ジャスパー
ジャスパーとフローラ兄妹はいつも二人で行動している。
それは自衛の為だった。
二人の母は侍女として王宮に入り、王の手付きとなった。そうして産まれたのがジャスパーである。母はその後も王に寵愛され、フローラを身籠ったが、フローラを産むとすぐ帰らぬ人となった。
産後の肥だちは良かったと謂う。
祖父は何故娘が死んだのかと嘆いた。
『王宮勤めなどさせなければ、恨みを買う事も無かったのか』
祖父の言葉を後年ジャスパーは理解する。
それはルチル十五歳の誕生日に起きた。
ジャスパーより数ヶ月早く産まれたルチルが、食事の席で血を吐いて倒れたのである。
床に転げ、口から血と汚物を撒き散らしながら痙攣するルチルの姿は、今でも夢に見る。
母が死んだのは産褥では無い。ルチルと同じ様に……
運ばれていくルチルを見送りながら、ジャスパーは確信したのだった。
それ以降ジャスパーはフローラを護る為、二人で過ごす様にしていたのである。
二人で一つの部屋を共有しているのもシャイン公爵家の差し金では無く、実はジャスパーの考えだった。
しかしながらいつも一緒という訳にはいかない。
例えばある人物と会う為、深夜一人で部屋を出なければならない事もある。
「園遊会の話は聞きましたね?ジャスパー」
「はい」
「貴方は狩りに参加しなければいけない」
「えぇ、その間妹の事を」
「彼女に何か起きる事は無いでしょうが、気をつけておきます」
「ありがとうございます」
その人物はジャスパーにある物を手渡した。
「仕損じない様に」
「……僕の、僕達の望みは叶いますか?」
「貴方が、生涯口をつぐむなら……妹にも」
「妹にも。無論です」
誰に語れるはずも無い。自分は手を汚すのだ。
フローラにさえ語れる事では無い。
「本来なら手の者にさせるべき事ですが」
「やります」
「では、事が成就したあかつきには」
「ありがとうございます」
自分の物言いが継承権三位のものでは無い事くらい、ジャスパーは自覚している。
自分は王子などに向いていない。もちろんフローラも王女には向いていない。
継承権を棄て、公爵に叙せられるのでさえ荷が重い。自分達は地主の孫でいい。
王家に関する全てから縁を切りたい。ジャスパーは母の復讐すら考えた事が無かった。
余人は腰抜けと嗤うかもしれない。
(それでいい)
毒蛇の巣には毒蛇どもが棲めば良いのだ。
深夜の面会を終えたジャスパーは自室に戻った。
その手には先程渡された一本の矢が握られていた。