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ちいさなトゲ

 陰明師で有名な安倍家は現在(いま)、京都の能力者をまとめている。

 その本家があるのが離れのある京都市北西部の山の中。

 北山杉で有名なエリアだ。


 でも、ハルとヒロはここに住んでいない。

 普段は町中の御池のマンションに暮らしている。


 御池のマンションとこの北山の離れが『転移陣』で繋がっていて、霊力を込めて扉を開けるだけで行き来ができるようになっている。

 すごい! 便利!




霊玉守護者(たまもり)くんたち、いらっしゃい!」


 扉をくぐるとうれしそうなアキさんの声に出迎えられた。

 ハルのお母さんのアキさん。

 修行の間、ずっとおれ達のごはんを作ってくれた。


「こんにちは」「お邪魔します」と挨拶をする。

 アキさんはおれ達をひとりひとりぎゅっと抱きしめてくれた。


「久しぶりトモくん! 元気そうね」

「ハイ。おかげさまで」


「佑輝くん! またがっしりしたんじゃない!?」

「そう? 筋トレの成果が出てるかな!?」


「なっちゃん! ちょっとおおきくなったんじゃない!?」

「ホント!? うれしいな!」


「晃くん!」

 ぎゅっと抱きしめられると、うれしいような恥ずかしいような、でも甘えていたいような、落ち着かない気持ちになる。


「晃くんもおおきくなったわね! 四月にぎゅーしたときはこのへんだったのに」

「そうかな!?」

 えへへ。と笑うと、アキさんもうれしそうに笑ってくれる。それがとてもうれしい。



 ふと、気付いた。

 アキさん、疲れてる?



 アキさんに会うのはこの前の旅行以来だ。

 この前の旅行のときも湖水浴のときも、ちょっと挨拶しただけでゆっくり話せなかった。


 だから気付かなかった?

 それともこの数日で疲れるような何かがあった?

 もしかして、具合悪い? 夏バテとか?


 千明さんも具合悪いってヒロが言ってたし、心配だな…。



 アキさんがおれ達を順番にぎゅーしてくれている間に、トモとヒロはパソコンで何かをしていた。

 旅行のときの写真もこのパソコンに入っていて、プリンタから何枚も紙が出てきた。


 トモとヒロが「これをこーして…」「あとはこれを…」と話しているとき。



 ガチャ! バタバタバタ!

 突然、部屋から誰かが飛び出した!


 あ。千明さんだ。

 と思っている間にトイレに駆け込む。

 アキさんもすぐにそのあとを追った。


「ヴエエェェ」と聞こえてくるけど、吐いてるんじゃないの!?


「ひ、ヒロ」

「ごめんね。大丈夫大丈夫」


 ヒロも困ったように笑う。


「今、つわり中なんだ」

「つわり?」


 て、なんだっけ?

 この前ハルに妊娠出産その他について授業されたときに聞いた気がする。

 あ、妊娠初期特有の症状。吐いたりするやつか。

 ヒロの説明に納得していると、指を折っていたトモが口を開いた。


「ちょっと長くないか?」

「うん。でも、一応入院するほどではないらしくって。熱も微熱だし」


 トモとヒロが話している間に千明さんが洗面所から出てきた。口をゆすいできたらしい。



 ヒロのお母さんの千明さん。

 ハルのお母さんのアキさんの従姉(いとこ)

 今、妊娠中。お腹の中に双子の赤ちゃんがいるらしい。



 アキさんに支えられてよろよろと歩く千明さんを見て驚いた。

 顔色が真っ白だ。目元もくぼんで、頬もこけているようにみえる。


 え。これ、大丈夫なの?

 ハルから聞いたこわい話――妊婦の負担や死亡率の話が思い出されておれまで青くなる。


 千明さんのお腹はそこまで大きくなっているように見えない。ゆったりしたパジャマ姿だからわからないだけかもしれない。


「千明さん」

「……ひろぉ」


 千明さんはぽろりと涙をおとした。そのままヒロにぎゅっと抱きつく。


「気持ち悪いよぅ。アタマいたいよぅ。つらいよぅ」


「つらいね千明さん。がんばってて、えらいね」


 千明さんは小柄なので、抱きついているとヒロのほうが大人に見える。

 べしょべしょと泣く千明さんをよしよしとなでるヒロ。

 その間にアキさんは濡れタオルを用意して千明さんの顔を拭く。


「タカは?」

「仕事行ってるよ」

「――ずるいぃぃぃ」


 わっと叫ぶ千明さん。

 え!? いつもキリッとしてる大人の女の人だと思ってたのに。だだっ子じゃないか!

