乾杯
「では乾杯といこう!クリスタの継承権認定を祝い、健康と活躍を祈って──乾杯!」
ブラスタが乾杯の音頭をとると、兄弟姉妹達が杯を掲げた。
白いテーブルクロスと銀の燭台で飾られた広い卓上には豪華な料理が並べられている。
今夜の主役であるクリスタを上座に、その両脇をブラスタとルチル。向かいにはブラスタの側からエレクトラ・ジャスパー・フローラの順。
本来ならルチルの席にエレクトラが座るのが妥当なのだが、クリスタがかいがいしくルチルの面倒をみていたのでエレクトラが譲ったのである。
「こうして兄弟姉妹が揃うのは久し振りですわね」
フローラの何気無い言葉にクリスタが反応する。
「そうね、園遊会以来じゃないかしら?……もっともレイザー兄上が欠席してるけど」
「あ!……ごめんなさいクリスタ姉様」
「いいのよ……レイザー兄上はどうなんです姉上?」
クリスタがエレクトラへ水をむける。
「どうとは?」
「回復されているのでしょうか?」
「さぁ?私も事故以来お会いしていませんから……気になって?」
クリスタはぐいっとワインを空けた。
「気になりますわ!もう一月になるんですよ、ねぇブラスタ兄上」
「……ふん、未だ意識が戻らぬというなら、兄上が目を覚ます事は無いだろうよ。残念ながらな」
「あら、貴方に『残念』と思う気持ちがあったのねブラスタ」
エレクトラの口許が皮肉げな笑みに歪む。
「どういう意味ですかな姉上?」
「そのままの意味よブラスタ。継承権の序列が変わるのだから喜ばしいでしょう?」
「……そう云う姉上は『残念』でしょうな、これで輿入れの日も近くなる」
エレクトラはグラスを傾けながら目を細めた。
「どうかしら?私も継承権が上がるとなると、国を離れにくくなるかもね……ジャスパー?勉強はしていて?ブラスタお兄様にもしもの事があれば王位を継ぐのは貴方なのよ」
「い、いや僕は、そんな」
急に話を振られ、ジャスパーは慌てた。エレクトラとブラスタを交互に見ては冷や汗をかきながらうつむいてしまう。
「庶子が王とはな、貴族どもがついて来ないだろう。俺も事故にあわぬよう精々気をつけんとな」
覇気の無い弟を見下す様に云うとブラスタはエレクトラを睨む。
(兄上の馬に射られた矢……貴様が仕掛けたのだろう、毒婦め)
レイザーを殺してもエレクトラに利が無い、と踏んでいたブラスタだったが、考えてみればエレクトラ自身が王位につく目も有り得るのだ。
「まぁまぁ、姉上も兄上も。お喋りに興じていますと折角の料理が冷めてしまいますわ」
自分で話題を提供していながらクリスタが仲裁する。エレクトラとブラスタが共闘するか敵対するかを見極める為の話題だったが、自分の望む関係のままである事が知れてクリスタはほくそえんだ。
「とても美味しいですわよ」
ブラスタとエレクトラが潰し合ってくれるならありがたい。王位が自分の手に届くと解って、口に運ぶ料理がとても美味に感じられる。
……と、クリスタは違和感に襲われた。
「……っ?くっ、くふっ!」
喉に料理が詰まったかの様にクリスタが咳き込む。
「くふっ、くふっ、か…………ゲホッ!」
びしゃっ!
クリスタの口から真っ赤な液体が吐き出され、純白のテーブルクロスを染めた。
彼女の顎、喉、胸元がどす黒い血に濡れる。
「ひ……ひゅ、ひゅうぅ……ガハッ!」
二度、三度と大量の血が噴出する。
呼吸が維持出来無い。
クリスタの身体が椅子から転げ落ち、大理石の床が音を立てた。
クリスタの目がルチルの姿を映す。以前ルチルが毒を盛られた時の場面が頭に浮かんだ。
「クリスタ!?おい!誰か薬師、いやアーダンを呼べ!」
ブラスタの慌てた声が室内に響く。
フローラの悲鳴、ガタガタと椅子から立ち上がる音、反動で皿が盛られた料理ごと床に……痙攣するクリスタの上に落ちる。
呼ばれたアーダンが部屋の扉を開けた時……
……クリスタの瞳には何も映っていなかった。