピースの日に出かけるという日が重なったのだ。などという言い訳を考えていた。
「他にも似合うの持ってたのに、見せてくれないの?」
ぷくぅと頬を膨らませて怒った様子の向日葵。
かわいい顔につい、
「今から着替えてくるね」
と言いたくなる楓だったが、グッと堪えた。
それでは本題に入れない。せめて次回のデートの時だと決めた。
しかし、向日葵の言葉に目が覚める思いの楓だった。
自信がなく、見当違いな格好をしていたら恥ずかしいという理由で、組み合わせて着てこなかったが、また同じ間違いをしていたことに気づいたからだった。
今の楓は楓が恥ずかしいからファッションを避け、向日葵のためという視点が欠如していた。
ファッションを楓自身のためのものでなく、向日葵のためのものであると考えると向日葵の気持ちも理解できた。
実際、向日葵はこの間とはまた違った服装で、これまた似合っていた。
そして、それが楓に見せるためのものだと思うと嬉しくもあった。
前回は色々な不安でよく見ていなかったため、おぼろげに、普段の印象とは違う清楚な雰囲気で少し心を揺さぶられていた程度の記憶だったが、今回はヒラヒラしたミニスカートが向日葵の印象とマッチし、楓は悶絶しそうになっていた。揺れるものが男は好きらしいが、楓は未だ残るほんの少しの男らしさに大きく左右されていると感じた。
今までファッションを飲み込めなかった楓だが、自分がどう見られるかより、他人がどう反応してくれるかを考え選ぶとなると、緊張と同時に楽しくもあるだろうと、ファッションを楽しむ人々の気持ちがわかった気分だった。
今度こそは違う服装に挑戦しよう。と楓は心に決めた。
指摘されたら、修正点を教えてもらえばいいのだ。やらなければいつまでも上達はない。
「そういうつもりじゃないんだけど、選ぶのが苦手で、でも……」
「だったら、私が選んであげるよ」
「え?」
楓の話を最後まで聞かず、向日葵は口を挟んだ。
「私が新しく選んであげるよ。楓ちゃんに似合う服。いいでしょ? もとから今日はそのつもりだったの。なんでも言うこと聞く約束でしょ?」
「いいよ」
「やったーじゃあ決まりね」
早速出鼻を挫かれた気分だったが、服選びはいつでもできる。と切り替え、自ら選ぶのはまたの機会ということにした。
てっきり、なんでも言うこと聞く権利は、物理的にほとんど不可能な無理難題か、できるが精神的に難しいことをさせられると思っていたため、服を選んでもらえるだけならと安心していた。
「じゃあ、上の階からしらみつぶしに見ていこう」
「うん」
向日葵は楓と腕を組むと上の階を目指して、ルンルンとした足取りで歩き出した。
急にいつも以上に近い距離に向日葵の顔が接近してきたため楓はドギマギして、何か声を出しそうになりながら必死に歩いた。
早速洋服店を見つけるなり飛び込む向日葵。
「これなんかいいんじゃない?」
「短すぎない?」
「いやいや制服の時と同じくらいだよ」
確かに膝より短かったが、楓にはそうは思えなかった。ももが見え過ぎていることが気になった。
夏場だからということもあるだろうが、楓は女子になってからももを露出する機会が増えた。それにより、今までなかった基準が生まれていた。膝より長いと安心できるが、短いだけで急に心もとなく感じられるということだ。それが、楓には不思議に思えた。
そもそも今までなら膝が出るか、くるぶしが出るかくらいで、ももが半分以上出ることなど、ほとんど着替えか風呂の時くらいだった。自らがミニスカートをはいて外を悠然と闊歩することになるなど想定したことがあるわけもなかった。
今着ているワンピースは丈が長いため、少しは安心して着られることも楓の好みだった。
「そもそもどんな服を着てほしいの?」
楓はズバリ聞いてみた。
服を着るとはいえ、もしかしたら精神的に恥ずかしい格好にさせられる可能性を思い出したからだった。今見ているものは違うが、ロリータなどを着る勇気は今の楓にはなかったからだ。
自らの心音を聞きながら楓は向日葵を見つめ、喋り出すのを待った。
「どういうのってのじゃないんだけど、双子コーデってのをやってみたいなって。だから楓ちゃんにも私にも似合うのがいいんだよね」
「なるほど、双子コーデね」
楓とて、双子コーデは聞いたことがあった。
某夢の国付近へ行った時には、老若男女の二人組が同じ格好をしているのを見たことがあったからだった。
当時の楓は、なんと気恥ずかしいことかと思っていた。最近、向日葵と髪型を揃えただけでも恥じていたが、しかし、その時妙な一体感も抱いき別段悪い気持ちはしていなかったのだった。
そのため、服装を揃えるならいいだろうと思い楓は胸を撫で下ろした。
