クリスタと兄妹
「あらそんなところにいたの?ルチルお姉様」
いつもの様に行方をくらますルチルを探していたクリスタは、半ば呆れた声を上げた。
治療術師の一人がレイザーの部屋からルチルを追い出しているところに出くわしたのである。
優しく、だが断固として部屋の外へ促されたルチルの手を、クリスタがうけとる。
「悪いわね、ルチルお姉様は私がお相手するから」
「これはクリスタ様、申し訳ございません」
王族にものを頼むというのもなんだが、クリスタからの助け船である。治療術師は何度も礼をのべながらルチルを渡した。
治療術師が扉を閉め、二人だけになった回廊。クリスタは手を引いてルチルの部屋へ向かう。
「よくレイザー兄様の部屋へ入れたわね?それより何の為に行ったのかしら?……って訊いても」
クリスタの問いに返事は無い。ルチルの視線は宙をさ迷っている。
面会謝絶のレイザーは未だ意識を取り戻していないという。七日目の事である。
ルチルはクリスタの予想しない場所へたびたび紛れ込む。
何故レイザーの部屋に入ったのかと疑問に思ったが、おそらく本人には明確な意図など無いのだとクリスタは決めつけた。
「あら?」
回廊を歩いていくと中庭に二人の人影が見えた。
ジャスパーとフローラである。
「ごきげんようジャスパー兄様、フローラ」
声を掛けられふわりとした笑みを浮かべて会釈するフローラに対し、ジャスパーはこちらに振り向いた後、一瞬顔を強張らせた。
「……ごきげんよう、クリスタ。ル、ルチル姉様も」
(……?ジャスパーはルチルの事嫌いなのかしら?まぁ好かれはしないでしょうけど)
いつもおどおどとした態度のジャスパーだが、今日は一段と酷い。他愛の無い会話の合間、ちらちらとルチルを見るジャスパーにクリスタは気付いた。
「ルチルお姉様がどうかした?」
「あ、いや」
「まぁ、お兄様、まだルチル姉様にやり込められたのを気にしてるの?」
しどろもどろなジャスパーに助け船を出したのはフローラだった。なんでも以前──毒を盛られる以前──ルチルに振る舞いを正す様厳しく指導されたのだとか。
「それからなんですわ、自分の所作が変じゃないかって気にして」
「いつもジャスパー兄様がおとなしいのはそのせいだったのね」
なるほど以前のルチルは恐かった。自分もその記憶があるクリスタは納得して頷く。
「それよりクリスタ姉様、もうじきお誕生日ですね、成人おめでとうございます」
五日後、クリスタは十五歳になる。
「ありがとうフローラ。でも……」
「……えぇ、レイザー兄様の事ですね」
レイザーの回復の兆しは無い。
自分の誕生日は慎ましく過ごす事になりそうだとクリスタは思った。