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第17話 向日葵のマジックショー

 休み時間。

 向日葵は意気消沈してしまった楓の気分転換のために、マジックショーを催していた。

 ショーと言っても小さなもので、向日葵の手品を楓とクラスメイトの数人の女子を対象に見せるものだった。

 向日葵はトランプを取り出した。それは楓のトランプだった。いつの間に持ち出したのか気になった楓だったが、向日葵によると、

「気にしない気にしない」

 とのことだった。

「レディースアンド、ジェントルマンはいないけど、向日葵のマジックショーへようこそ。挨拶はそこそこに、まず手始めに瞬間移動をご覧に入れましょう」

 向日葵はハートのAをトランプの束から抜き取ると自分のポケットにしまった。

「1、2、3。ハイ!」

 向日葵の合図とともにポケットを叩いた。その時、楓は胸に違和感を感じた。正確には胸ポケットに違和感を感じた。

 楓は恐る恐る胸ポケットに指を入れると、中には向日葵がスカートのポケットにしまったはずのハートのAが入っていた。

「じゃじゃーん! ハートのAは楓ちゃんの胸ポケットに移動しましたー!」

「えー二人が共謀したんじゃないの?」

 しかし、その場の全員で念入りに調べたが向日葵のスカートのポケットにはすでに何も残っていなかった。袖に隠そうにも、今の向日葵は半袖でどうやっても隠せそうにはなかった。他の部分も入念に探したが結局見つかることはなかった。

