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死んでも安い世界で生きる僕らは  作者: 海老之巣
第2章 新人冒険者のあれやこれや
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12話 生前墓

 ロディはミーコを母親の元に送り届けた後、アランに連れられて、王都の外れにある墓地へ来ていた。

 今は夕暮れ時、段々と空が赤く染まっている。

 墓を用意する、とのことだったが――


「随分と大きいんだな……」


 墓地を囲う壁の外から見ても、一目でわかるほどの敷地の広さだ。


「そりゃ、王都の民と周辺の村に住む村民の墓が集まってるからな。当然広い」


 と答えるのはアランだ。

 ウルリカとリーリアの二人とは一旦分かれた。国への報告や事後処理があるらしい。


「この世界の人は、産まれたらすぐに墓を建てるとはさっき聞いたが、寿命か何かで死んだ人の墓はどうなるんだ? ……というか、寿命はあるんだよな?」


 人が死んでも蘇るとは聞いたが、ロディのいた世界でいう『死』がないとは思えなかった。

 教会にいた人々は種族も年齢もバラバラだったのだ。もし避けられない死がなければ、きっとあの場所は老人で溢れかえっていたはずだ。

 成長が止まる、外見だけ若作りしているという訳では無ければ、の話だが――、


「あるぞ、寿命」


 少しホッとする。これでアランが齢百を超える老人なら、もはやこの目に映る何を信じればいいか分からないところだった。


「寿命で死んだ奴らは復活できねえ。正確には魔素(エーテル)がなくなれば復活できない、が正しいんだが……、今は寿命以外で死んだ生物は基本蘇れるって思っとけばいい」


 基本、ということは例外もあるのだろう。


「じゃあ、この墓地には寿命で亡くなった人と生きている人の墓が両方あるってことか」


「いや、そうじゃねえ。蘇れなくなった奴の墓は取り壊すんだ。今ここにあるのは生きてる連中の墓だけだ」


(俺の知ってる墓は、死者を弔うための物だった筈なんだけどなぁ……)


