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死んでも安い世界で生きる僕らは  作者: 海老之巣
第1章 転移しました、戦いました、死にました。
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8話 悪足掻き

 階段を登り切った後に見えたものは、噴水のある広場だった。平時は人々の憩いの場として利用されているであろうこの場所もまた、現在は人気がなく閑散としている。


「もうすぐきょーかいだよ。ちゃんと歩ける?」


 進行方向に巨大な白い建物が見える。間違いなくあれだろう。

 鈍い痛みが先の戦いで負った傷の存在を主張し続けており、快調とは言い難いが、この距離なら問題あるまい。


「大丈夫、大丈夫。これくらい問題ない――」


 微かな音が聞こえ、思わず足を止めた。

 風を切るような音が、頭上から――、


「ワイバーンか!?」


 頭上を仰ぎ見て叫ぶ。――ワイバーンだった方がよほど良かっただろう。


 巨大な生物が広場の中心に高速で降下してくる。噴水がその下敷きになり、破壊されて水が溢れだし、広場が水で浸されていく。


 周囲の建物よりも大きい身体、深緑の鱗に覆われた体表、太い尾、そして巨大な翼を持つ竜だ。

 ――ワイバーンやドレイクなど比にもならない程の力を持つその竜は、真竜、もしくは単に()()()()と呼ばれる。


「うそ、だろ……」


 真竜の双眸が地を這う虫を見つめる。

 それだけで、まるで心臓が直接握られているような感覚を覚えた。人と竜の隔絶とした差が、恐怖と絶望として心に刻まれる。

 先ほどまでは近く感じた教会が、どこまでも遠く感じた。


 ――勝機はない。逃走も不可能。生き残ることは、できない。

 経験が、本能が、そして魔眼が告げる。


(何度、この感覚を味わえばいいのだろう)


 何もできぬまま国が滅び、主の前で敗れ、一日も経たないうちに、また負けるのか。

 

(ここで、終わるのか)


 もう一度アイリーンに会うことも叶わず、異界の地で、死ぬのか。


「おにい、ちゃん……」


 ――つないだ手が、震えていた。

 それだけで、十分なんだ。


「教会はもう、すぐそこだよ。走るんだ、ミーコ。きっとお母さんが待ってるから」


 ミーコの青碧色の瞳と目が合った。――その目に映る自分が、最期まで騎士のようであればいい。


「おにいちゃんは、どうするの……?」


 笑え、最期まで。自分が生き残れないなら、他の誰かくらい救って見せろ。


「決まってるだろ? 悪い竜を退治しに行くのさ」


 だから、


「走って!」


 手が離れ、足音が遠ざかっていく。

 竜はただそこで、座視していた。


「竜よ、感謝する」


 こちらの決心を待ってくれたことに、ミーコを逃がすまで待っていてくれたことに。

 鞘から剣を抜き、目の前の敵に向ける。


「私は壊刃の騎士、ロディ・ストラウドだ。この身、この刃が砕けるまで、お相手仕ろう」


 名乗りに呼応するかのように、ドラゴンが咆哮した。

 それを皮切りに、戦いの火ぶたが切られる。


 ドラゴンは翼を広げ、天を仰ぎ見る。――ドレイクとの戦いで見た、火球を放つ予備動作だ。


 見立て通りドラゴンが放ったのは球状の炎だった。だが、大きい。

 先ほど戦ったドレイクの放った火球は、大きく見積もっても直径一メートル程度。だがドラゴンの火球は優に二メートルは越すだろう。


 左方に走り、火球を避ける。――速い。ドレイクのそれよりも明らかに。

 ドラゴンは二度、三度と続けざまに火球を放出する。


「くっ――」


 二発目は紙一重で躱したが、三発目は――、


「はぁぁっ――!!」


 なんとか魔眼で火の核を捉え、鋼鉄の刃で切り裂く。だが、


「ぐぁっ――」


 回避後の無理な体勢からでは炎を完全に切り裂くことは叶わず、残り火がロディの体を焦がしていく。そのうえ、


(視界が揺れる……頭が割れそうだ……ドレイクとの戦いで力を使いすぎたか……!)


 ――ロディは日常生活で、魔眼を最大出力の一割程度しか開放していない。戦いになってようやく三割、先ほどのドレイク戦の様な本気の状況でも五割しか出せない。

 ロディが魔眼を抑制している理由はいくつかある。


 一つ目の理由は、出力が四割を超えると、目の色が文字通りの意味で変わることだ。普段は碧い瞳の色が金色に染まってしまうのだ。

 魔法が普通に存在している世界ならばともかく、元の世界では魔眼をおいそれと使うわけにはいかなかった。


 二つ目の理由は、長時間の使用が不可能なことだ。修行や慣れによって一割程度では何の苦も無く魔眼を行使できるが、出力を上げれば上げるほど、魔眼による消耗は一気に跳ね上がる。


 三つ目の理由は、そもそも魔眼を使用することが危険なことだ。魔眼を解放すれば、様々な情報が滝のように脳に送り込まれる。当然、送り込まれる情報量が多ければ脳はパンクする。

