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僕と君との迷宮攻略――序  作者: 御咲花 すゆ花
第一章――三つ子村
6/28

二日目――案内(甲)

 朝になった。まぶしく、そして暖かな日の光で、オウギが目を()ます。隣を見れば、横で寝ていたはずのバシハの姿がない。すでに起床していることが見て取れた。まもなく、オウギは慌ただしい足音が聞こえることに気がついた。音のするほうを見れば、キシニがせわしなく動いているのがわかった。昨日とは格好が異なり、腰に()いた【片手剣(かたてけん)】がオウギの目に()まった。

 オウギが目覚(めざ)めていることに気がついたバシハが、食卓の奥のほうから二人分の朝食を持って来て、そして、オウギの横に腰をおろした。同じように、オウギの起床に気がついたキシニが、オウギの顔を見るやいなや口を開く。

「――んじゃ俺、今日、当番だから」

 そう言うと、返事も聞かずに、キシニは小走りで玄関のほうへと向かっていった。姿の見えなくなったキシニに向かって、バシハが、気が抜けた返事をする。

「はいよ~」

 家の外に出たキシニであったが、オウギに伝え忘れたことがあるのを思い出すと、縁側(えんがわ)に回って、外からオウギに声をかけた。

「オウギは、ウノカかバシハに、村を案内してもらえ」

 背後から突然、声をかけられて、オウギは思わず体をこわばらせた。だが、それも一瞬――すぐに、オウギはキシニに応じた。

「あ、はい」

 そう言って、後ろを振り向いたオウギであったが、すでに、その場にキシニの姿はなかった。ぽかんとしたままのオウギに向かって、バシハが朝食のパンを口にほおばりながら言う。

「ふつうに俺でいいだろ」

 それに対して、オウギは「う、うん」と、あいまいな返事をした。バシハと同じように、朝食のパンにかじりつきながら、オウギが尋ねる。

「当番って?」

 ()を置かず、バシハが答えた。

迷宮(ダンジョン)

 合点がいったとばかりに、オウギが小さくうなずいた。

「ああ……」

 手早く朝食をすませたバシハが、つけ加えるように口を開く。

「まあ、割り振られている『当番』以外の下人(ムルイ)が参加しちゃいけねえ――ってわけじゃねえから、迷宮(ダンジョン)挑戦(ちょうせん)したいなら、しに行くか? どうせ村の案内なんて、(たい)した時間なんか()かんねえよ。俺に言わせりゃ、ていねいに説明するだけムダだね――数をこなさなきゃ、場所なんてどうせ覚えねえ」

 バシハの率直な意見に、感心したオウギが「ふふ」と笑った。

「ありがと。でも、どうしよっかな……」

 オウギは思う――たしかに、ダンジョンのことは気になっている。でも、さっきのキシニさんの格好……どう見ても、建物の中を探索するっていう感じじゃなかった。あれは……何かと戦うための武器だよね?

 そこで、ふと、オウギは隣に座るバシハを見つめた。

 オウギが再び思う――そういえば、バシハも出会ったとき、腰に短い刀を差していたっけ? 今にして思えば、あれもダンジョンに行くからだったのかな? ……いや、疑うのは()そう。まだ、戦うと決まったわけじゃない。あくまでも探索がメインで、武器は用心のために持っているだけかもしれないんだから……。

 オウギが口を開く。

「じゃあ、案内が早くおわったら、ちょっとだけダンジョンにも足を運ぼうかな」

「おう」

 そう言うと、バシハは茶目っけのある笑みを浮かべた。「案内が早くおわったら――であるのだから、案内そのものを早めに切りあげてしまえばいい」と、バシハは、そう考えたのである。

 バシハの思惑(おもわく)に気がつかなかったオウギは、特に気にすることもなく、そこで思い出したように口を開いた。それは先ほどのバシハの台詞(せりふ)に関するものであった。

「……あれ? ――ってことは、当番以外の下人(ムルイ)は『自由参加』ってことだよね?」

「そうだな」

「参加すると、何かいいことがあるの?」

 オウギの問いに、バシハが一度、小首をかしげて小さくうなってから、答える。

「村全体の利益を除いて――ってことだよな? 居喰(いくい)に参加できるくらいだな」

居喰(いくい)……」

 バシハの言葉をくり返しながら、にわかに、オウギは昨日のことを思い出した。そんなオウギの心中を察したバシハが、慌てて口を開く。

居喰(いくい)――()っても、昨日みたいな遊びじゃねえぜ。ちゃんと、村全体でやるやつな。まあ、実際に参加したほうが(はえ)えから、今度、居喰(いくい)が開かれたら一緒に参加すっか」

