一日目――エマキエの家(中)
村長の家にて、マシサカとボクノヤミとによってオウギの処遇についての話し合いが行われていたころ、肝心のオウギは、村の下人たちからの質問攻めにあっていた。場所は、キシニの家の縁側である。オウギは家の中に入ったままであるが、縁側の外に、噂に釣られた下人たちがぞくぞくと集まって来ているのだった。初めは、抵抗や逃走を試みたオウギであったが、みなの「きらきらと輝かせた瞳」と、「今にも中へと入って来そうな雰囲気」とに根負けし、遂には、延々とされる質問に対して、同じように延々と応答する次第となった。一方のオウギも、縁側へと集まった大勢の下人を目にして、その目元にある黒い痕から、自身がそれについて尋ねようとしていたことを思い出したが、同時に、キシニに言われた「どうせ村からは出られないのだから、わざわざ揉め事を起こさなくてよい」という話も思い出したために、「今すぐに必要なことでもないのだから、聞くのは、もっと親しくなってからでもいいか」と考えなおし、結局は尋ねないことにした。
子供が口を開く。
「どこから来たの?」
オウギは、しばし、答えに窮した。
「ええっと……『遠いところから』かな」
オウギは思う――本当は、遠いかどうかは僕にも、わかんないんだけどね……。近いってことはないよね……。たぶん、ここは地球じゃないだろうし。
オウギの返事を受けて、また、別の子供が口を開く。
「『遠い』ってどのくらい? ここから【潮風の村】くらい?」
潮風の村とは、大陸の端にあった地域のことである。このことを知るはずのないオウギは、当然ながら先ほどよりも答えに窮することになった――が、潮風の村の場所について子供に聞き返したところで、オウギは肝心の「日本と三つ子村とが、いったいどのくらい離れているのか」ということについて知る由もないために、それを聞き返したところで、どうしようもないことは明らかであった。結果、オウギは半ば自棄を起こしながら、それに答える。
「う~ん……うん! そう――なんじゃないかな?」
オウギが再び思う――っていうか、潮風の村ってどこ?
オウギの返事を聞いて、尋ねた子供が「ずっと夢に見ていたものを遂に耳にした」と言わんばかりに、満面に笑みをたたえた。それを見てオウギは、軽はずみに答えるんじゃなかったと、少しだけ胸が痛くなった。
今度は、大人の下人がオウギに尋ねる。
「元いたところの迷宮は、どんな感じだったんだい?」
思わず、オウギが聞き返す。
「え? ダンジョン?」
『ダンジョン』と言われても、オウギの頭に思い浮かぶのは、駅の下に広がる入り組んだ空間のほうであり、下人の言う「それ」ではない。
オウギが「さて、どうしたのもか」と思案していると、そこにウノカが戻って来た。先述したように、ウノカは村長の家に行っていたのである。いつの間にか外に出て来ていたキシニが、ウノカの姿に気がついて声をかける。
「どうだった?」
言わずもがな、オウギの話である。
ウノカが答えた。
「オウギは、この村のあずかりとなった。迷宮には『明後日、バシハが当番のときに、一緒に来るように』ということだ」
ウノカの返事を受けて、キシニがつづける。
「なるほど。『ここ以外の村の案内は、明日のうちに済ませておけ』っていうことだな」
ウノカが、キシニの発言にうなずいた。
「そのとおりだな。迷宮の位置は、知らなくてもバシハと一緒に行くのだから構わないが、浮游の種子が生えている場所とか、案内しておいたほうが何かと都合がいいところは、あるだろうね」
キシニとウノカとの会話に耳を傾けていたオウギが、再び「迷宮」という単語を聞いて、訝しげに二人を見つめた。
オウギは思う――又だ……。また、ダンジョンって言っている。
キシニが、独り言のようにつぶやいた。
「まあ、生えている場所なんかは、一目瞭然という気がしないでもないが……」
そこでキシニが、はたと気がつく。「そう言えば、今しがた子供らの間で話題にのぼった『潮風の村』では、たしか、浮游の種子が使われていなかったのではなかったか」と。もしかすると、オウギは浮游の種子を使ったことがないのではないかと、そのことに思い至ったキシニは、オウギのほうに振り向くやいなや、口を開いた。
「ん? そういや、オウギは浮游の種子を使ったことがあるのか?」
二人の話に耳を傾けていたオウギであったが、自身に問いを投げかけられるとは思っていなかったために、少しだけ慌てながら、それに答えた。
「い、いえ……ないですけど」
オウギは思う――そもそも「ふゆうのしゅし」ってなんだろう? たぶん、何かの種のことだとは、僕も思うけれど……。
キシニが、なんともなしに返事をした。
「そうか、初めてか」
キシニとウノカとは、オウギの返答に対して、別段、不自然さを覚えることはなかった。普段から浮游の種子を用いる地域は、決して多いとは言えず、オウギが浮游の種子を使ったことがなかったとしても、驚くには及ばないからだ。