 ポカポカとヒロの胸を叩きながら千明さんが叫ぶ。


「タカだけ元気なの、ずるいぃぃぃ。私も仕事したいぃぃぃ」

「ホントだよね。アイツひどいヤツだよね」


 ヒロの言葉に千明さんがピタッと動きを止める。


「ちがう。ちがうの」


 ふるふると首を振り、またポロポロと泣き出した。


「タカはひどくないの。タカはやさしいの。

 私のために、私の夢のために、全部私にくれたの。タカは、タカは」

「うんうん。わかったよ千明さん」


 千明さんはぐじぐじとのろけにしか聞こえない文句を言い、ヒロはそれを全部「そうだね」と受け止め千明さんをなで続けている。


 やがて落ち着いた千明さんがボソリとつぶやいた。


「――つわりだけでも男が引き受けてくれたらいいのに……」

「そうしてあげたいのはやまやまなんだけどねぇ」


 落ち着いたのを見計らったように、よいしょと千明さんをお姫様抱っこするヒロ。

 アキさんに飲み物を渡され、千明さんは大人しく飲んだ。


「さ。横になって。少しでも休んどかないと、次の収録に行けないよ」


 そうして千明さんを部屋に運んでいった。

 残されたおれ達はぽかんとするしかできなかった。



 やがて戻ってきたヒロはおれ達に頭を下げた。


「――ごめんねみんな。びっくりさせて」

「いや、それはいいが」

 ヒロの謝罪をトモが止める。


「千明さん、大丈夫なのか? かなり悪そうに見えたけど」


 トモの言葉にヒロの表情がくもる。

 やっぱり、あまりよくないみたいだ。

 そしてヒロがぽつりぽつりと説明してくれる。



「ハルが言うのに、お腹の中の子、二人とも霊力高いみたいなんだ。

 一人でも負担が大きいのに、二人ともだろう?

 母体である千明さんが支えきれないみたいで、それでつわりが重いし長引いてるんだろうって」


 そんなことがあるのか。知らなかった。

 驚いている間にもヒロの説明は続く。


「ハルが千明さんの霊力底上げするアクセサリー作って着けさせてるし、ベッドには術をかけた札をつけて少しでも負担を軽くしてるとこ。

 週数的には安定期に入ってるから、そろそろもーちょっと落ち着くんじゃないかって話してるんだけどね…」


 そんな話をしていると、アキさんも戻ってきた。


「ごめんなさいね霊玉守護者(たまもり)くん達。びっくりしたでしょう」


「えと、その」

「大丈夫です。それより千明さん、大丈夫ですか?」


 トモの問いにアキさんは弱々しく微笑んだ。


「今のところはね。こればっかりは、ちぃちゃんにがんばってもらうしかないから…」


 ふう、とため息をつくアキさん。

 やっぱりアキさんも疲れてる。

 あの状態の千明さんをずっとお世話してるなら、当然か。


「赤ちゃん産むって、大変なんですね」


 ついこぼれた言葉にアキさんは「そうね」と答えてくれる。


「産むまでも大変だけど、産むときも大変だし、産んだあとも大変なのよ。

 実際晃くんのお母さんも――」


 そこまで言って、アキさんはハッとした。

「言ってはいけないことを口にした」と顔に書いてあった。

 でも、それは一瞬。

 ホンの刹那の間に失敗を認め後悔し、すぐに立て直した。


「――なっちゃんのお母さんもトモくんや佑輝くんのお母さんも。

 お母さんはみんながんばったのよ。大変だったのよ。大変な思いをして産んで、ここまでおおきくしたのよ。

 だからみんな。産んでくれたお母さんと、育ててくれたたくさんの人に感謝しなさいね」



 にっこりと微笑むアキさんはいつもと変わらないように見えた。

 みんなも「はい」とか「そうですね」なんて答えていた。


 でもおれは不自然な場所でつむがれた『晃くんのお母さん』という言葉が、まるでちいさなトゲのようにココロにささって、引っかかった。

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