 五割ですらこんな有様だ。もし最大出力で魔眼を解放すれば一瞬で気絶してしまう。


 とはいえ、どう考えてもドレイクより手ごわい相手だ。魔眼の出力を弱めるわけにはいかなかった。どうせここで終わる命なのだ。出し惜しむ意味はない。


 ――ドラゴンが自身の攻撃を凌ぎ切ったロディの姿を見て、笑った気がした。


 真竜はその翼を大きく動かし、地上からわずかに宙に浮きあがる。

 ――本来なら、あの巨体が翼で飛べるわけがない。見ればその翼からも魔力を感じる。あれも魔法の力だろうか。


 ドラゴンは宙に浮いたまま、ロディに向かって突撃をする。


「はや――」


 攻撃の予測はついていた。竜の突進に目は追いついた。――だが、体がその動きについていけなかった。


 格上の相手との戦闘において、その代償は大きい。竜の巨大な鉤爪によって、左腕が抉り取られる。


「ぐっ、ああああああ――――!!」


 こらえきれなかった絶叫が喉から漏れ出した。その思考の大半が痛みで埋め尽くされる中、頭の片隅でふと、もう盾は握れないのだと、もう馬には乗れないのだと、思った。


 もう、アイリの隣に立つことはできないのだと、思った。


 吹き飛ばされ、地面を転がる。口の中に血の味が広がっていく。おそらく骨も二、三本は折れているだろう。そもそも、ドレイクとの戦いも完治していないのだ。


 ――ミーコも逃げきったはずだ。体も満身創痍だ。一人きりの元騎士が、これ以上生き恥をさらすことはない。


 ドラゴンの近寄ってくる足音がどこか遠くに感じる。このまま倒れていれば、きっとこの生を終わらせてくれるだろう。死んでいった仲間のもとに、送ってくれるだろう。


(負けていい理由は並べた。だから、もう十分だ)


 残った右手で体を引き起こす。離さなかった剣を杖にして立ち上がる。口元の血をぬぐい、目前の竜を見据える。


 ――ここで負けるわけにはいかない。たとえ勝てないとしても、足掻いてやる。

 こんなところで折れて、倒れる者を踏み越えてきた屍たちが許すわけがないのだ。――ここで倒れることが、許されては、ならない。


 振り下ろされる爪を後ろに跳んで避ける。竜の攻撃により砕けた石畳の破片が顔をかすめた。


「うおおぉぉ――!」


 竜の懐に走りながら振り抜いた剣が、竜の足を捉え、その鱗の一枚を、穿った。


「あがいて、やったぞ……」


 目の前の怪物に、一矢報いた。そして、ロディがもう一撃、振るう前に――

 ――竜の尾が、ロディの体を薙ぐ。


 再び弾き飛ばされ、石畳の上を何度も跳ねながら転がる。


「ぐっー―」


 身体は、重い。だが、まだだ。まだ、立てる。剣は未だに、この手の中にあるのだから。

 ――ロディが立ち上がる動きは、遅い。本来であれば、その間に殺すこともできたはずだ。


 真竜はただ、立ち上がるロディを見つめていた。


「おおおぉぉぉ――!!」


 叫び、走る。目の前の敵以外のすべてを意識から振り払うように。

 ――目の前の竜から、魔力が迸るのが見えた。そして、竜の目線の先はロディではなく、そのわずか後方。


 気づいた瞬間背後を振り返り、剣で体を守る。


 振り返った先、ロディの眼前で、石畳を貫き、土塊が槍のように突き出した。

 直前に気づいたことにより、即死は免れた。だが、剣の腹で守りきれなかった部分、ロディの腹部を土の槍が貫く。


「ぐぅっ――、はぁぁ!」


 痛みを力に変えて、土塊を剣で叩き折る。刺されて浮き上がっていた体が支えを失い、地面に叩きつけられた。

 落ちた腕から、貫かれた腹部から、血が、命が流れ出るのを感じる。


「まだっ――」


 立ち上が――れない。片手では崩れる身体を支えること叶わず、地面に無様に倒れこんだ。

 それを見届けたドラゴンは、天を仰ぎ、翼を大きく広げる。――炎を吐き出す、予備動作だ。


「おにいちゃん――!」


 逃げていたはずのミーコが、声を上げ、こちらに駆け寄ってくる。


「ミー、コ……?」


 なぜだ。どうして。なんのために――


 様々な感情が頭の中を駆け巡る。それまで決して離さなかった剣が、手から滑り落ちた。上体を上げ、地面に座り込む。


 ロディは、駆け寄ってくるミーコを残った右手で抱き込んだ。

 それはミーコを炎から守ろうとしたのかもしれない。あるいは、死の間際、近くにいる者に縋りたかっただけ、なのかもしれない。


 燃え盛る炎が二人を焼き尽くす――、


「よくやったな、ロディ」


 寸前、二人の前に割り込んだ影に、火球が両断された。


 燃える炎のような赤い髪、高い背丈、手には人の身の丈ほどもあろうかという長さの刀。

 冒険者、アランだ。そして、その双眸は――


「あとは、俺に任せておけ」


 ――黄金に煌めいていた。

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