霊力の変質
「ああ、確かに多少変質しているな」
おれと握手しただけで、ハルはすぐにそう言った。
なんでわかるの? すごいなハル。
週末。
トモの家でハルに霊力を診てもらった。
他のみんなはトモのおじいさんと出ていった。うらやましい。
おれはこれからトモのおばあさん――サトさんとハルと特殊能力の修行だ。
ハルはおれの手を離し、腕を組んだ。
「強力な火属性なのは変わらない。
その火の質がちょっと変わってきているな。
ひなさんの言うとおり、思春期ゆえの変質だろうな」
ハルに断言してもらうとちょっと安心した。
そっか。思春期だからか。
「おれ、なんかしたほうがいい?
気をつけることとか、ある?」
ハルはちょっと考えて、言った。
「いや。特にないだろう。
これからまだ変質していく可能性もあるし、この状態で安定する可能性もある。
まあ、しばらくは毎回僕と握手しろ。
まずいようだったらその時考えるから」
「よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げるおれに「うむ」なんてえらそうにうなずくハル。
サトさんはそんなおれ達を見てくすくす笑っている。
「もしかしたら、特殊能力の修行が影響しているのかもしれませんね」
「そうだな。やわらかい火になっているしな」
サトさんとハルの会話に首をかしげたら、ハルが説明してくれた。
「サトと霊力を交わす機会が多いだろう?
どうしてもサトから影響を受ける。
サトの穏やかな気配が、晃の火に影響を与えているんだろう」
「そうなんだー」
あれ。でも。
もうひとつ、ひなに言われたような。
なんだっけと考えていると、サトさんに声をかけられた。
「晃くん。私も診てもいいかしら」
「あ、ハイ。おねがいします」
手を出して、握ってもらう。
「あら本当。やさしくてやわらかい火になったわね」
サトさんもすぐにわかったみたいだ。すごい。
すぐに手を離すかと思ったら、サトさんは何かに気が付いたみたいにちょっと首をかしげた。
少しの間じっと握った手を見ていたけど、顔を上げてはっきりと言った。
「かすかにだけど、晴臣くんの気配がするわ」
「それだ」
そうだ。ひなに言われてたのはそれだ。
オミさん達に甘やかしてもらって、お母さんの夢を見て、ふわふわしてるからじゃないかって。
思い出した! スッキリした!
あーよかった。ってホッとしてたら、ゾクリとした。
気配のほうにそっと顔を向けて、固まった。
ハルが綺麗な笑顔を浮かべていた。
「お前、何か報告していないことがあるのか?」
「え、えと、その」
あらいざらいしゃべらされた。
ハルもいたプールの夜以来、オミさんとアキさんと毎晩しゃべっていること。
なんだか普通のおうちの『お父さんとお母さん』みたいなこと。
いつも甘やかしてもらっていること。
『お父さんとお母さんに甘える』感覚に、なんだか身体の中の空っぽだったものが満たされていくみたいなこと。
お母さんの夢を見ること。
たくさん愛情を注いでもらっていたこと。
それを知るたび、空っぽだったものが満たされていくみたいなこと。
うれしくて、しあわせで、満たされて。
最近のおれは、なんだかふわふわしてること。
「それだな」
「それですね」
あっさりと二人が断言する。
「『親の愛情』を受けることで晃の火が変質したんだな。
影響がはっきり出たのは、思春期だからだろう。
まあ、そんなことなら問題ないだろう」
いつもどおりに説明してくれるハルに拍子抜けする。
「……怒らないの?」
「何を?」
どう言おうか迷って、どう言ってもうまく伝えられるとは思えなくて、結局思ったままを口にする。
「おれがハルのお父さんとお母さんに甘えるの、イヤじゃない?
お父さんとお母さんとったみたいに思わない?」
だって、おれは思った。
白露様がおれの知らない女の子についてるって聞いて、イヤだった。ムカついた。「『母さん』をとられた!」って悲しかった。
ハルだってそう思うと思った。
中学生にもなって甘えてるのがバレるのが恥ずかしいのも照れくさいのもあったけど、今までハルに言えなかったのは、やっぱりハルがイヤな気持ちになるかもしれないから。
ハルにきらわれるかもしれないと思ったから。
それなのにハルは、すごく馬鹿にした顔でおれのことを見た。
「この僕が?
『親をとられた』とヤキモチを焼くと?
