夏休みの宿題
『霊玉守護者顛末奇譚』『霊玉守護者顛末奇譚 番外編』の続きになります。
読んでなくてもわかるとは思います。
暗めのお話ですが、よろしくおねがいします。
「お…終わった〜」
思わずべしょりと机に突っ伏す。
やっと宿題のドリルが一冊終わった。つかれた。
「終わった? ちょっと待ってな」
トモがパソコンから目を離すことなく答えてくれる。
「おれもできたー」
「ん。見せて」
横で読書感想文を書いていたナツもヒロにチェックしてもらう。
「ここ、字が違う」と指摘されたのを直して完成したらしい。
ノートパソコンをパタリと閉じたトモがおれのドリルをパパッと見ていく。
「答え見ないでなんでそんなにわかるんだ!?」
「さあ?」
パッパッとマルつけもしていくトモ。
「オッケー。全問正解。やるようになったな晃」
「ホント!? やったー!」
トモに褒められてうれしい。
春からしつこくしつこくやらされた計算ドリル(小学一・ニ年生用)の成果が出ているようだ。
京都市北西部。いつもの安倍家の離れ。
今回は夏休みの宿題会。
といっても夏休みの宿題をしているのはおれとナツだけ。
ヒロは何かよくわからない書類を見ていたし、トモはノートパソコンで何かしていた。
どっちも説明してもらってもさっぱりわからない。
しばらくしたら部活を済ませた佑輝も来た。こちらも宿題を山と抱えている。
「まだこんなにあるの!?」とヒロに怒られている。
おれも次の宿題に取り組む。
がんばらなくっちゃ!
おれの名前は日村 晃。
吉野に住む中学二年生。
おれは普通の中学生と違う。
おれは『火』の『霊玉守護者』。
強い霊力を持つ『能力者』だ。
生まれたときから強い霊力を持っていたおれは、制御するのに四苦八苦していた。
おれを育ててくれたのは大きな白虎の白露様。
何十年も何百年も生きている、優しい白虎。
おれにとっての『母さん』。
その『母さん』が、今年の春、喰われた。
おれの持つ霊玉の元の持ち主である『禍』からおれを守るために身代わりになり、喰われた。
「京都の安倍家に連絡しなさい!」
白露様に言われたことをじいちゃんに伝えると、じいちゃんは一枚の名刺を出してきた。
そしておれは京都に向かった。
そこでおれと同じ『霊玉守護者』である四人の仲間――ヒロ、ナツ、佑輝、トモと出会った。
安倍晴明の生まれ変わりで安倍家の次期当主であるハルに修行をつけてもらい、五人で『禍』と戦い浄化した。
白露様は助かった。
おれ達も全員無事で、めでたしめでたし。てなった。
ハルの地獄の修行のおかげで俺達の霊力は急激に上がったけど、霊力コントロールも身についた。
おかげで今までみたいに身体から炎を巻き上げちゃうとか霊力暴走させちゃうとかがなくなった。
おまけに仲良くなった仲間達と週に一度は会って戦闘訓練を兼ねて遊ぶことで全力を出せて、いい感じに霊力を吐き出せてるみたい。
日常生活でこれまで感じていた霊力が暴れる感じがなくなった。
いろんなことが楽ちんになって、いろんなことに興味を持つようになった。
七月に入ってから、ハルのお父さんのオミさんとヒロのお父さんのタカさんが色んなところに連れて行ってくれた。
ショッピングモールに初めて行った。あんなたくさんのお店を見るのは初めてでアタマがクラクラした。
お昼ごはんに行った串揚げ食べ放題のチェーン店はすごくおいしくて楽しかった。
チョコレートが噴水みたいになってるのなんて初めて見た!
祇園祭の宵山は人が多くてつぶされるかと思った。
あんなにたくさんの屋台も初めて。みんなでワイワイさわぎながら分けっこしながら食べるのも初めて。楽しくて楽しくて、暑いのも汗でベタベタなのも気にならなかった。
山鉾巡行もすごかった。ハルがいつも「実体験に勝るものはない」て言ってる意味がわかった。
テレビで見るのとは全然ちがった。
ハルやタカさんの話もおもしろかった。
楽しみながら勉強することもできるんだと知った。
湖水浴、海水浴、川遊び。たくさん遊んだ。全力で遊んだ。
全力で遊ぶのなんて生まれて初めてで、すごくすごく楽しかった!