「なら、ほら。パンツスタイルもいいんじゃない?」
「うーん確かにアリかもだけど、私としては楓ちゃんはスカートの方がかわいいと思うんだよね」
「そ、そうかな?」
「うん。学校ではスラックスもありみたいだけど、楓ちゃんはスカートの方が似合ってるよ。だから、ボトムスはスカートね」
「向日葵が言うなら」
楓は向日葵に背を向けると真っ赤になった頬を押さえていた。
久しぶりにズボンにしたいと思っていたうえ、学校でスラックスがありならラクだろうと一瞬考えた楓だったが、思考は二秒と保たなかった。
客観的に見て似合っていると言われれば、ほぼ事実だろうと考えた楓が今後もスカートをはくことが決まった瞬間だった。
「うーん。もう少し見たいな」
「じゃ、別のお店に行く?」
「そうしよっか」
いくつかスカートを当てられたが、向日葵の好みじゃないらしく最初のお店を後にした。
その後も、いくつか見て回ったがどれも違うと言って別のお店へと行くのだった。
楓はショッピングモールがこんなにも広いとは思っていなかった。また、今までより広く感じられた。
背が低くなり、歩幅が狭くなったことも関係していただろうが、それ以上にお店ごとに足をとどめていてはいくら時間があっても足りないのではと不安になっていた。
今までは用のある店をあらかじめリストアップしておいて、他の店は通り過ぎていたため、いくつものお店を見て回ることなどほとんどなかった。
ショッピングモールに長居するとしたら涼むくらいしか考えのなかった楓にはある種の発見だった。
急に立ち止まる向日葵に激突すると、向日葵が目を輝かせて何かを指さしているところだった。
「あ、シネマだって。ちょっと映画見ていこうよ」
「え? 今日は服を見に来たんじゃないの?」
「いいじゃん。一時休憩ってことで」
「うーん」
時計を見ると近場で開店時間から来ているため、結構歩いたと思っていた楓だったがそこまで時間は経っていなかった。
一店舗数分と考えれば、それもおかしな話ではないだろう。
今日一日この調子だと楓も飽きそうだと考え、承諾することにした。
「わかった。じゃあなに見る?」
「うーんとね」
「そっちじゃないよ?」
「あ、そっか。家で見る気分だった。まずは買ってからだったね」
一体家にどんな部屋があるのだと気になったが、楓は切り替え上映している映画を見る。
夏の時期だとこの間向日葵とやったゲームのアニメ映画を見る楓だが、向日葵と一緒だと恥ずかしかった。
また、向日葵も興味を持つかわからなかったため、他の映画を探した。
「恋愛映画にしようよ」
「え! えぇと、いいよ」
この状況で見るのかと思いながらもチケットを買い、時間までまた店を見て回って、ポップコーンを買った。
中に入ると思った通り、男女のカップルの姿がまず目に入った。
そもそも恋愛映画を見ることなどテレビでやっている時ぐらいの楓には楽しめるのかわからなかった。
恋人とは言え同性同士。楓の内心では異性だったが、それでも同性カップルに変わりはなかった。
映画は異性の話だし、楽しめるのだろうか。疑念を抱いてもいた。やはりカップルで見るものだろうかと思ったが、よく見ると一人の人や友達同士の姿もあり、楓はホッと息を吐いた。
見慣れた盗撮の映像が流れ、少しして映画が始まる。
常に横から視線を感じたかと思うと、ポップコーンに伸ばした手が握られたり、ポップコーンの入れ物ごと持っていかれたりしながらも楓は映画に集中した。
せっかくの少ないお小遣いを使ったのだという思いから、映画が終わり明るくなるまで、楓は視線をスクリーンに釘付けにしていた。
「よがっだねぇ」
楓は泣いていた。ハンカチが必要になるとは思っていなかった。
感動していた。全く知らない作品だったが楽しんでいた。
恋愛映画なんてと侮っていたがそんなことはなかった。
女子になったからか、今恋しているからか楓にはわからなかった。だが、よかったことに変わりはなかった。
「そうだった?」
「見てた?」
「いやー私はちょっと楓ちゃんの横顔に見惚れちゃって、暗がりで光に当てられた顔はいつもと違ってよかったなぁ」
「は、はは」
咄嗟になにしてたんだと言う気力もわかず、楓は固まった。
映画より魅力が高かった。などと舞い上がりそうになってすぐ現実に戻ってきた。
「いや、映画見に来たなら映画見ようよ」
「でも、今日は買い物に来たんだし、それに作り物より、リアルの方がいい気がして」
「それは、ここで言うことじゃないからさっさと離れようか」
「あーれー」
組まれた腕で向日葵を引きずると白い目で見られる前に、楓は映画館から逃げるようにして立ち去った。