見くびられたものだな」
「だって」
言い訳しようとしたけど、ハルが「まあ聞け」みたいに手を挙げたから口を閉じた。
「まあ確かにオミもアキもいい両親だ。僕にはもったいないほどのな。
ただ、僕は『子供』じゃないからな。
親の愛情を独り占めしようなんてことは考えないよ」
ハルの言葉に息を飲む。
「『子供』じゃないなんて」
そんな悲しいこと、言うなよ。
たとえ前世の記憶があったって。
大陰明師・安倍晴明だったとしたって。
今はおれと同じ中学生の『ハル』じゃないか。
オミさんとアキさんの『子供』じゃないか。
おれは悲しそうな顔をしていたんだろう。
ハルはすぐに「ああ、そういう意味じゃなくて」と訂正してきた。
「血縁としての『子供』という意味じゃない。
精神年齢の話だ。
僕は今生が十回目の人生。
これまでの九回はいずれも百歳近くまで生きて大往生しているし、子供も孫も曾孫もいた。
中身ジジイなんだよ僕。
だから今さら、親の愛情を独り占めしようなんて、考えないよ」
あまりの話の内容に悲しかった気持ちもどこかに行って「そうなのか?」としか言えない。
「サトと初めて会ったときもジジイだったしな」
「まあ。懐かしいですね」
ニヤリと笑うハルとくすくす笑うサトさん。
え? ハル、前世でちいさい頃のサトさんに会ってるの? す、すごいね?
「こんな僕でも可愛がってくれるおかしな親達だが、僕もヒロも子供らしい子供ではいてやれなかった。
だから今、晃が甘えてやってくれてるのが、逆に僕はありがたいんだ」
ハルはそう言って、少し申しわけなさそうに続けた。
「あの二人は『普通の子供』が持てなかったからな」
自分が『普通の子供』でないことを苦しく思っている様子に胸がいたんだ。
ハルはおれを可愛がってくれる両親をどんな気持ちで見ているんだろう。
さっきは『ありがたい』なんて言ってたけど、本当の本当の気持ちはどうなんだろう。
オミさんはおれをかわいがるのは『罪滅ぼし』だと言っていた。
自分のせいで両親を失ったおれに対して『親の愛情』を注ぐんだと。
そのことはあの日、ソファの向こうでハルも聞いていたはずだ。
「……オミさんは『罪滅ぼしだ』って言ってたよ?」
「だからおれをかわいがってくれてるんだよ」という気持ちで告げると「ああ、言ってたな」なんて簡単そうにハルが答えた。
「まあ、そういうことにしておいてやってくれ」
そう言ってひらひらと手を振るハルに、おれはうなずくしかできなかった。
おれはへんな顔をしていたんだろう。
ハルはにっこりと綺麗な笑顔になって、言った。
「晃さえ迷惑でなかったら、あの親達に甘えてやってもらえると僕はうれしい。
オミもタカも甘えられると喜ぶから。
オミとタカが喜ぶと、アキもちーも喜ぶから」
やさしい声でそんなことを言うけど、おかしいと思う。
オミさんアキさんの息子はハルなんだから、自分で甘えればいいだけじゃないか。
そのほうがオミさん達だって喜ぶはずだ。
「ハルが自分で甘えればいいじゃないか」
そう言ったけど、ハルはあきれたように反論してきた。
「ジジイが今更甘えられるか」
「今は中学生じゃないか」
言い合うおれ達にサトさんがくすくすと笑う。
「晃くんは今『器』を満たしているところなのね」
穏やかな声に、言い合いをやめてサトさんの顔を見る。
おれ達の視線を受けて、サトさんはにっこりと笑った。
「『器』って……。霊力をためる『器』?
おれ、まだ霊力増えるの?」
その人の持つ霊力の量は、その人の持つ『器』の大きさによって決まると言われている。
ちいさな『器』の人は少しの霊力しか持てないし、大きな『器』の人はたくさんの霊力を持っている。
実際、おれ達も春の地獄の修行で霊力を増やすのに『器』を大きくした。
大きくした『器』に霊力を注いでいき、めちゃめちゃ霊力が増えた。
元々霊力が強くて扱いに困っていたのに、更に増えて制御が大変だった。
それを、あの地獄の修行でコントロールすることができるようになった。
やっと高霊力を落ち着かせることができるようになったのに、ここからまだ増えるの!?
そんなの、おれ、制御できるの!?
