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僕と君との迷宮攻略――序  作者: 御咲花 すゆ花
第一章――三つ子村
9/28

二日目――案内(丁)

 オウギは橋を渡っている最中に、ある考えを(いだ)いた。とりもなおさず、ある考えとは、魔物(まもの)を倒すのに「この橋」が役立つのではないかというものである。

 オウギは思う――魔物(まもの)が僕たちのほうに向かって来るんだったら、この橋を前にして戦えばいいんじゃないかな? 南の村を背にすれば、わざわざ迷宮(ダンジョン)まで行かなくとも下人(ムルイ)たちを南の村に集めるだけでいいし、何より橋の(はば)(せま)いから、一度に戦わないといけない魔物(まもの)の数が減って、そのぶんだけ戦いが、ぐっと楽になると思う。

 無論、そのようなことはない。迷宮(ダンジョン)において、控えの下人(ムルイ)たちが待機していた場所を【安全地帯(セーフティー=エリア)】と呼ぶが、オウギはバシハから言われた「安全地帯(セーフティー=エリア)魔物(まもの)が到達すると、よくないことが起きる」という(むね)の発言をすっかりと忘れている。あくまでも下人(ムルイ)たちの優先順位は、安全地帯(セーフティー=エリア)魔物(まもの)が到達しないことであって、自分たちにとっての戦いやすい場所を探すことではない。地の利を考慮するのは、安全地帯(セーフティー=エリア)魔物(まもの)が到達しない範囲での話である。だが、()もなく、オウギもまた、別の理由から自身の案が成り立たないことに気がついた。

 オウギが再び思う――ああ……でも、これだと迷宮(ダンジョン)の中を探索できなくなっちゃうか。迷宮(ダンジョン)を探索しながら魔物(まもの)と戦うわけだから、少人数じゃ難しい。……そのための控えなのか。控えと交代しながら一日中……。

 はたと、そこで気がつく。昨日の当番だった下人(ムルイ)は全員、その日の昼には帰って来たではないか――と。

 オウギは思う――あれ? 夜中はどうしているんだ? 夜に迷宮(ダンジョン)は……無理だ。暗闇の中を迷宮(ダンジョン)まで歩くなんて、できやしない。じゃあ、夜鍋のための下人(ムルイ)をあらかじめ向かわせておくのか? ……ありえない。それなら、みんなで朝早くから行く必要がない。……ということは、魔物(まもの)は一日中、動いているわけじゃないのか?

 今までの出来事を振り返るように思いを(めぐ)らせていると、突然、迷宮(ダンジョン)の実態が防衛ゲームであるという確信にオウギは到達した。

 オウギが再び思う――ウェーブ……そうだウェーブだ! たしかに下人(ムルイ)の一人が、そう言っていた。間違いない、やっぱり迷宮(ダンジョン)は防衛ゲームなんだ。

 そして、防衛ゲームであることがわかると、その場でオウギは頭を(かか)えた。

 オウギは思う――頭を使うやつだ……僕には無理だよ。なんだか、急に先行(さきゆ)きが不安になって来ちゃった。

 そこで、ふと、オウギに声がかかる。バシハである。

「何してんだ――急げ! オウギ!」

 言われて、オウギは、自身が橋の途中で立ち止まっていたことに気がついた。大慌てで橋を渡りおえ、バシハに感謝の言葉を述べる。

「ご、ごめん。ありがとう」

 (あき)れるように()め息をつきながら、バシハが口を開いた。

「危ねえな……。気をつけろよ?」

 そうして二人は、南の村の案内へと戻っていった。



 オウギとバシハとの二人が南の村へと戻っていく。その様子を見ていたジウホウミョは、「浮游の種子(ふゆうのしゅし)が使えるようになるまで、どうやって時間を(つぶ)そうか」と考えながら、なんともなしに視線をさげた。視界の端――迷宮(ダンジョン)の入口に置かれた物資が目に()まる。その物資の量は明らかに少なく、それは、挑戦(ちょうせん)が当分はおわらないことを言外に匂わしていた。だが、当分と言っても、その時間は、浮游の種子(ふゆうのしゅし)が再び使えるようになるほどではない。このまま何もせずにいれば、迷宮(ダンジョン)の入口でタヤを(むか)えることになるのは確実であった。「ただ一緒に橋を渡る」というそれだけのために、深い意味もなく、一時間も迷宮(ダンジョン)の入口で待つような下人(ムルイ)であると思われるのは、さすがにジウホウミョにとっても不本意であった。