キシニがウノカのほうへと向きなおり、話を再開しようとする。それを見て、「尋ねるタイミングは今しかない」と考えたオウギが、縁側から顔を外に出しながら口を開いた。
「あの……それより、ダンジョンっていうのは?」
その言葉に、一同が静まりかえる。キシニとウノカとも、驚いた様子で一斉にオウギのほうを振り向いた。
ここで、オウギの尋ねたものが浮游の種子そのものであったならば、オウギが知らずとも驚くには及ばなかった。なぜならば、先述したように、キザワシカにおいては浮游の種子を使わない地域が大半であり、日常的に使用している地域は三つ子村だけだとさえ言えるからだ。普段から使わないものを知らなかったとしても、それは驚くには及ばない。だが、迷宮ともなれば話は別である。どの地域の下人であっても、迷宮を利用して生活しているのであって、下人たちからすれば「迷宮を知らない」なぞということは考えられないのである。
一堂の沈黙を破って口を開いたのは、目を見開いたままのウノカであった。だが、それはオウギの問いに答えるためのものではなく、オウギに対してさらなる説明を求めるためのものだった。
「……。元いた場所にはなかったのか――迷宮。どうやって生活していたんだ?」
先述したように、転移者という存在は三つ子村にも伝わっている。だが、ここで伝わっているのは、あくまでも「世界には、どうやら転移者という存在がいるらしい」という部分にとどまっており、転移者の語る個別の話までが伝えられているわけではない。これは、三つ子村に限らず、ほかの地域においても基本的には同様である。余程、転移者に対して強い興味を抱いている地域でなければ、転移者の語る話の内容までは知らないのである。現に、縁側に集まっている下人のうちの幾人かは、すでにオウギの話す内容には興味をなくし、いかに自分たちの村についての説明をするかという方向に関心が盛り上がっていた。
ウノカの問いに、冷静さを取り戻したキシニが、オウギに代わって応じた。
「こっちで言う【風遊鳥】みたいなもんじゃねえの?」
キシニの意見は、オウギの実情に照らして考えると、いささか的外れなものであるった。と言うのも、間接的にとはいえ、風遊鳥も迷宮を利用して生活していることに違いはなく、迷宮そのものが存在しない世界で暮らしていたオウギと、せいぜいが迷宮に詳しくないだけという風遊鳥とを同列に論じることはできないからだ。このことを知らなかったキシニは、先ほどのオウギの発言を聞いても、それが元いた世界に迷宮がなかっためによるものだとは考えず、風遊鳥のように迷宮に詳しくないためによるものだと考えたのである。
ウノカは、合点がいったとばかりに、何度も小さくうなずいた。ウノカもまた、キシニの言葉を聞いて、単にオウギが迷宮に通じていないだけであると考えなおしたのである。次いで、再び口を開いた。今度は、オウギの問いに答えるためのものであった。
「なるほどな……。ああ――それで迷宮っていうのは、俺たちが生活するうえで、なくてはならない不思議な建物のことだよ」
オウギは、独り言ちるようにウノカの言葉をくり返した。
「不思議な建物……」
ウノカが、つづける。
「実際に見たほうが早いと思うが――明後日には君も行くんだ、急ぐことはないだろう」
それに対してオウギは「は、はあ」という、あいまいな返事をした。
ちょうどそのとき、場が静寂に包まれていたために、遠くから、下人の怒鳴る声がはっきりと聞こえて来た。
「転移者だと!? 冗談じゃない――俺は信じないぜ。転移者は天授子と対の存在だろう!」
天授子については、すでに見たとおりである。言葉どおり、天より授かる子どものことだ。では、いったい「転移者は天授子と対の存在」とは、どのような思想なのであろうか。あらかじめ予告していたように、ここで、転移者は天授子と対になる下人であり、その順番は、天授子のあとに転移者が現れるという思想について少しだけ触れよう。端的に言えば、これは、先に現れる天授子を持て成すために、大地が転移者を作り出しているという思想なのである。
先述したように、天授子は天衣をまとっているために、上空より光り輝きながら舞いおりて来る。この様は非常に神々しく、古くから下人たちは天授子を「天空の使い」として神聖視して来た。ただし、ここで神聖視されたのは天授子本人ではない。ある理由から、「天授子が舞いおりて来た場所」が神聖視されることになったのである。この「ある理由」については、またの機会に触れよう。翻って、転移者がどのようにキザワシカに現れるのかといえば、これはオウギと同じである――すなわち、キザワシカの大地に、突如として現れるのである。上空より現れる天授子と、大地より現れる転移者とを「対」と見なしたのは、自然な反応であった。