「ほぉ、迷い人かね。珍しいのぉ」


 ロディが文化の違いに頭を悩ませていると、墓地の方向からしわがれた声がかかる。

 そこに居たのは、黒いローブを羽織(はお)った背の低い老婆だった。


「よお、墓守のばあさん。久しぶりだな」


 アランは片手を挙げて老婆に挨拶する。どうにも知り合いのようだ。

 たしか迷い人とは、ロディのようにこの大陸の外からやってきた者だ、とアランが語っていたはずだ。


「アー坊、アンタまた妙なもん拾ってきたねえ……。この迷い人の坊やを共同墓に入れに来たんじゃろ?」


「そうだよ。さっさと手続きしてやってくれ」


 老婆とアランの間でとんとん拍子に話が進んでいく。


「アラン、イマイチ話が呑み込めないんだが……、共同墓って何なんだ? それに、あのご老人は?」


「あー、共同墓ってのは旅人や冒険者が、旅先の復活地点にするための場所だ。あのばあさんは墓の管理者だよ」


 アランは物憂(ものう)げに応える。


「そういうことじゃな。さぁ、お入り」


 老婆は墓地へと続く門を開いて墓地に入っていく。


「ほら、行くぞー」


 老婆の後を追ったアランに続き、ロディも墓地へと入る。

 墓地の中で初めに目にしたのは、当然ながら墓だった。だが、


「凄いな、これは」


 見渡す限り墓、墓、墓だ。

 石造りの墓、木でできた墓、そして棺桶。形状も材質も違う墓の数々が、所狭しと並べられている。

 墓など別段珍しいものではないが、ここまで並ぶと壮観だ。


「見慣れてるからよく分かんねー。ロディの居た世界と俺たちの世界って結構違いそうだよなぁ」


「初めて墓地に来た迷い人は、皆そんな反応をするのう。なかなか楽しいものじゃよ」


 黒衣の老婆はふぇふぇふぇと笑う。彼女はロディ以外の迷い人も知っているようだ。


 見渡せば墓以外にもいくつかのものが目に入る。

 一つ目は、他の墓に比べて一回りも二回りも大きい石碑だ。丘の上に立つその黒い石碑は異様な存在感がある。

 二つ目は、墓の前に置かれた小さなポストのようなものだ。そのポストはそれぞれの墓に一つは備え付けられているようだ。


「丘の上の石碑が共同墓ですか?」


「ご明察じゃよ。冒険者御用達(ごようたし)、登録一回銀貨十枚じゃ」


 思わず「うげっ」と漏らしてしまう。

 何せロディは異世界人、実質の一文無しである。


「そのために俺がついてきたんだよ。手伝うって言ったからには、金くらい出してやる」


 一体どれだけの貸しを作ったのか。本当にアランには頭が上がらない。


「ありがとう。出世払いで頼む」


「まぁ銀貨十枚なんて、俺様にとっては大した額じゃねぇけどな。そう言うからには、きっちり返してもらうぜ」


 歩き続ける間に、いつの間にか黒い石碑の前に到着していた。


「さてロディとやら、この紙に名前の記入と血判をしなさい。それで終いじゃ」


 老婆の手の中には羊皮紙とペンが握られている。その紙に名前を書けばいいのだろうが、ロディには少し問題があった。


「名前……私の世界の言語で書いても問題はありませんか? 姓名を両方書くべきでしょうか」


「好きにせい。本墓ならともかく、共同墓の名前は形式的なものじゃ。縁も所縁もない他人の名前を書くことは勧めんがな」


 頷いて、受け取ったペンで紙にひとまず苗字を書いておく。


(まぁ、これなら問題ないだろう)


 親指を剣で薄く切り、滲んだ血で血判を押す。そして羊皮紙を老婆に手渡した。


「うむ。では、これは預かっておくぞ」


「特に何か変わった感じはしないな……本当にこれで、死んでも蘇ることが可能なのですか?」


「問題ないはずじゃよ。気になるなら、一度死んでみるかえ?」


 本気で言っているのか、あるいはこの世界の冗句か。さすがにそれを試すほどの度胸はロディにはなかった。


「いえ、遠慮しておきます……」


「そうかい。おや? ちょうどいいタイミングだねぇ」


 そう言って老婆は石碑の方を見返した。


 石碑が発光し、側の地面に光の粒子が降り注ぐ。その光は徐々にヒト型を形作り、数十秒ほどで人間(ヒラビト?)の青年がその場に現れた。


 腰にブロードソードを差し、革鎧を身に着けた彼はおそらく冒険者だろう。

 その鎧には、獣の爪の様な形をした巨大な傷跡がある。だが、その肉体には怪我が見当たらない。


「怪我は治って蘇るんだな。裸になる訳じゃなく、身に纏った装備もそのまま戻ってくるのか」


「怪我だけじゃないぞ、病気も治るぜ。欠損した体の部位も戻ってくる。なにかに困ったら、とりあえず死んどけってのは冒険者の常識だ」


「恐ろしいな、それ……」


「にしても、コイツどっかで見たことある気がすんだよなあ」


 などと話していると、復活したばかりの青年は目を開き、


「また死んじゃったかぁ。みんなは無事かな」


 と呟いた。


「おはよう。たしかルート君じゃったな」


「あぁ、墓守のおばあさん、おはようございます。……あれ? 後ろの人は……」


 彼はアランを見ると、目を見開いて、


「ア、アランさん! こんにちは!」


 と挨拶をした。見るからに緊張した面持ちだ。

 怖がっている、というよりは憧れの相手と対面したという具合だろうか。


「……あー、コンニチハ」


 アランは見るからに面倒くさそうな顔をしている。これまた顔見知りらしい。


「やっぱり、アランって凄い奴なのか?」


 平人(ヒラビト)最強の冒険者だとリーリアは言っていたが――


「もちろんさ!」


 青年は食い気味に言い、早口でまくし立てる。


「アランさんは本当にすごいんだ! パールザール唯一のS級冒険者にして平人最強。剣神と大魔導士の称号を持ち、王家からの信頼も厚く、救った人の数は数知れず! さらには攻略不可能と呼ばれたダンジョンを幾つも制覇して――」


「よーし用事は済んだな! さっさと帰るぞロディ!」


 手を振る老婆に見送られ、アランに引きずられるようにしてその場を後にした。

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