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第19話 お披露目

「じゃ、練習もこの辺にしてお昼にしよっか」

「そうだね」

「楓ちゃんの手作り楽しみだな」

「あははははは」

 今日はもう一つの約束を果たす日でもあった。

 楓の手料理。

 お弁当として楓は準備していた。

 今日まで、数日だが母の教えにより血のにじむ努力をし、今までの楓の実力と比べれば、至高の出来となる弁当ができた。

 何故楓がそこまで力をいれたのか。それは、向日葵が母の作ったお弁当を食べた時のこと、

「楓ちゃんのお母さんのお弁当美味しいね」

「それはよかったよ」

 向日葵は頬が落ちそうな様子で母の作ったお弁当を食べていた。

「愛情ってやつを感じる」

「感じるんだ」

「うん。やっぱり母の味だな」

「僕の母だけどね」

「楓ちゃんのお弁当も楽しみ」

「ハハハ」

 楽しみにしているという向日葵の言葉が楓のやる気に火をつけた。

 母のお弁当と比べられるというプレッシャーは主にだった。それに加え、楓としては味も見た目も母の弁当に優っているとは思えなかった。

 当たり前だろう。主婦としての積み重ねがある母との間には、たかが数日頑張った楓には越えられない壁があるのだ。

 二人前の弁当。

 楓は再び心臓の音が聞こえることを自覚しながら箱を開け並べていく。

「いっただっきまーす」

 楓には向日葵の動向を見守ることしかできなかった。

 箸を持ち、弁当へ箸が進んでいく。

 玉子焼きを挟むと向日葵はゆっくりと口へと放り込んだ。

「んーおいしー」

 楓は今すぐ外に飛び出して、

「よかったー」

 と、

「かわいー」

 と叫びたい気持ちでいっぱいになった。

 安心感と味を楽しむ向日葵の様子で楓の胸はいっぱいになった。

「やっぱり愛情の味ですわ」

「そ、そうかな?」

「うん。食べてもらいたい人のための努力を感じますわ。ありがとう」

「いやー」

 楓は頬を染めると目線をそらしていた。

 照れ臭さから向日葵を見られなくなっていた。

「慣れないことして、手を絆創膏まみれにしてたのも見てたからね。なんかこう、我が子の成長を見るようなね」

「子供扱い?」

「冗談冗談」

「でも、もう少し上手くできると思ってたんだけどね」

「いいんだよ。美味しいし、上手だと思うよ」

「ありがとう」

 楓の料理の記憶。それは基本。レンチン、レンチン、レンチンだった。

 家庭的ではないと言われようとも面倒くさかったのだ。

 もちろん包丁をもったことはあったし、料理もしていたが、何か作ろうものならまずレンチンだった。大量のサラダを食べていたためおかずは雑でも大丈夫だろうという魂胆だった。