ところで、転移者の格好は、先述したように基本的には転移する前の格好となる。言い換えるならば、白色に定まっている天授子の天衣とは異なり、転移者の格好は様々であり、また彩りも豊富で、鮮やかである。この天授子の格好と転移者の格好とにも、対を連想するものが含まれている。それは言わずもがな、色と形である。古来の下人たちは、天衣が全て白色で一様の形であるのは、代わり映えのしない「天空」を表しているためだと考えた。翻って転移者の格好は、先に見たように様々であり、また彩りも豊富で、鮮やかであった。この「様々な形があり、また彩りも豊富で、鮮やかなもの」とは、キザワシカにおいては、いったいなんなのであろうか。とりもなおさず、それは世界そのものであり、キザワシカそのものであった。転移者の格好は、大地に溢れる種々のものを表しているのだと考えられたのである。
対の思想については如上のとおりであるが、現れる順番は、なぜ「天授子が先で、転移者が後」なのであろうか。これは、キザワシカに初めて現れた転移者に理由がある。この転移者は、天授子が現れた直後の地域に現れたのである。大地が、天空の使いに対して応えているのだと見なされたのだ。そして、決定的だったのは、両者が死亡したときに起きた出来事であるが、この出来事については、またの機会に触れよう。
無論、これは二つの点で、転移者であるオウギには納得しがたい考えである。二つの点というのは、一つは「転移者を一人の下人として見たときに、生殖によらないで下人が誕生していること」であり、もう一つは「オウギが、自身を一人の転移者として見たときに、世界であるキザワシカそのものが自分自身を作り出しているとされていること」である。だが、これらの点は、キザワシカで生活してる下人たちからすれば疑問を抱くほどのことではない。なぜならば、現に天授子は、自分たちの行動とは無関係に空より舞いおりて来るのであって、天空が作り出していると考えるほかない。このようなものが存在する中で、いまさら大地が転移者を作り出したとしても、下人たちからすれば驚くには及ばないのである。むしろ、下人たちにとって疑問なのは、「なぜ、大地が下人を作り出して『天空の使い』に応えているのか」ということであった。言わずもがな、それは持て成すためだと考えられたのである。
そうは言っても、あくまでも転移者は、キザワシカとは異なる世界からやって来る存在に違いはない。「【別世界】からやって来た」という事実が広まるに連れて、大地が転移者を作り出しているという考えは、額面どおりの受け取り方をされなくなった。すなわち、「大地は、別世界から下人をキザワシカに引き寄せているのだ」と考えられるようになったのである。このように、転移者に対する認識こそ変化したものの、転移者が、天授子のあとに現れる天授子を持て成すための下人という基本的な部分に、変化は生じなかったのである。あくまでも、転移者と天授子とは対であるという思想なのだ。
しかし、この「対である」という思想も次第に綻びが露呈する。と言うのも、ボクノヤミがオウギの扱いに際して疑問を抱いたように、転移者の数は、天授子の数に比べると圧倒的に少ないのである。根本的に、両者は「一対」にはなりえなかったのだ。だが、この「転移者は天授子と対になる下人であり、その順番は天授子のあとに転移者が現れる」という思想は根強く、古くは、通常の下人を転移者と偽って天授子の「付き者」として扱うことが少なくなかった。今でこそ、このようなことをする地域は極端に減ったものの、それでも一部の下人たちにとっては、それが落ち着きを悪くさせるものであることに変わりない。現に、バシハがオウギに対して強い警戒心を抱いていたのも、これが理由であり、遠くで下人が「冗談じゃない――俺は信じないぜ」と怒鳴っていたのも、これが理由であった。この思想を信じている下人には、転移者が天授子よりも先に現れてしまうという事態を簡単には受け入れられないのである。
怒鳴る下人の声を聞き、キシニが独り言のようにつぶやく。
「まあ……昔は『そういう考え』しかなかったから、言いたくなる気持ちはわかるが……」
オウギもまた、怒鳴り声を聞きながら、先ほどもウノカから「天授子」という言葉を聞いたことや、同じように憤りを露わにしていたバシハのことを思い出していた。
オウギが思う――そういえば、さっきも聞いたな……スカイ=ジュブナイルって。それと一度、バシハさんとも、ちゃんと話をしてみたいかな。まあ……あの様子だと無理かもしれないけど。
オウギは、天授子という言葉が意味するものについて尋ねるべく、口を開いた。
「あの~、スカイ=ジュブナイルっていうのは?」
ウノカが、なんともなしに答える。
ウノカが平然と応じられたのは、言わずもがな、先ほどキシニから「オウギは風遊鳥のようなものではないか」と言われていたためである。無論、そこに一切の逡巡がなかったわけではない。「天授子に関していえば、おそらくは風遊鳥のほうが詳しい」と、このように考えられたからである。だがウノカも、自分自身が天授子についてよく知っているわけではないと考えなおすと、それ以上、深く考えることはしなかった。
「空からの『使い』みたいなものかな。君のように『突然、現れる下人』だけれど、別世界から来るわけじゃないんだ」
オウギが再び思う――転生者みたいな感じ……なのかな?