これまでのおれは多すぎる霊力を抑えるのでいっぱいだった。
誰かと遊ぶときも「ケガさせちゃいけない」ってハメをはずすなんてことできなかった。
でも、あの地獄の修行で霊力コントロールが身についた。
一緒に遊ぶのは同じ修行をくぐり抜けてきた仲間達。
遠慮せずに遊べるのがこんなに楽しいなんて、初めて知った!
初めての遊びをたくさんした。
アホなこともたくさんやった。
楽しくて楽しくて、生まれて初めて腹の底から笑った。
川遊びからおれの家に帰る車で、タカさんが言った。
「湖、海、川。水鉄砲もしたし、あとはプールに行ったら『夏の水遊び☆コンプリート!』だな」
「プール?」
パッと学校のプールが浮かんだ。
確かにみんなが一緒なら楽しいと思うけど…。
そんなおれの考えは間違いだったとすぐにわかった。
タカさんが「ホラこーゆーの」と見せてくれたスマホには見たこともない画像が映っていた。
なにこのデカいすべり台! え? ここに水が流れてるの!?
このプール…。プール? 波立ってるよね? プール?
この川みたいなの何!?
「流れるプール。ここで浮き輪に乗って流されるの。楽しいぞー」
なにそれ楽しそう!
「タカ」
ハルがなんでかタカさんをにらんでいる。なんか怒られるようなこと、あったか?
ヒロはスマホを高速でいじっている。
「この日だったらみんなの予定が空いてる!」
「ホント!?」
「行きたい!」
みんなといるとパッと本音がでる。
言ってから「マズかったかな」と心配になるけど、みんなは全然気にすることなく許してくれるから、ますます本音が出るようになった。
「ヒロ」
ハルはヒロもにらむ。でもヒロは平気な顔だ。「だってさハル」と言い返している。
「みんなとこんなふうに遊べるのは今年が最初で最後かもしれないんだよ?
みんなは来年受験勉強しなきゃだし、ぼく達だって赤ちゃんのお世話でてんてこまいだと思うし」
そうだ。ヒロの言うとおりだ。
こんなに楽しいの、最初で最後かもしれないんだ。
そう思うとちょっとしんみりした。
「……まったくお前達は同じことを…」
ハルがブツブツ言いながらオミさんをにらんでいる。
「ね? ハル。行こ?」
ヒロは男なのにそういう仕草するとかわいくみえる。不思議だなぁ。タカさんがいつも「ヒロかわいい!」と言うのも納得できる。
でもハルにはヒロのかわいいおねだりは効かないみたいだ。
ジロリとヒロをにらみ、おれ達をひとりひとりにらみつけた。
な、何?
「ホラ! 晃の誕生日! プールで遊んで、誕生日パーティーしよ! どう!?」
尚もヒロが言う。「いいな!」とタカさんも賛成してる。
「プール行きたい人!」とヒロが手を挙げるのに遅れずバッと手を挙げる。佑輝とナツもだ。トモ、タカさん、運転手のオミさんも手を挙げている。
全員賛成だ!