 バシハの申し出に、オウギは感謝の言葉を口にした。

「うん、ありがとう。でも、まだ僕、迷宮(ダンジョン)に自由参加してないよ?」

 明日は、オウギも迷宮(ダンジョン)に向かうことになっているが、これを自由参加と呼べないことはオウギにも予想がついた。オウギの返事を聞いて、バシハが謝罪の言葉とともに、話の補足をする。

「ああ、(わり)い。月に三回までは、だれでも参加していいんだよ――もちろん、オウギもな」

 感心したようにオウギがうなずく。

「へえ、そうなんだ」

「ああ。みんながみんな、迷宮(ダンジョン)挑戦(ちょうせん)できるわけじゃねえから」

 オウギは思う――あれ? 持ち回りでやるんじゃないの?

 バシハの意味深な発言に疑問を(いだ)いたオウギであったが、今日は村の案内をしてもらう予定であったことを思い出すと、頭を横に振って余計な考えを追い払い、バシハに(なら)って急いで朝食を食べおえた。それを見計らって、バシハが立ちあがりながら言う。

「――んじゃ、まあ、行くか」

 そう言うとバシハは、二人分の飲み物を取って来るために家の奥へと向かった。少しして、バシハが飲み物を持って戻って来る。

「ほらよ」

 そう言って、バシハはオウギに飲み物を手渡した。オウギがそれを受け取ると、二人は家を出た。



 すれ違う下人(ムルイ)が、二人に簡単な挨拶(あいさつ)をして来る。オウギもそれに応じ、同時に、下人(ムルイ)の目元にある「黒い(あと)」を見とめて、自身が「それ」について尋ねようとしていたことを思い出した。

 オウギは思う――けっこう親しくなったし、バシハになら聞いてみてもいいんじゃないかな?

 そう考えたオウギが口を開く。

「ねえ。その目じりの黒い(あと)って、なんなの?」

 尋ねられたバシハが、オウギのほうに顔を向けながら答えた。

「なに――って、【ノネ】の(しる)しだろ? お前と一緒だよ」

 自身と一緒であると言われ、思わずオウギは否定しそうになった。

「僕のこれは……」

 そう言いながら、オウギは自身の目じりにある傷跡に触れる。だがそこには、いつもの「治りきっていないような感覚」はなかった。少し驚いたオウギであったが、その変化がキザワシカに転移したためであることを直感的に理解した。

 オウギが思う――治ったのか? いや、たぶん違う。……これは、きっと、この世界に来たことによって生じた何かしらの変化なのだろう。

 考えごとにふけっていたためにオウギの足は止まり、それに()られるようにしてバシハもまた、小首をかしげたまま立ち止まった。オウギに、次の台詞(せりふ)を促すように、バシハがオウギの言葉をくり返す。

「――これは?」

 それに対してオウギは、「なんでもない」と言うように、首を横に振った。

「ごめん――気のせいだった」

 それを聞いたバシハが、茶化すように軽く肩をすくめた。オウギは、バシハのもとに小走りで近寄りながら尋ねる。

「それよりもノネって?」

 思いもよらぬオウギの問いに、つかの()、バシハの思考が止まる。別世界(べっせかい)にもノネがあったのであれば、このような質問をオウギがする(はず)ないからである。だが、バシハは、昨夜ウノカが言った「実際は天授子(スカイ=ジュブナイル)と変わらないらしい」という台詞(せりふ)を思い出すと、それ以上、深く考えることはせず、なんともなしに応じた。