オウギたちの会話が一段落したことを見て取った下人たちが、再び、各々の言いたいことや聞きたいことをオウギにぶつけはじめた。時刻は、まもなく正午を迎える。当番として迷宮に行っていた下人たちが、帰って来る時間である。
※
続々と、【挑戦】をおえた下人たちが迷宮の中から外へと出て来る。その手に提げられた袋の中には、象牙色をした巨大な卵や彩りの豊かなカプセル、衣服や種々の食料、あるいは先ほどオウギが飲んでいた透明な容器に入った水など、実に様々な物資が溢れんばかりに入れられている。この下人たちは、自発的に挑戦に参加した下人を除けば、すべて当番の下人であるため、その中には、当然ながら、バシハの姿もあった。
バシハは、迷宮の外に出て来るやいなや、うなだれ、深い溜め息をついた。
「はあ……」
バシハが溜め息をついた理由は単純である。バシハは、迷宮でいくつもの小さなミスを起こしてしまったのだ。と言うのも、バシハは、当番に向かう前に出会った転移者であるオウギのことが気になって、うまく挑戦に集中することができなかったのである。それは、普段のバシハからは考えられないようなミスばかりであった。
バシハの後ろから、小走りに下人――【タヤ】――が駆け寄って来る。背丈はオウギよりも稍高く、細身で格好がいい。ぱっちりとした瞳と優しげな笑みとは、見る者に人当たりが柔らかそうな印象を与え、足を動かすたびに小さく揺れる「バシハよりも少しだけ伸びた赤白橡の髪」は綺麗に垂らされていて、美しい顔立ちに一層の花を添えていた。
タヤが、バシハの背中に声をかける。透き通るような高い声であった。そのままタヤはバシハの隣にまで近づくと、バシハの顔を覗きこむようにしながら口を開いた。タヤは、バシハが小さなミスをくり返すことに不自然さを覚え、バシハのことが心配になったのである。
「ねえ、バシハ。今日、小さな失敗がすごく多かったみたいだけれど、どうかした? 大丈夫? 体の調子が悪い?」
タヤの問いに、バシハは「心配はいらない」と言うように、小さく首を横に振った。
「タヤ……。いや、なんでもねえ。体は大丈夫だ――気づかってくれて、ありがとう」
バシハの返事を聞いたタヤが「そっか」と言いながら、小さくうなずいた。バシハ本人が「大丈夫」と言っているために、タヤも、それ以上強く言うことはできなかった。
「……なら、いいんだけど……」
口では、そのように言ったタヤであったが、「元気のないバシハを前にしても何もできない自分自身」に対して、形容しがたい歯がゆさを感じていた。
下人たちが、それぞれの村へと戻っていく。ある者は南の村に、また、ある者は西の村にといった具合に、それぞれが各々の家へと向かっていく。バシハもまた、南の村で一段落したのち、西の村に帰るべく、両者をつなぐ「橋」へと向かった。
※20/11/19――新たに「別世界」という作中用語を設けました。これに伴いまして、本文の一部の表現を変更しました。
※21/2/6――新たに「出現」という作中用語を設けました。これに伴いまして、本文の一部の表現を変更しました。
21/5/12――「浮遊の種子」という作中用語を「浮游の種子」に改めました。




