葬儀
黒い棺には死化粧を施されたクリスタが、花に埋もれて寝かされている。
継承権認定──十五歳の誕生日──の翌日、クリスタは霊廟に安置された。
石棺の蓋には浮き彫りで故人の肖像が掘られる習わしだが、まさかの急死でクリスタの棺はガラスの蓋がはまっている。今から肖像が石蓋に彫られるのだ。
昨夜の出来事に震えながら実兄ジャスパーにしがみつくフローラ。
そのフローラの肩をしっかりと抱きながら自らも青い顔をしているジャスパー。
苦虫を噛み潰しガラス蓋越しに異母妹の顔を睨みつけるブラスタ。
口許を黒の扇で隠し喪服を優雅に着こなすエレクトラ。
「さて、そろそろ出ようか……ルチル、おいルチル行くぞ」
石棺を覗き込んでいるルチルにブラスタが声を掛ける。が、当のルチルは聞こえていないかの様に微動だにしない。
「放っておきましょう。迷子になるような場所でもなし、侍女が後で迎えにくるわよ」
「ったく、頭のネジが更に弛んだんじゃないのかアイツ?」
「最近クリスタはルチルの世話をしていたもの。ルチルだって少しは恩を感じているからでしょう」
葬儀の参列者達がぞろぞろと霊廟を後にすると、残ったのはルチルただ一人。
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「なんだと!?」
「ですから、クリスタ王女の喪が明けるまでは、大々的な軍事行動は避けなくてはなりません。諸外国の目がございますので」
新興国ブライアの大使は頭を下げた。
ブラスタの居室での事である。
ブラスタの『ブライア軍の行動予定』を確認する問いに、予想外の答えが返ってきたのだ。
『ハイダル王女クリスタの喪が明けるまでブライアは軍事行動を自粛する』
一国の弔事の最中に他国が襲う。これは相手の弱味につけ込む卑怯な行為として諸国共通の禁忌だった。
なりふり構わぬ新興国ブライアでもこの認識は変わらない。これを無視すれば『ハイダルの窮乏につけ込む悪辣非道を正す』大義名分を第三国に与え、介入参戦を促してしまう。
一つ間違えばブライアと国境を接する周辺国家が大挙して攻めてくるだろう。そうなればブライアは終わりだ。
「ぬぅ……」
ブラスタとて喪中に戦を仕掛ける禁忌は知っていた。
しかし当のハイダル王子である自分からの要請としてなら、これに触れないとみていたのである。
喪が明けるまでの一年間、ハイダルに政変が無いなどという見通しは甘い。そんな中ブライア軍の即応が期待出来無いという返答なのだ。
「ブラスタ殿下、大々的な行動は出来ませんが、限定的な部隊行動でしたなら即応可能です」
「限定的……『部隊』行動?」
ブラスタの血の気が引いた。ブライア軍主力ではなく、山賊の類いに擬装した少人数しか用意出来無いという事である。
(くそっ、そんなものでシャイン公の手駒と戦えるか!)
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「早まったのではないか?エレクトラ」
「私はそうは思っておりませんわ、お祖父様」
一方エレクトラの居室ではシャイン公爵エーベルが来訪していた。
「存念を聞こう」
「クリスタはアーダンめに接近しておりました。王宮の文官どもを味方にされては後々面倒でしたから」
「ふん、アーダンに政治的野心は無い。が、その下を取り込むつもりであったか」
「クリスタという余計な登場人物が舞台から消え、喪中の禁忌でブライア軍は動けなくなりましたわお祖父様」
「後はブラスタをどう料理する?一年以内に」
エレクトラは祖父の問いに艶然と微笑んだ。
「ご心配無く……既に材料は揃えておりますわ」