 異能(ギフト)の使用は(つつし)まなければならない。これは、魔力(まりょく)を回復させる手段に(とぼ)しい三つ子村(みつごむら)においては常識であり、(こと)にジウホウミョの異能(ギフト)にあっては、利便性の高いものであるだけに、ほかの下人(ムルイ)よりも強く求められるものであった。

 しかしながら、背に(はら)()えられない。

 倹約を(あきら)めて異能(ギフト)を使おうとした――ちょうどそのとき、物資を運びだすために歩いて来たキブトコに、ジウホウミョは背後から声をかけられた。

「……何してんすか、ジウホウミョさん」

 驚き、ジウホウミョが肩を少しこわばらせる。

 (おそ)(おそ)る、後ろに振り向きながらジウホウミョが応えた。

「キブトコ……」

 一方のキブトコは、ジウホウミョに名前を呼ばれながらも「なぜ、ジウホウミョが、こんなところにいるのか」と考えていた。答えを探すべく思いを(めぐ)らせていると、思いのほか早くに見つかった。先ほどまで迷宮(ダンジョン)を見学していたオウギとバシハとが、それである。二人が迷宮(ダンジョン)に来てから経過した時間は、どう考えても一時間に満たない。おおかた、タヤの(むか)えに来ていたジウホウミョを上手く使ったのだろうと予想がついた。

 (あき)れたように、キブトコが口を開く。

「使ったんすね――異能(ギフト)

 言い訳の仕様(しよう)もなく、ジウホウミョは、おずおずとうなずきながら口を開いた。

「……マシサカさんには、内緒にしてくれ」

 被せるようにキブトコが応える。

「ええ、村長()()黙っておきますよ」

 キブトコの(やや)不自然な強調に、ジウホウミョは引っかかりを覚えたものの、取り立てて指摘するほどではないと考えなおすと、礼を言うべく口を開いた。

「……助かる。そうでないと俺だけじゃなくて、バシハたちまで怒られちまうからな」

 キブトコは、そんな仲間思いのジウホウミョに対して、(うらや)みと(さげす)みとが()り混じった複雑な視線を向けると、手に持っていた物資を無造作に地面に置きながら、独り()ちるように口を開いた。

「姉さんは甘いんすね」

 (とげ)のある言い方に、思わずジウホウミョが苦笑いを浮かべる。自分が甘いのではなく、キブトコが厳しいだけなのではないかと、キブトコの性格を茶化(ちゃか)すように、ジウホウミョは冗談を口にした。

「お前が厳しいだけなんじゃねえの?」

 意外にも、その漫ろ言(すずろごと)はキブトコの肯綮(こうけい)(あた)るものであった。図星を指されたキブトコが、思わず、吐き捨てるように口を開く。

「俺は、手前(てめえ)で認めた下人(ムルイ)しか気づかわないんで」

 そう言って、キブトコが迷宮(ダンジョン)へと戻っていく。しばしの間、その後ろ姿を(あわ)れむように見つめていたジウホウミョであったが、気を取りなおすと、自身の愛敬毛(あいきょうげ)をもてあそびながら異能(ギフト)詠唱(えいしょう)をはじめた。

「大いなる存在に()して祈る。洗えぬ羽総(はぶさ)――(かす)かな日差し、浮かんで戻した高物語(たかものがたり)磑風舂雨(がいふうしょうう)――穏やかに(けぶ)目木(めぎ)青衿(せいきん)(ふみ)に寄り()かる。(とう)(へり)(ぬみ)(がん)。《雲脚の影(うんきゃくのかげ)》――これをもって(わざ)とする」

 そうして、オウギとバシハとのあとを追った。このあとジウホウミョは、キブトコから事情を聞いたタヤによって「魔力(まりょく)を無駄にするな」と(しか)られることになる。



 南の村の案内をおえると、オウギとバシハとはエマキエの家に戻るべく西の村へと向かった。遠くに見える稜線(りょうせん)と、その上に()かるようにして靄然(あいぜん)と浮かぶ雲の(とばり)とが、この直前に、ゴミの一件で「日本にいたときの生活」を思い出したせいか、それらを眺めたオウギに郷愁(きょうしゅう)の念を(いだ)かせた。つかの間、オウギは(なつ)かしむように目を細め、ノスタルジックな感傷に(ひた)る。そんなオウギの姿に気がついたバシハが、(あわ)れみと(いぶか)しさとをちょうど半分ずつ混ぜ合わせたような声で、オウギに言った。

