認定式
「あぁもぉ!腹立だしいわ!」
誕生日の前日、クリスタは自室でふて腐れていた。
明日、クリスタは王位継承権を認められる。
本来であれば国をあげてのお祭り騒ぎとなっただろう。国内の貴顕、諸国から常駐する大使の面々が集うなか、主役である自分が継承権を示す冠を頭上に戴くはずだったのだ。
ところが、レイザーの事故である。
未だ意識の戻らない長兄を気遣い、大々的な継承式は自粛となってしまったのだ。
行われるのは父王と数名の重鎮、それにクリスタの兄弟姉妹だけが臨席する継承式と、その後の晩餐だけ。
「そんなのただのお誕生会じゃない!去年までと何も変わらないわ!あの馬鹿のせいで!」
レイザーが悪い、とクリスタは怒りの矛先を向ける。
「そうよ、落馬した時に即死していれば良かったのよ」
もしそうであったなら、継承権の認定はなされても王家全体で喪に服さねばならない、という事をクリスタは失念している。
その夜クリスタはなかなか寝つけなかった。
(継承権を認められたらあの馬鹿を廃嫡してもらわなくちゃ)
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クリスタが眠れない夜を過ごしていた頃、エレクトラは明日の晩餐で着るドレスの選定をしていた。
姿見に映る自分の肢体を入念に確かめる。レイザーの事故を鑑みれば華美に過ぎるのはよろしくない。
しかし内々とは謂え、国の重鎮も臨席する慶事である。あまりおとなしいドレスでは祝う気持ちが無いのでは、などとクリスタに勘繰られるだろう。
「いい様ね……宝石箱をとってちょうだい」
お付の侍女に装飾品を詰めた宝石箱を持たせ、首飾りをドレスにあわせる。
「ではこの組み合わせでね」
そう指示すると宝石箱に今一度手を差し入れ、エレクトラは箱の底をまさぐった。
箱の底には小さな、爪が掛かる程度の溝があった。
エレクトラの爪が溝に掛かると、音も無く底板がずれる。
摘まみ上げられたのは小さく折り畳まれた薄い紙──薬包──だった。
「仕損じない様に」
「御意にございます」
薬包を侍女に渡す。侍女はてきぱきとドレスを片付けると一礼して退室した。
いつもの長椅子に身体を預けると、エレクトラは虚空に目を向ける。
その目が細められた。
(さて……貴女はルチルほど運が良いかしら、クリスタ?)
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「ここに我が娘クリスタの王位継承権を認める。王家の一員として国の安寧によく努めるよう……」
宣言と共に父王の両手からクリスタの頭へ継承権を示す冠が載せられた。
謁見の間に拍手と万歳の声が響く。
膝まづき、冠を受けたクリスタは立ち上がって列席する皆に向き直る。
きり、としたその顔は王家の一員としての責任に目覚めたかの様だ。
(……領主貴族も諸国の来賓もいない。盛り上げる音楽も無いわ、楽団くらいつけてくれたっていいじゃない!)
「ではこれにて継承式を終える」
「晩餐の用意がととのっております。王子殿下・王女殿下の皆様はこちらへ」
「重鎮の皆様はこちらにお席を設けました……」
父王が退出すると侍従達が宴席へ皆を誘導する。クリスタと兄弟姉妹は重鎮達とは別の部屋へ通された。