「性別」

 想像だにしなかった返答に驚き、思わずオウギは聞き返していた。

「……性別?」

 うなずきながらバシハが、くり返す。

「そう、性別」

 (なか)ば放心状態になりながら、オウギが応じる。

「そう……なんだ」

 オウギは思う――ああ……うん。これは……深く考えるのは、やめとこうかな? 何も考えないのが、僕の特技でもあるんだし……。

 キザワシカの下人(ムルイ)における性別は、ノネまたは【マーギスタ】のうち、いずれかである。これらの性別を決定しているものは、生殖器ではなく、左目の目じりに存在する三本の黒い(あと)――この有無である。言わずもがな、有しているものがノネであり、そうでないものがマーギスタである。下人(ムルイ)は生殖器を持たず、したがって下人(ムルイ)の繁殖は生殖器によらない。以前に、天授子(スカイ=ジュブナイル)そのものが神聖視されなかったと述べたが、その理由の一つはここにある。詳しくは、またの機会に触れよう。加えて、転移者(てんいしゃ)について説明する際に、下人(ムルイ)たちは大地が生殖器によらず転移者(てんいしゃ)を作り出しているとしても疑問を(いだ)かないと述べたが、これは言葉の(あや)であった。当然である――そもそも、そこには疑問を(いだ)く余地なぞないのだ。

 ノネあるいはマーギスタ、どちらの性別であっても大差はないが、便宜上(べんぎじょう)、ノネの友于(ゆうう)を【姉妹(しまい)】、マーギスタの友于(ゆうう)を【兄弟(きょうだい)】と呼んでいる。言うまでもなく、年上の友于(ゆうう)が姉または兄であり、年下の友于(ゆうう)が妹または弟である。したがってバシハから見れば、年上のマーギスタであるキシニは兄となる。ただし、自身の友于(ゆうう)でなくとも、(たわむ)れに、あるいは親しみを込めて相手を姉妹(しまい)ないし兄弟(きょうだい)と呼ぶことがあるのは、別世界(べっせかい)と同じである。なお、両親(りょうしん)(あつか)いは、これと同じではない。これもまた、詳しくは、またの機会に触れよう。

 再び二人は歩きだした。そうして、二人はエマキエの家の裏手へと回る。少し歩くと、オウギにも見覚えのある景色が立ち現れた。それを見て、オウギが口を開く。

「あれ? ここって昨日、僕たちが出会った場所じゃ?」

 オウギの言葉にうなずいたバシハが、木の枝に手を伸ばしながらオウギの問いに答えた。

「そうだな。昨日も『これ』を取りに来てたんだ――っと、あった、あった。これだよ、これ――浮游の種子(ふゆうのしゅし)

 バシハの伸ばした手の先には、無患子(ムクロジ)の種子のような黒い果実をいくつも実らせた果樹がある。オウギとバシハとが今いる一帯には、同じ果樹が至るところに生育していた。それらの果実のどれもが双子であり、一本の果柄(かへい)からは二個ずつ実がなっている。辺りを見回したオウギの目には、ちらほらと双子ではなく、単体の「浮游の種子(ふゆうのしゅし)」も映るが、それは、あくまでも下人(ムルイ)のだれかが採集したために一つになっただけである。そのうちの一つを採集すると、バシハはそれを手のひらの上に乗せ、オウギに見せるように差し出した。

 オウギは思う――なんか、羽子板(はごいた)で使う(たま)みたい。

 バシハが口を開く。

「今からこれを使うんだが……四つあれば事足(ことた)りるから、取るのは四つでいい。実が白いやつは、まだ()れてないやつだから、やめておけ。それから、この辺には生えてねえけど、もうちょっと奥のほうに行くと、【翺翔の種子(こうしょうのしゅし)】っていう、これとはまた違う実があるから気をつけろ――()ってもまあ、色が黄色だし、形も(ちげ)えから、間違えることはねえだろうけどな」

 オウギはバシハに対して、理解したということを示すべく、何度も小さくうなずいた。そして、バシハに促されるままに浮游の種子(ふゆうのしゅし)を四つ採集する。

 オウギは思う――使うって、どういうことだろう?