「……どうした?」

 やわらかな表情であった。それを見てオウギもまた、バシハに、自身が少しだけホームシックになったことを見抜かれたのだと理解した。そうであるならば取り(つくろ)うだけ無駄であろうと、オウギは今の気持ちを白状する。

「ちょっとだけ、故郷(こきょう)のことを思い出しちゃって……」

 オウギは思う――遠く離れていても、山や雲の形は、あのころと同じなんだな……。踏ん切りをつけさせてもらえないような感じで、少しだけ嫌になる。

 今のオウギには、昨日のように「本当に遠く離れているかどうかは、わからない」などと冗談を言う気にはなれなかった。

 再び、バシハが穏やかな声で言う。

「戻りたいのか?」

 バシハの問いに、オウギは、少しだけ驚いたような顔をしながら答えた。

「どう……だろう」

 オウギは思う――特に、これと言って、日本に戻ってやりたいことがあるわけじゃない。……だからといって、別世界(べっせかい)の人間である僕が、本当にここで生活していくべきなのかとも疑問に思わないわけでもない。……どうしたら、いいのだろう。「ほかにどうしようもないから」という理由で生きていくのは、ここに住んでいる下人(ムルイ)たちに、ちょっと失礼なんじゃないかな?

 オウギの脳裏には、いつか見た記事の「私には、どうしてもやりたいことがあった」というタカラの台詞(せりふ)が浮かんでいた。

 オウギが再び思う――僕にはないよ、そんなもの……タカラさん。

 沈黙を破るように、バシハが、なんともなしに言う。

「戻れるぜ――たぶんな。迷宮(ダンジョン)を【攻略(こうりゃく)】すれば、願いを一つかなえられるっていう(うわさ)だし……」

 意外な一言に、オウギが目を丸くした。()いで、落胆とも安心とも言えない表情で、オウギがバシハに応じる。

(うわさ)……」

 オウギの言わんとすることを察したバシハが、補足するように言葉をつづけた。

(うわさ)――()っても、たしかなやつだよ。実際に、攻略(こうりゃく)したやつが言ってんだからな。『迷宮(ダンジョン)攻略(こうりゃく)すると、その先には親玉が待っていて、その親玉を倒したら願いをかなえてもらえる』っていう感じだったか? 詳しいことは忘れたけどな」

 オウギは、どう反応していいのかわからず、しばしの間、口をもごもごと動かしたのち、微苦笑を浮かべながら言った。

「遠い道のりだね」

『たしかに』と言わんばかりに、バシハは小さく笑った。

 オウギは思う――つまり、それって、日本へ戻るのは現実的じゃないってことだよね? でも――まあ、いいか、今はそれでも。答えを出すのを先延ばしにできただけでも、きっと十分だよ。

 オウギは空元気(からげんき)を出して、作り笑いを浮かべると口を開いた。

「とりあえず今は、もうちょっと、ここで生きてみようかな。……せっかく異世界に来たんだからね!」

 バシハが応える。

「そいつはいい。どうせ、この村の連中に、迷宮(ダンジョン)攻略(こうりゃく)しようなんて考えている下人(ムルイ)は一人もいねえからな」

 それを聞いてオウギは「じゃあ、どっちにしろ無理なんじゃないか」と、今度こそ本当に声を出して笑った。そうして談笑している間に、二人は橋の手前へと着いた。その場でバシハはオウギに、「自分は南の村ですることが少しあるから」と、一人で帰るように指示をした。それに対して、特に不満を(いだ)くことがなかったオウギは、バシハに了承の意を伝えると、浮游の種子(ふゆうのしゅし)を使って橋へと足を踏みだす。慣れとはすごいもので、浮游の種子(ふゆうのしゅし)を使った経験がほんの数回しかないオウギであっても、もう十分に歩けるようになっていた。無論、子供の玩具(がんぐ)のように扱うバシハとは比べるべくもない。オウギは、この三つ子村(みつごむら)の案内の最中に「言いようのない違和感」を覚えたが、それもエマキエの家に戻って来るころには、自身が違和感を覚えたということさえ、すっかりと忘れていた。このことをオウギが思い出すのは、もう少し後になってからのことである。