それでもハルはうなずかない。
「……お前達、宿題は?」
ザッと血の気が引いた。
「これだけ遊び倒したんだ。宿題が終わっていないならば、プールは許可できない」
バッとヒロに顔をのぞかれて、バッと顔をそむける。
「――宿題が終わっていたら、プールに行っていいんだね?」
ヒロがにっこりと、それはそれはきれいな顔で笑った。
おれとナツ、佑輝にとっての地獄の再来だった。
川遊びからおれん家に戻ってすぐに宿題を出さされた。
……ウン。ほとんど手をつけてないんだ。
湖水浴の前後でちょっとやっただけ。
だ、だってわけわかんなくて「晃」「ハイ」
ヒロがにっこりと笑う。
「ぼく、みんなでプール行きたいんだ」
「は、ハイ」
「お盆が終わるまでは忙しいのわかってる。
でもこの日記は毎日やってね。あとは」
ヒロはスマホのカレンダーを指差し、微笑んだ。般若の笑みだった。
「この日から、泊まりにおいで」
「ハイ」
反論できなかった。
お盆が終わって、宿題を持って安倍家の離れに一昨日から泊まり込んでいる。
トモとナツも一緒だ。
楽しいけど、宿題は大変。
トモが最初に「これだけ覚えとけ」と問題を解くヒントをくれた。
教科ごとのヒントをたよりに何とか解いていく。
いつもの修行とは違うところで体力も精神力もガリガリ削られた。
佑輝は旅行から帰ってから毎日、部活の練習から帰宅する時間に合わせてヒロが自宅に行って宿題を見ているという。
佑輝、おれよりもやってなかったらしい。
ヒロが笑顔で怒りまくっていた。
そんなこんなで宿題に取り組んできた。
あとちょっとで終わりそう。
プールが見えてきた。がんばらなくっちゃ!
「あとは『夏休みの思い出』と自由研究か。
みんな違う学校だから、同じ内容でもいいかな?」
「問題ないだろ」
ヒロとトモが作戦会議をするのを手を動かしながら聞くともなしに聞く。
「『海の生き物観察』とかどうだ? ホラ、タカさんが写真撮ってたろ」
「あー。なるほど。いいかも」
そうして二人はパソコンとスマホで何やら調べ始めた。
おれ達がドリルを終わらせたときにはもう自由研究の下書きができていた。
なんでこんなに簡単そうにできるんだ?
「コツを身に着けたら簡単だよ」
「こーゆーのはフォーマットがあるんだよ」
意味がわからない。
「ここ、それぞれ穴埋めしていきな」と言われるままに記入していく。
生き物を見つけたときの気持ちやわかったこと。これなら書ける。
「潮だまりができる仕組みの説明と図はどうする? 手書きさせるか?」
トモがパソコンの画面を見せてくれながらヒロに聞く。
「こんなの書けない!」と佑輝がすぐに音をあげる。
「じゃあ図は印刷して『引用』てしとくか。あと、この前の写真を印刷して貼って、生き物の名前とか書いたらいいか?」
「そうだね」
トモとヒロでどんどん話が進んでいく。
おれ達はぽかんとしているだけだ。
すごいな二人共。
「『夏休みの思い出』用と自由研究用と、この前の旅行の写真印刷しないとな。
データはタカさんが持ってるのか?」
「確か御池のパソコンにも入れてたよ。
『千明さんとアキさんがすぐに見られるように』って」
「そのパソコン、ネットは?」
「つなかってる」
「じゃあこのへんも引っ張って印刷できるな」
二人が何を言っているのかわからない。
わからないときは黙っていよう。
「プリンタあるよな?」
「ある。――あ。けど………」
軽快に答えていたヒロだったが、突然何かに気付いたようで困ったように黙ってしまった。
なんかマズいことでもあるのかな?
御池のマンションには何度もお邪魔している。
今まで何も言われたことはない。
今回に限り何かあるのかとヒロを注視していると、ヒロは「ちょっと聞いてみる」とスマホを取り出した。
あちこちに連絡して、ヒロは「じゃあ、みんなで行こう」と立ち上がった。
「ヒロが印刷してきてくれたらいいぞ?」とトモが言ったけど、ヒロは「アキさんがみんなに会いたいって言ってるから」と笑った。
「ただ、今千明さんがちょっと具合悪くて」
「え」
「じゃあいいよ」
あわてて行くのをやめようとしたが、ヒロは「大丈夫大丈夫」と手を振る。
「今は部屋で休んでるから。こっそりと行けば、多分、大丈夫」
ヒロらしくない歯に物が挟まったような言い方が気になりながらも、おれもアキさんに会いたいのもあって、みんなで御池のマンションに移動した。