 オウギが心中でつぶやいた疑問に答えるように、バシハが口を開いた。

「使うのは、もうちょい先だから、取ったら、このまま持って『橋』のところまで歩くぜ」

 二人が移動する。バシハの指す「橋」は、オウギの目にも、すぐに映った。

 村の端。地面の一か所が、すぼまるようにして、大きく外に突きだしている。そしてそれは、南の村にある同じような場所と合わさり、一つの巨大な天然の橋となっていた。見た目には、村の地面と変化はないが、道の(はば)が極端に(せま)く、大人の下人(ムルイ)一人がどうにか通れるほどの広さしかない。長さは、オウギの感覚で「二十ないし三十メートル」。(さく)はなく、もし足を踏み外したならば、地の底へと真っ逆さまに転落することは明らかであった。ここに(さく)や「手すり」にあたるものを設けないことには理由がある。この理由については、またの機会に触れよう。

 バシハは、橋の前で立ち止まると、オウギのほうに振り向きながら口を開いた。

「――んじゃあ今から、この『浮游の種子(ふゆうのしゅし)』を使うぜ。浮游の種子(ふゆうのしゅし)ってのは、橋から転げ落ちねえようにするためのもんだ。使い方は簡単、実を一つ口の中で()んで、()きだす。ちゃんと、実が(はじ)けるまで口の中で()むんだ。そしたら、そのあとは別にそのまま飲みこんでも構わねえ……が、恐ろしく不味(まず)いからな――俺は(すす)めねえぜ。丸飲みしなきゃ、それで大丈夫だ。効果は六十秒つづく――ただし、一度使ったら、もう一回使えるようになるまで一時間くらい待たねえといけねえから、そこだけ注意しろ。以上――何か、聞きたいことあっか?」

 オウギが応える。

「『昨日も取った』って言うけど、取ってすぐじゃないと効果がないの?」

 バシハが首を横に振って、オウギの問いに答えた。

「いや、いつ取ったのでも構わねえぜ。ただ、取ってすぐのやつが、一番、マシだ」

 そう言って、バシハが嫌そうに顔をしかめながら舌を出した。それを見てオウギは、バシハが言わんとしていることを理解した。

 オウギは思う――なるほど。味が美味(おい)しくないってことね。

 手本を見せるように、バシハが浮游の種子(ふゆうのしゅし)を一粒、口の中へと()れる。一噛(ひとか)みすると、そのまま「ぺっ」と外に吐きだした。バシハに(なら)って、オウギも浮游の種子(ふゆうのしゅし)を口の中に()れると、それを()んだ。口の中いっぱいに苦味と渋味とが広がり、その衝撃的な不味に思わずオウギは、声をもらした。

「うっ……」

 オウギは思う――想像以上に、おいしくない。……これは僕もバシハと同じように、使うぶんだけ、直前に取ろう。

 オウギが口の中の浮游の種子(ふゆうのしゅし)を外に吐きだす。そのことを確認したバシハが、オウギに向かって手を差し伸べながら言う。

「初めてだよな――手、つないでてやるよ」

 オウギは、「バシハは、いったい何を言いだすのか」と驚きながら、その誘いを断った。

「いや、いいよ」

 オウギの返事に対して、「意外だ」と言わんばかりの表情を浮かべながら、バシハが応じる。

「そうか? たぶん転ぶぜ、気をつけて踏みだせよ」

 バシハの言葉に促されるようにして、オウギが足を一歩、前へと踏みだす。その瞬間に、オウギは、バシハの発言の真意を理解した。

 オウギは思う――体が……軽い。なんていうか……地面に向かって、足を無理にでも押しださないと、うまく歩けそうにない。

 踏みだしたオウギの足は地面につくことなく、そのままオウギは、空中で滑るようにして転ぶ――が、すんでのところで、バシハがオウギの腕をつかんで、その体を元のように起こさせた。

 なんともなしにバシハが言う。

「だから言ったろ」

 そう言ってバシハは、オウギの腕から自身の手を離すと、再びオウギに向かって手を差し伸べた。

「ご、ごめん」

 気恥ずかしくなりながらも、オウギは、その差し伸べられたバシハの手をにぎる。

「恥じんな――初めてのやつは、みんな、こうなる。歩きだすぞ、タイミングを合わせろ。はい、ゆっくり……一、二。一、二……」

 バシハに手を取られながら、オウギは橋を歩きだした。直後に、西の村からの喧騒(けんそう)()んだことにオウギは気がつかなかった。

21/5/12――「浮遊の種子(ふゆうのしゅし)」という作中用語を「浮游の種子(ふゆうのしゅし)」に、「滑空の種子(かっくうのしゅし)」という作中用語を「翺翔の種子(こうしょうのしゅし)」に改めました。

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