毒蛇の巣から出て
「そうか……そうなったか」
ベッドの上に身体を起こし、背をもたれて座ったレイザーは感慨深そうに云った。
その傍らにはルチルの姿がある。
その胸元によだれ掛けは無く、愚者を装い会話を制限する為の石もくわえていない。
「エレクトラ姉上の毒薬購入にはシャイン公爵エーベルも関わっておりましたわ。近く沙汰を出すつもりです」
「公爵家の反発があるよ、国を支えていたのは事実だ。良かれと思って」
「良かれと思ったからといって、王妃達を殺してよい事にはなりませんわ」
アーダン老の調査により、エレクトラ以外の王子王女それぞれの母達はエーベルによって暗殺された事が判明している。
まだ痛む身体に顔をしかめながらレイザーは身じろぎした。
「っっ……ふぅ、怪我すると解っていたけど、きついな」
「兄様が落馬の受け身が上手だと聞いてましたから」
戦となれば馬から落ちる可能性は充分ある。王族の乗馬訓練に受け身は欠かせない。
「まぁね、何度も落馬訓練をすれば上手くもなるさ……ジャスパーには悪い事をしたな」
「あの子は王家を出たがっていましたから。決心させるには汚れ仕事をさせるのが一番でしたので」
ジャスパーが何者かから受け取った一本の矢。
それはレイザーの馬を狙う為のものだった。
渡した『何者』かが誰か、記さずとももはや明白であろう。
そしてレイザーはその事を知っていた。受け身によって頭部を守り、死を免れたのである。
「ブラスタは釈放したのだろう?」
「いいえ、レイザー兄様を暗殺しようとした罪をかぶっていただきます」
「それは……」
「ブラスタは他国の軍を招きよせようとしていました。王子暗殺より売国の方が罪は重いのですよ?レイザー兄様の件は表向き『事故』で処理します」
ルチルの説明にレイザーは溜め息をついた。
「確かに『馬鹿王子』一人死んでも国は揺るがないが、他国の軍が来たら戦になるか」
「後はレイザー兄様の即位戴冠ですわね」
「おいおい、言っただろ?お前が王冠を被るべきさ」
気持ちの良い朝。農夫達が広い畑を丹精している。朝食の前、陽が昇ると共に起き出し畑に出るのだ。
その畑には農夫にまじり、地主の使用人達の姿も見られた。皆が作物の実りを確かめて笑顔になる。
今年は豊作になりそうだ。
「お兄様~、皆様~、朝ご飯ですわよ~♪」
まだ幼さの残る娘が地主の屋敷から出て、皆を呼ぶ。
その口調はこの辺りのものではない。
「ふぅ、やれやれ、結構大変だね」
「若様、なにも儂らと一緒になって畑仕事なんぞせんでも」
「いや、やらせておくれ。楽しいんだ、こうして少しづつ作物が育つのを見るのがね」
屋敷から走ってくる妹を見ながら若者は思った。
(あんなに元気な姿は……あの毒蛇の巣では見られなかったな)
「ジャスパーお兄様~、ご飯ですわよ~」
───────終