クリスタ
「やった!やったわ!レイザーがいなくなる!」
クリスタは自分の部屋で小躍りして喜んだ。
まさかまさか、身体の丈夫さだけが取り柄の長兄が、落馬して生死の境をさ迷っている。
話によれば頭を強く打ち付けたらしく、意識が回復しないそうだ。
これが僥倖と謂わずして何が僥倖と謂えるのか。
「例え目が覚めたって」
そう、例え目が覚めたとしても、今のルチルと変わらない状態になるだろう。元々頭の悪いレイザーだ、ルチル以下になるに違いない。
そんな奴が玉座に就ける訳が無いのだ。
レイザーは王位継承権を剥奪される。それはほぼ決定事項だ。
となれば、順位が改編されるだろう。ブラスタが一位、そしてクリスタは……
「私が二位!?」
レイザーが継承権を剥奪されるならばルチルも同様になるはずだ。
エレクトラを隣国に放り出せば残るは弱虫ジャスパー。
「ふふん、ジャスパーなんてものの数じゃ無いわ」
ジャスパーには後ろ楯となる人物も派閥も無い。母親が平民だったせいか、本人が王子である事を厭がってもいる。
少しつついてやればきっと継承権を返上するだろう。
「問題はどこをつつくかよね?」
ジャスパーの弱味は何だろう?弱いところが有り過ぎて逆にこれがという弱味にはならない気がする。
「……ジャスパーにべったりなあのチビ?」
それともジャスパーがべったりなのか。クリスタは一瞬どっちなのか考え込んでしまったが、そんな事はどっちでもいいと思い直した。
フローラだ。あの同母妹をジャスパーは大事にしている。
「どうしたらいいのかしら?」
クリスタは部屋のなかをうろうろと歩きながら考えた。
虐めたりしてもあまり意味が無い。フローラに危害を加えたりすればジャスパーは一転して王位を狙うかもしれない。妹を護るにはそれしかないと思い定めるだろう。
では優しくするべきか?現状、クリスタはルチルと──というよりアーダンと──親しくするべく接近を試みているところだ。
ルチルの面倒をみるのは結構骨の折れる作業である。
いつの間にか何処かへふらついて行くのである。侍女達の待機部屋にいたり、レイザーとエレクトラが回廊で『会話』しているのを見ていたり、ブラスタが将軍達に訓練の不出来を叱責しているのを聞いていたり……
そんな訳でルチルの世話には結構な時間が割かれていた。
この上フローラと親しくするのは難しい。
「困ったわ、ジャスパーの弱味はあのチビなのに」
いつも二人一緒にいて他の兄弟姉妹と交流がほとんど無い。特に妹の方が。
相手の事を知らないでは仲良くするにしても虐めるにしても上手くいかないだろう。
「……まぁ、急ぐ事は無いわね」
クリスタは考えを切り換える。
どうせジャスパーだ。
今考えなければいけないのは、ブラスタ。
「軍を握ってるってのが面倒よね、あの馬鹿」
下手な追い落としをかければクーデターの目が出てくる。
クリスタはブラスタの母親が新興国ブライア出身という事くらい知ってはいるが、ブラスタとブライア王国を結び付けるには至っていない。まだ諸国の情勢にうとい面がある。
例えば、ブラスタがクーデターを起こせばブライア王国が呼応して挙兵する。という可能性に気付いていないのであった。