 だが、これまでレンチン生活で済ませてきた楓も今回はレンチンを封じ、一から手作りしたのだ。

 前世から料理はレンチンだったため、苦労したが、それでも練習してよかったと思った。

 向日葵の言う通り、食べてもらって喜んでいる姿を見る方が、面倒臭さに勝ったのだ。

「楓ちゃんも食べよ」

「うん」

 食べてみてやはり味では母に勝てないと思ったが、それでもこれからも料理を続けてみようと思った楓だった。


 食後、二人はペースダウンしたものの泳いでいた。

 練習は終わり、浮かんだり、流れるプールへ行ったり、波のプールへ行ったりして楽しんだ。

 特訓やお弁当の披露というイベントによる緊張から解放され、楓と向日葵は肩の力を抜いて遊んでいた。

 休憩時間の笛が鳴り、向日葵は颯爽とプールを出た。

 楓も後に続こうとしたところで、足に違和感。痛み。

 今までの疲れがたたり、足がつった。

 その瞬間、楓の脳裏には前世の記憶が蘇った。

 ノイズ混じりながら、楓が川で子供を助けた後の光景がフラッシュバックした。

 焦って、助けを求めようと水をかいたが、逆に体はどんどんと水に沈んでいく。

 息が苦しくなる中、必死に手を伸ばし近くまで来ていたはずのプールサイドを掴もうとするも、楓の手はかすりもしなかった。

 ぼやける視界に、せっかく築き上げてきたものがまた崩れ去るのか、という絶望がただ立ち塞がるだけだった。

 すると、ドボンという音が近くで響いた。

 今度は遅くなる前に誰かが助けに来たのだと楓は手を伸ばした。

 誰かはその腕をすり抜けると、楓を引きずりあげた。

 楓は足がつっていたため、立ち上がれなかったが、助けてくれた人に抱きかかえられた。

 監視員の人か誰かだろうと思い、楓は深呼吸をした。再び酸素を得られなにより安心した。

「首に手を回せる?」

 と女性の声で聞かれ、恥ずかしさがありながら腕を伸ばした。

 女性はぺたぺたといった足音を立てながら歩き出した。楓はどこかへ運ばれているらしかった。

「おい。君たち、休憩の笛が聞こえなかったのか。飛び込んだり、入り続けていたりしたら危ないだろう」

 監視員の男性に注意され、楓を抱えた人物は、

「すいませーん」

 と笑って謝っていた。

 注意されるということは監視員の人じゃないのではと思い、楓は再び目を開き、顔を見た。目の前には見慣れた向日葵の顔があった。

 現状、楓は自分より小さい子にお姫様抱っこで運ばれている現実を認識し、瞬間的に赤くなった。

「もう、大丈夫だよ。向日葵」

「まあまあ、そう無理なさらんなって」

 結局楓は、ビーチチェアに寝かせてもらうまで、下ろしてもらえなかった。

 意識はしっかりしているし、足も動くし元気だろうと考え、それまでなんとかやり過ごした。

「じゃ、アイスでも買ってくるね。すぐ戻ってくるから」

 向日葵は手を振って、早足でどこかへ行ってしまった。

 一人になり、鼻に水が入った痛みと孤独感が急に楓を襲った。

 ちり紙を出し、鼻をかむ。あのまま助からなかったらどうなったのだろうと思い、楓は身震いした。

 すぐ、という言葉は本当だったようで、両手にソフトクリームを持って向日葵は戻ってきた。

「チョコとバニラどっちがいい?」

 と聞きながら、向日葵はバニラを差し出してきている。

 前回食べられなかったうっぷんを晴らすため、

「チョコ」

 と楓は端的に答えた。

「欲張りだねぇ」

 と言いながら、向日葵はぺろっと舐めてからチョコのソフトクリームを楓に渡した。

「向日葵の方が欲張りだよ」

「あれれ? そっかな」

 とぼける向日葵と笑いながら、楓はソフトクリームを口にした。すぐに、楓の目からは涙があふれた。

「そんなに美味しかった? なんてね。怖かった?」

 楓は溺れかけ、確かに恐怖を感じたが、答えあぐねていた。

 今の涙は助かった安心感と助けてくれた嬉しさによるものだと思ったからだ。それに、あながちソフトクリームが美味しかったことも間違いではなかった。

 返答しない楓を抱くと、かわって向日葵が口を開いた。

「約束通り助けたでしょ」

 ハッとしてプールで向日葵が言っていたことを思い出し、楓ははにかんだ。

「うん。ありがとう」

 向日葵は安心したように頷くと自らのビーチチェアに座った。

 楓はもう少しそのままで居てほしかったが、恥ずかしく口に出せなかったため、ソフトクリームにかぶりついた。


 休憩時間終了の笛が鳴ったにも関わらず、男たちは楓たちの前で立ち止まった。

 こそこそと何かを話しあうと男たちは口を開いた。

「ちょっとーソフトクリームが映えるお姉さんたち。おや、泣いてるけど、ダブルデートで振られたのかな? 俺たちも似たような状況でさ。なーブラザー」

「そうなんだよ。よければ傷心を癒すために一緒に遊ばない?」

 誰かがナンパされたのか。と思い、楓は一瞬顔を上げ、辺りを見回したがソフトクリームを食べている客は見当たらなかった。すぐに自分たちだと気づくと、男たちから視線をそらした。

 向日葵の、

「気にしなくていいよ。無視でいいよ」

 という言葉にスルーを決め込んだ。

 心では冷静になるため、人物を特定するソフトクリームが映えるという言葉を使い、同じ状況という共感を誘うセリフは、ナンパとして的確な言葉遣いではと分析してみた楓だったが、それよりも、本当にナンパって実在するのかというある種の感動に包まれていた。

 危うく、ソフトクリームが映えるってなんだよ。とツッコミかけたが、ギリギリのところで耐え、反応を表に出すことはなかった。

「おいおい。無視はひどくないか? 俺たちだって傷つくんだぜ?」

「そうだぜ、ブラザーが悲しんでるぜ」

 罪悪感を利用しようとする態度に不快感を覚えた楓だったが、向日葵に手を引かれ立ち上がると我に返った。

「行こう」

「うん」

 楓は向日葵に置いて行かれないようにしながら、足早でその場を後にした。

 しつこくついてくるものと思われたが、男たちは楓たちを追ってくることはなかった。

 ある程度離れてから振り返ると、やれやれと言った様子で首を振っている男の姿が見えるだけだった。

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