プロローグ
ポン、と緩やかな打球音の後、キュッとゴムが擦れスパァァァァン!と甲高い金属のような音が響き渡る。
数秒後にまた同じように繰り返される音の羅列。
夜の帳が降り、歓楽街が賑わう頃、その体育館では二人の男が流れ落ちる汗も気にかけず
一つの白い羽根を追いかけていた。
「ハァ、ハァ、ハァ。ま、まだまだぁ!もっと来い!!」
2メートルはあろうかという背の高い男が、ネットを挟んだ対面にいる男を両目で睨みながら叫ぶ。
「いいぜぇ・・・ただしあと2ダースで終わりだからな!」
声をかけられた小柄な男がケースから2ダースの羽根-シャトルを取り出し、すぐ隣に置いてある
机の上に並べていく。並べ終えた後、そこからひとつを左手に取りラケットを構える。
「いくぞハヤト!!残り24発!!」
「よっしゃ来いダイスケ!」
そう答えると呼吸を整え、白線で区切られた中心に立つ。
彼ら二人は、大学の体育館でバドミントンの練習をしていた。半分に区切られた片側では
バスケットボール部が練習後の片づけをしていた。
パン、とアンダーサーブで高く打球をダイスケが放つ。それを見るとハヤトは着地点を予測し、即座に
落下点へ右足から2歩でたどり着き、両足で踏み切り空高く飛び上がった。
両足の膝を曲げ、上体を反らすように振りかぶり、右ひじをたたんだところから打点を定め
一気に右腕を振り抜く。その一瞬は空中に静止し、まるで2段ジャンプしているかのように見えた。
直度、スパァァァン!とスマッシュ音が体育館に鳴り響き、コートにシャトルが叩きつけられた。
それを何度も繰り返し、24球はあっという間に打ち尽くされた。
「ゼェ、ゼェ・・・・お、おわりだ・・・」
両手を膝につき、肩で息をしながら答える大型の男。彼の名は武市隼人。市内の大学に通う二十歳の学生である。
「おわりおわりー。いやぁ・・今日も300発くらい打ち込んだか?だいたいはカゴに入ってるな。よしよし…」
ひたすらスマッシュが打ち込まれたカゴからあふれたシャトルを拾いながら後片付けをするもう一人の男。彼は佐藤大輔。大学の近くにある整形外科勤務の医師で、隼人のいとこでもあり、彼にバドミントンの
魅力を伝え、この世界最速の球技に招き入れた張本人でもある。膝をケガし、選手生命を絶たれてから
隼人をはじめ後輩の指導とケガのケアを行っている30歳。
「ほら、早く拾って帰ろうぜ。ハラ減ってたまんねぇよ。」
シャトルケースを隼人に放り投げ、ネットを外しながら時計を見る。既に夜10時を越えようとしていた。
「そうだな・・・いてて」
体が疲労で悲鳴を上げながらもシャトルの傷み具合を見ながらケースに入れていく。
ケース4本にまとめ、残ったシャトルは羽根の抜けがひどいため廃棄用のゴミ袋にまとめた。
モップがけを行い、2本のポールをしまうと撤収準備完了である。
ラケットとシャトルケース、シューズをバッグにしまい、体育館を後にする。
「メシー。メシー。今日は何食って帰る?」
体育館前に停めてあったクルマに乗り込みながら相談を始める。
「そうだなぁ・・・あ、ちょっと病院寄っていいか?名札戻しとかなきゃ明日大慌てする」
シートベルトを締めながら、ダッシュボードに置かれた名札を見て大輔が頭を抱える。
「へいへーい。相変わらずあわてんぼうさんで」
隼人は助手席で左手首に巻かれたテーピングを剥がしながらニヤニヤと笑う。
テーピングを剥がした後には、まだ若干だが腫れが残っている状態だった。2週間前に今日と同じように
スマッシュの練習中、着地時にバランスを崩し左手で体を支えた際に少しひねった。
幸い大事には至らなかったものの、腫れがまだ残っている状態だ。
「ついでに見てやるからお前も来い」
病院に到着後クルマを降り建物内へ入る。消灯時間も過ぎているため、院内はかなり静かだ。
一般病棟を過ぎ、ナースステーションにいた当直の看護師さんに挨拶を済ませ、診察室に入る。
「どれ・・・・出してみな。・・・・ふむ。痛みは?」
「ウェイトトレーニングすればさすがにまだ痛いが、日常生活では特に何ともねぇよ」
「うん。ならもうテーピングはいいか。サポーターだけ付けておきな」
「レントゲンとらなくていいのか?」
「折れたわけでもないし、またやらかしたわけでもないから必要なかろう」
「よっしゃ、それなら早くメシ食って帰ろうぜ」
左手にサポーターを取り付け、急かすように大輔の両肩を持ち外へ連れていく。
「わかった、わかったって。」
院外に出た後、クルマに乗り込む二人。エンジンをかけた瞬間、突然ボンネットから黄色い光が
天に向かってほとばしった。
「は?」
「え?ええ??」
その一言が二人の口から出た直後、光は一気に膨張しクルマごと二人を飲み込んだ。