「さて、これがマジックかどうか、信じるかはみなさん次第です」

「何それー」

「どんなタネ使ったの?」

「さあて、どうでしょうねぇ?」

 不平まみれだったが、楓にはわかっていた。これは本当に瞬間移動だったと。

 楓にもどんなタネを使ったのかは理解できなかったが、それでもみな、すでに向日葵の虜になっていた。

 それからもいくつかマジックは行われた。

 休み時間を使ってのショーなため、手の込んだことはできないはずだが、それでも向日葵は観客を沸かせた。

「それでは最後に、この中からカードを一枚お引きください」

 楓は向日葵に差し出されたカードの束から一枚抜いた。

 引いたのは奇しくもハートのA。

「それが、楓たんのここに移動するんでしょ!」

「ひゃっ」

 楓は急に胸を鷲掴みにされ飛び上がった。

 犯人は、昨日楓にものほしそうな視線を向けていた。楓の仲のいい友達の一人春野桜だった。

「ないよ! ないから! やめて桜!」

「ほんとね。硬くない。柔らかかったわ」

 カードがないのだから当たり前だ。と突っ込むより早く、向日葵は、

「今回はそういうのじゃないから」

 と言った。先に言ってほしいものだと楓は思った。

「さて、このハンカチ、今まで気になりませんでした?」

「向日葵たん、始まってからずっと置いてたけど、使ってなかったよね」

「ええ、どうぞ中をご確認ください」

 楓たちは顔を見合わせると、桜が代表して向日葵のハンカチの中身を確認した。

 隠されていたのはハートのAだった。

「え?」

 みな反射的に口に出すも、それ以上言葉は続かなかった。

「さて、これはどういうことでしょうかね。みなさんの想像次第です」

「夏目さんには、楓が引くカードが最初からわかってたってこと?」

「楓たん。またやったね」

「いや、違うよ。僕は仕掛け人じゃないよ」

「本当かなー他にトランプ持ってるんじゃないの?」

 いうやいなや、桜は楓に飛びかかった。

 今度は何故か楓が体中をまさぐられたが、手に持ったカード以外トランプは出てこなかった。

「はぁ、はぁ、仮にトランプが出てきたとしてもなんのヒントにもならないでしょ」

「そっか」

 息を切らして言う楓に、桜は手を打ち納得した。

「いやーごめんごめん」

「まあ、いいけどね」

 それから、色々な案が出たが結局確信的な答えは誰も出せなかった。

「それではみなさんありがとうございました」

 そして、向日葵がうやうやしくお辞儀をすると、向日葵のマジックショーは幕を閉じた。

 ショーが終わる頃には向日葵の目論見通り楓の気持ちは晴れ、心にはある程度の平穏が戻っていた。


「じゃあね」

「また明日ね。迎えに来るから」

「はーい。バイバーイ」

 家の前で向日葵と別れると楓はドアを開けた。

「ただいま」

 楓は素早く靴を脱ぎ、リビングに駆けた。

 リビングにはちょうど椅子を立ちかけたところの母の姿があった。

 その顔には驚きと文句を言いたげな表情が混在していた。

「早いわよ。まだ、私行く準備してたところなのに」

「お弁当美味しかったよ。いつも作ってくれてありがとう。これを真っ先に言いたくて、ダメだった?」

 楓は向日葵の真似をするように甘えた声と、できる限り小動物のように見える動作で母に弁当の感想を伝えた。 

 とにかくなんでも言っておけと考えもしたが、朝の母の険しい顔つきが脳裏をよぎった時、ただの美味しかったではダメだと考えた。

 そのため、工夫をしようと考えた結果が今の向日葵の行動を参考にしたものだった。

 突如、おほほほほほと、手を反らして、まるで貴婦人のように母は笑い出した。

 楓は一瞬身構えた。

「そんな白々しい演技に騙されると思って?」

 とか、

「かわいさは一日にしてならずなのよ」

 とか、言って言行が見破られ、

「作ってくれた人に感謝を伝えるのは当たり前よ」

 と昨日の分まで怒られるかと思ったがそんなことにはならなかった。

「あらそう? そんなに美味しかった? それはよかったわ」

 母は嬉しかったのか、楓の目にも喜びが見てとれた。みるみる口角が上り、顔は満面の笑みになっていった。

「プリン買ってきてるわよ」

 母は上機嫌で冷蔵庫からプリンを取り出した。

「お母さん大好き」

 楓は母にトドメを刺すとプリンを受け取ってリビングを後にした。


 自室にプリンを運び、楓はベッドに倒れ込んだ。

「はあ……はっ」

 かすかに残る向日葵の匂いに思いを馳せている自分に気づき、頬をぶち、現実に戻ってきた。

 シーツが汗でびしょびしょになっていることに気づき、こっそりと替えようと考えた。

 抜き足差し足忍足で移動していたが、母は突然楓の目の前に洗濯かごを持って現れた。

 楓はてっきり母はまだリビングにいると思っていたため、見られたと思い硬直した。

「何してるの?」

「昨日、向日葵と寝たからシーツがびしょびしょで替えようと思って」

「なるほど、向日葵ちゃんと寝たのね?」

「うん」

「そう。お楽しみだったのね」

 楓は一瞬、母が何を言っているのかわからなかった。向日葵とは一緒に寝ていたし、それはそれは楽しかったからだ。だが、少しして母が笑っていることを見てとると、裏にある意図を疑い、それから真の意味で母が何を言っているのか理解した。

「あ、いや……」

「いいんじゃない? 勢いは若さゆえでしょ」

 さきほどとは別の雰囲気でおほほほほほと笑いながら母はそそくさとその場を後にしたため、楓はそれ以上否定も肯定もさせてもらえなかった。

 楓はさっさと寝具を取り替え、自室に戻った。

 だが、楓の気持ちは収まらず、気づくとスマホを手に取りメッセージングアプリを開いていた。

 昨日向日葵と連絡先を交換していたのだ。

 早速、今何して、まで入力して手を止め、書いていた文字を消した。

「乙女か!」

 楓の声は部屋に虚しく響いた。今の楓は乙女であった。

 ふと、楓は昨日から急激に女子ということに慣れているような、受け入れているような感覚に気づいた。また、自らが以前よりもアクティブになっていることについても、今になって困惑していた。

 今朝も向日葵に着替えを手伝ってもらったせいで、スカート丈が昨日よりも短くなっていたが、特にツッコんでいなかった自分を思い出していた。

 ただ、死という大きなショックが変化の原因だと考えると、無理矢理にでも説明がつく気がして楓は嫌だった。

 それよりむしろ、ここまで誰かの思惑やシナリオ通りに物事が進んでいる気がして鳥肌が立った。

 何事も今まで以上にハイペースで進み、しかもほとんどが順調すぎだと楓は思ったためだ。

 関係はなさそうだが、楓は向日葵の手品のタネも気になっていた。向日葵のハンカチからハートのAが最後に出てきたが、あれはどこから来たものかと。

 カードは確実に楓の物で、帰りに返してもらった。購買で売っている物とは柄が違ううえ、楓の知る限りでは向日葵が他に誰かから借りた様子もなかった。

 向日葵が自宅から持ってきていたにしても、用意周到すぎ、不自然に感じられた。まだ、翌日の分まで教科書を持ち歩いていたという事実はなら受け入れられただろう。

 しかし、向日葵は楓が思った通り教科書を持っていなかった。当たり前だ。楓の家に泊まっていたのだ。

 そのため、楓は机をつけ、一緒に教科書が見られて満足していた。

 教科書を忘れたにも関わらず、トランプは持っていたとすれば、向日葵がトランプを持ち歩いている可能性もあるが、これがトランプでも起きていたとは考えづらい。有り得たとしても、さらに同じ柄のトランプを持ち合わせる確率などどれほどだろう。

 楓は気になりトランプの枚数を数え出した。

 一枚二枚とスートごとに並べていく。

 結果は、

「……一枚多い」

 ハートのAが一枚多かった。

 JOKERを合わせて、全部で五十四枚のはずのトランプがハートのAのみ二枚あり、五十五枚になっていた。

 どういうことかと考えた楓だったが、思いつくより早く、今日一日気になっていたことが再び頭をもたげ出した。

 場所のせいもあるだろう。

 楓は一日、昨夜の向日葵との出来事が頭に残って離れなかった。

 これが向日葵なしでは生きていけない体ってやつか。という思考をぶんぶんと頭を振って追い出すと、ふたを開け、口をつけていなかったプリンにスプーンを入れた。

「うまぁ」

 楓には今まで食べたプリンの中で一、二を争う味に感じられた。

 とろける食感に楓は全ての思考を手放した。

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