 この日もまた、オウギは村の下人(ムルイ)たちに囲まれた。だが、それはオウギの話を聞こうとしてではなく、オウギに対して自分たちの村のことを話したいがためであった。そのうちの大部分は対人関係の話であり、「村の下人(ムルイ)の顔と名前とを(ろく)に覚えていない今の状態では、聞いたところであまり意味がない」ということに気がつくと、()もなくオウギは、それらを聞き流した。もっとも、たとえ真摯に耳を傾けていたとしても、オウギの頭では、どれほど理解できたのかは不明である。

『少し――』と言っていたバシハであったが、なかなか帰って来ることはなく、迷宮(ダンジョン)に行っていたキシニのほうがバシハよりも先に戻って来た。

 キシニの姿を確認したオウギが、キシニに向かって口を開く。

「あ……お帰りなさい」

 下人(ムルイ)たちに囲まれたままのオウギに向かって、キシニも応じた。

「ただいま」

 そう言いながら、キシニの視線が横へと動く。オウギの近くにバシハがいないことを見とめると、つづけてキシニはオウギに尋ねた。

「……バシハは?」

 適当な質問であったが、オウギは少しだけ驚いていた。てっきりバシハは、自身の予定をキシニに伝えてあるのだとばかり思っていたためである。

 わずかに緊張しながら、オウギは答えた。

「えっと……。さっきまでは一緒にいたんですけど……。なんだか、南の村に用があったみたいです」

 オウギは思う――どんな用事なのかは、たしか言ってなかったはず。

 オウギの心配をよそに、キシニは特に気にした様子もなく、なんともなしに応じた。

「そうか……。で、案内のほうはどうだ? ちゃんと――してもらったか?」

「はい、そちらのほうは」

 オウギは思う――バシハのことは、あんまり気にしている感じじゃない。たぶん……バシハがいなくなるのは、よくあることなんだ。

 キシニはオウギの返事を聞くと、一度うなずいてから、家の中へと入っていった。そのあとも当たり前のように下人(ムルイ)たちによる節介(せっかい)はつづいていたが、日が傾きはじめると、だれかの言った「そろそろ帰るか」という言葉をきっかけに、各々(おのおの)が、それぞれの家へと向かって、ぞろぞろと戻っていった。ほどなくして、バシハが帰宅する。バシハの姿に気がついたオウギが、そちらのほうに顔を向けた。見れば、バシハが泥だらけになっている。

 オウギが口を開く。

「お帰り。どこ行ってたの? というか、それ――どうしたの?」

 だが、バシハは言葉を(にご)すのみで、オウギの問いに答えようとはしなかった。

「おう――ただいま。……ちょっとな」

 オウギもまた、バシハに答える気がないことを察すると、それ以上、深く聞くことはなく、代わりにバシハの汚れた衣服を指さしながら尋ねた。

「……どうするの?」

「ああ――今度、【ラハキマ】に頼んで洗濯だな。とりあえず今は……」

 そう言ってバシハが着ていた服を脱ぐ。自然と、引き()まった体が(あら)わになった。服の(すそ)をつかんで、ぱたぱたと泥を落とすように服を前後に振りながら、バシハが家の中にいるキシニに向かって叫ぶ。

「キシニ! 汚れた!」

 端的なバシハの物言いに、思わずオウギは「ふふ」と笑った。まもなく、呆れ顔(あきれがお)のキシニが家の外に出て来た。キシニは、バシハの姿を見るやいなや「家の中に入れ」と言わんばかりに、自身の背後に指を向ける。それを見て、バシハはキシニに向かって服を投げながら、オウギの手をとった。

「行こうぜ」

 そう言って、バシハはオウギの返事を聞くことなく、小走りで家の中へと入っていく。バシハに手をつかまれているために、オウギもまた、小走りとなった。とまどいながらもオウギがバシハに尋ねる。

「任せちゃっていいの?」

 バシハがうなずいた。ほどなくして二人の背後から、キシニの詠唱(えいしょう)する声が、かすかに聞こえて来た。

「大いなる存在に(おごそ)かに望む。北は(せせなぎ)――南に門出(かどで)核子(さなご)(よそお)蓮の糸(はすのいと)。東の原名(げんめい)――西に(きぬ)。いざ且々(かつがつ)と威光を知らしめよ。《天へと昇る風(トゥイスタ)》」

 こうして、オウギのキザワシカでの二日目がおわった。明日は、いよいよ【戦闘地帯(バトル=エリア)】に入る。

21/1/10――誤字の訂正をしました。

21/5/12――「浮遊の種子(ふゆうのしゅし)」という作中用語を「浮游の種子(ふゆうのしゅし)」に改めました。

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