自分でもこわくなってサトさんに聞いたけど、サトさんは「そっちじゃないわ」とやさしく訂正してくれた。
「霊力をためる『器』じゃなくって。
魂の根幹を支えるような『器』。
愛情とか、信頼とか、幸福な気持ちとか」
『根幹』。前にオミさんにも聞いた。
この前辞書で調べて、言葉に漢字がはまった。
『根っこ』と『幹』。
言葉の意味は『物事の大もと』とか『ねもと』とかいう意味だったけど、それよりもおれはその漢字を見て浮かんだイメージがある。
吉野の山に植えてある、桜の若木。
小学校の卒業記念で、苗木を植樹した。
そのときに穴を掘ってしっかり根っこを安定させてから土をかぶせていった。
ほっそりとした幹だったけど、空に向かってすっと立つ様子がカッコいいと思った。
「何十年後には他の木のように立派な木になるよ」と教えられ、「おれもそうなりたい」と思った。
今は細い苗木だけど、いつか吉野の山を支える大木になりたい。って。
サトさんの今の話を聞いて、また新しいイメージが浮かんだ。
大きな大きな植木鉢にあの桜の苗木が植えてある。
土も水も肥料も全然足りない。
そこをオミさんが、アキさんが、お母さんが、せっせと満たしてくれる。
土を入れたり、水をかけたり、肥料を入れてくれたり。
じいちゃんばあちゃんも手伝ってくれる。
時々勇おじさんや真由おばさん、ひなも手伝ってくれる。
タカさん。千明さん。ハル達。サトさん。
たくさんの人が手を差し伸べてくれる。
たくさんの人が植木鉢を――おれの『器』を満たすために大切なものを注いでくれている。
注いでもらったたくさんの栄養をもらって、苗木は根っこをはり、幹を太くして成長していく。
そうイメージできた途端、すとんと、ナニカが落ち着いた。
そっか。
おれ、『根幹』を満たしている途中なんだ。
苗木がすこし大きくなった気がした。
サトさんとの修行を終え、みんなで北山の離れに戻った。
今日はみんなで離れにお泊りだ。
走って帰ったので、先に風呂をいただく。
サトさんから料理を教わっているトモとナツ、元々料理のできるヒロの三人が夕ごはんを作ってくれた。
すごい! どれもおいしい!
「これおれが作った」「こっちはぼく」とおすすめされるのを順にいただく。うん。おいしいよ!
夕ごはんを食べながらハルがおれの霊力の話をみんなにする。
思春期で霊力が変質している話だ。
おれの場合はそれだけじゃないみたいだけど。
「お前達も多少の変質は起こるかもしれない。
元々思春期は霊力がゆらぐんだ。
霊力量が増えたり、逆に少なくなったり、それまではなかった属性特化が出たり。
大丈夫だとは思うが、まあ、念の為、僕に会うときは必ず握手しろ。いいな」
そう言われて「はーい」と返事をする。
「でも、ひなさんすごいね。晃の霊力の変質に気が付くなんて」
「ぼく、全然わからなかったよ」とヒロが言う。
この前の旅行でみんなもひなに会っているので、どんな子かは説明しなくてもわかってもらえた。
ハルもうんうんとうなずく。
「生まれたときからずっと一緒だからわかったというのもあるだろうが、彼女自身の能力だろうな。察知能力が高い。
彼女もなかなかの能力者だな」
「霊力量もなかなかだったよね。
彼女も思春期で霊力どう変化するかわからないけど、良い能力者になりそうだよね」
「―――」
――思わず、箸がとまった。
友達がほめられたらうれしいはずなのに。
なんだろう。
ハルとヒロがひなをほめるのを聞いていると、胸の奥がじくりと痛い。
なんか、息苦しい。
なんだろう。これ。
「ひなさんかわいいし料理も上手だし、学校でもてるんじゃない?」
ヒロの言葉に、一瞬息が止まった。
ミチオも言ってた。
『ひなのこと「いいな」って言ってるヤツがいる』
ひなを、好きなヤツが、いる?
ひなが、もてる?
ヒロもハルも、ひなに好感を持った?
なんだこれ。なんでこんなにモヤモヤするんだ?
モヤモヤ? ムカムカ?
なんだこれ?
おれが自分の感情にぐるぐるしていると、そんなおれを見たヒロがきょとんとした。
けど、すぐに「にやぁ〜」って、嫌らしい感じの笑みを浮かべた。
なに? ヒロ、イヤな顔になってるよ?
「そっかー。晃、やっぱりそうなんだー」
「ヒロ」
「はいはーい。言いませーん」
ハルに怒られたヒロは何か言おうとしたのをやめたらしい。
でもニヤニヤ笑いがおさまってない。なんだよ?
「なに? ヒロ」
「べっつにー?」
「ニヤニヤしてるよ?」
「そぅおー?」
ムッとしたおれに気が付いたのだろう。
トモが「ヒロ、そのくらいにしとけ」って声をかけてくれた。
ナツはなんか察してるっぽい。
佑輝はわかってない。きょとんとしてる。
「何?」
「なんでもないよ。ホラ佑輝。これも食え」
トモに肉をドサッと入れられてにこにこしている。
おれもわけがわからない。
なんだよヒロ。何が言いたいんだよ。
文句を言おうとしたらトモに「ホラ、晃も食え」って肉をドサッと盛られた。
ムッとしたままトモを見たけど、トモはいつもの飄々とした感じで「うまいぞ?」と言った。
仕方ないから肉を食べた。おいしい。なんかくやしい。
くやしいから、ガツガツってお行儀悪くかきこんだ。
ヒロはまだなんかニヤニヤしてた。
なんかムカつく!
若いときのにサトさんのお話『静原の呪い』もお読みいただけるとうれしいです。
前世のハルも出てきます。




