レイザー
会議を終えて自室へ向かっていたレイザーは、回廊の中庭でルチルがしゃがみ込んでいるのを見掛けた。
「おやルチルじゃないか、何をしてるんだい?」
近寄って声を掛けたレイザーを、ルチルは見上げる。
その途端、ルチルの口許から透明な液体がつっと流れ落ちた。
「お……にい……さ」
「うんうん、お前のお兄様だよ。あぁ、ここは暖かいね」
特に目を引く様な物は周囲に無い。ならルチルは日向ぼっこをしていたのだろうとレイザーは当りをつけた。
毒を盛られて以来ルチルは体調がおもわしくない。きっと日光浴は身体に良いから医者にでも薦められているのだろう。
ルチルの口からカラ、コロ、と音がする。飴玉でもくわえているのだろうか。
レイザーは芝生に尻をついて、区切られた四角い空を見上げた。
「いい天気だ。何もしないで座っているというのは会議も日向ぼっこも同じだな、大臣どもの禿げ頭よりお日様の方が好ましいが」
光る頭では暖かく無いだろう?レイザーがルチルにそう云うと、彼女は口許を笑みに似た形に歪めた。
レイザーは兄弟姉妹の中で唯一この妹を気に入っている。それは毒を盛られ、行動があやしくなった今でも変わらない。
「本当ならお前が王位に就くべきだったろうに……」
目の前の通廊をジャスパーとフローラの同母兄妹が通りかかり、中庭の二人を認め慌てて会釈をした。
それに小さく手を振って返すレイザー。誰に対してもこの様に気安い。
ジャスパーとフローラはそそくさと通り過ぎていく。
「……なんだ、お喋りくらいしていけばいいのに」
兄弟姉妹と謂ってもジャスパーとフローラは他とは違い母親が平民の出だ。他国より正妃として輿入れしたレイザーの母や国の重鎮たるアーダンの孫ルチルとは扱いに差があった。
ジャスパーは一応継承権三位だが、それは男子だからであり、お情けに近い。フローラなど成人しても継承権が認められるかあやしい。
現に王子王女は幼い頃から皆一人部屋を用意されていて、今のルチルでさえ例外では無いのだが、あの同母兄妹は二人で一部屋を共有している。おそらくはエレクトラの母方、シャイン公爵の意向なのだろう。
そういった訳で、あの二人は常に他の兄弟姉妹から一歩引いた態度をとるのだった。
「ふぅむ、考えてみればあの二人も王宮から出る機会が無いな」
王家の御子がおいそれと外出出来る訳も無い。外と謂えばこの中庭くらいのものである。
自分などは狩りなどして息抜きもするが、狭い部屋にほぼ一日詰めて暮らすのは息が詰まるだろう。そうレイザーは思った。
もっとも王宮にあるどの部屋も庶民からみれば狭くは無いのだが。