密約
ブライア王国より駐留している使者がブラスタの許に現れたのは、狩りの日から五日後の事だった。
「殿下が御健勝でなによりです」
「俺が健勝であると貴国の益になるか」
ブラスタは使者が面会に来た理由を推測していた。レイザーの替わりにブラスタを擁立する為であろうと。
ブライアは新興国であるせいか、それとも国民性なのか、万事に単刀直入な物言いをする。こちらが取り繕った口調で応対するのは避けるべきだ、嫌味にとられる。
だから分かりやすく水を向けた。
「左様でございますな、次代のハイダル国王が我国と縁続きとなれば有益でございます」
「……気が早いな、兄上は御健在だ」
「健在、とは申せませんでしょう。殿下が継承権第一位となるのは時間の問題、それとも何か障害がございますか?」
「……エレクトラがいる」
エレクトラ。兄レイザーと同衾していた毒婦が、ブラスタ擁立をただ黙って静観する訳が無い。
「あれの後ろ楯は公爵家だ。一族あげて反対するだろう」
「その為の我国、その為の殿下が御実家でございます」
「ブライア王は事を構える覚悟が御有りと?」
ブラスタは考える。
ブライア王国の手を借りれば、なるほど公爵家が手勢と互角以上に渡り合えるかもしれない。
ハイダル王国の軍事力は、その3分の1ほどを公爵家とその縁続きの貴族が持つ兵に頼っている。
ただし、魔導兵は王宮、近衛に集中しており公爵軍はさほどの人数を持たない。
(こちらの魔導師どもは……ルチルの身柄を安堵させれば)
ルチルに一家を立てさせそれなりの地位を約束すれば、宮廷魔導師達に静観させる事は出来るはずだ。
ブライアは口を開く。
「して?貴国への見返りは?」
「左様ですな、我国には海がございません」
「なるほど」
ハイダルは広い海岸線を有している。
しかしブライアは内陸国。海岸線から離れている。いくらなんでも海岸線までのハイダル領をごっそり渡す訳にはいかない。
「こうしよう。貴国から我国へ流れるヨーズ川、今までは渡河税をかけていたがそれを廃し河口の地を与える」
「……飛び地になりますが、仕方ありませんな」
「言っておくが、事を構えた場合だぞ?」
「もちろんでございます」




