矢羽 1
森への入り口が騒がしくなった。
挨拶回りをしていたクリスタの耳に喧騒が聴こえてくる。
(何があったのかしら?)
やがて勢子達に担がれたレイザーの姿が遠目に見えた。
視界の隅にエレクトラが駆け寄っていくのが映った。ブラスタと口論している。
「まぁ恐ろしい!」
「なんという事!」
途切れ途切れに聴こえる周囲の声は変事があった事を示している。
「クリスタ様、様子を見て参ります」
下級貴族の一人が小走りに駆けて行った。
喧騒が次第に大きくなっていった。
────────
レイザーは寝室から姿を現さない。
話によれば両手両足の骨が砕け、頭を強く打ったものと思われるという事だ。意識はまだ回復していない。もう三日になろうとしていた。
現在は治療術を専門とする魔導師達がこぞってレイザーの手足を治癒し、栄養を補うべくすりおろした食物を喉に流し込んで意識の回復を待っているところである。
(いったい誰が……?)
ブラスタは苦虫を噛み潰しながら自室をうろうろと歩いていた。
密かに持ち帰った矢羽はとうに棄てている。馬の死骸はそのまま森に打ち捨てられていた。今頃獣が平らげている事だろう。
あれは自分に罪を擦り付ける為のものだ。
それはブラスタにも解っているが、誰が?となると判らなかった。
(もしやエレクトラが……いや)
あの毒婦ならやるかもしれないが、意味が無い。
『暗愚な王』にレイザーを仕立て、親族と共に国政を牛耳るつもりのエレクトラには動機が無い。レイザーに死なれて困るのはあの女だ。
ならルチル、いやアーダンか?
それも無さそうだ。アーダンの一派は国政の一翼を担っているが、専門職なので誰かが職分に割り込んでくる事が無い。
その専門性の為に、誰が王冠をかぶっても彼等は動じないだろう。エレクトラの公爵家とは違う。
だいたい、毒を盛られる以前ならともかく、あのルチルの為にそんな真似をする訳が無い。
(姉妹達では無いのか?他の勢力……例えば近隣諸国)
それはあるかもしれない。
王位継承権第一位を亡き者にし、第二位のブラスタに罪を着せて投獄すればハイダル王国はガタガタだ。
そうなればエレクトラはエンドラ王国との婚約を反古にする事になる。どこかの国から余っている王族を『入り婿』にしなければならなくなるからだ。
……面子を潰されたとしてエンドラが攻めて来てもおかしくない。
或いはエンドラが画策したのか?それとも漁夫の利を考えている国があるのか?
ブラスタにはそれ以上の推理が出来なかった。