矢羽 2
意識を取り戻さないレイザーを見舞う事も出来ず、エレクトラは自室でこれからの事を考えていた。
(レイザーは意識が戻らないかもしれない……戻ったとしても)
脳に大きな影響が残る事だろう。
回復魔法による治療術では脳を修復する事は出来ない。
それは人格をいじる事と同義、それを許せば恐ろしい犯罪を引き起こす可能性があるからだ。
元々エレクトラと公爵家はレイザーを飾り物にするつもりではあった。
ならば脳に影響が残ろうとも構わない様に思えるかもしれないが、王とは諸外国との交渉の責任者であり国内の人心を纏める旗頭でもある。外聞が良い状態でなければ流石に務まらない。
レイザーを王位につける事は諦めなければならない。
……であるなら、代わりにブラスタを王位につけなければならないだろう。
(厳しいわね……)
ブラスタは何かと反発する。
根は真面目なのだが、レイザーに対する反抗心が日々の積み重ねでねじれてしまい、誰の言動に対しても不満を持つ様になった。
彼はお飾りの王になどならないだろう。
ここで問題となるのが新興国ブライア。
ブラスタの母の生地である。ハイダル王国の後ろ楯を得る為にブラスタの母は輿入れした訳だが、ブラスタが王位につくと両国の関係が一変する。
ハイダルを上に置いた同盟が逆転してしまう。少なくとも不平等な関係を見直さなければならなくなるだろう。
小国が乱立する現在、有利な条件を失う事は弱体化につながるのだ。
そして国の弱体化は他国からの進攻のきっかけとなり得る。
(ブラスタなら……)
自国よりブライア王国を頼みにするかもしれない。
いや、きっとそうなる。
彼は今までの反抗心のツケで臣下に良い印象を持たれていない。言う事をきかない臣下より彼に悪印象を持たない親族のいるブライア王国の方が頼みになる。
(レイザーが王位につくまで様子見をしたのが仇になったわ)
ブラスタを早めに殺しておくべきだった。とエレクトラは思った。
王位継承権第二位とはスペアである。第一位の身に何かあった場合のスペア。
今まさにその状況なのだが、第二位の人材が悪い。
どうしたものか?と思案しているエレクトラの許に一人の侍女が近寄る。
「姫様」
「なにか?」
「これを……」
侍女、いやエレクトラの細作は懐からあるものを取り出してみせ、エレクトラの耳許に囁いた。
エレクトラの瞳が剃刀の様に細くなる。
細作が退くと、彼女は目を細めたまま呟いた。
「そう……そういう事だったのね、ブラスタ」




