三日目――南の村(7)
ボクノヤミとの鍛錬がはじまった。基本的には体力づくりが中心となるが、より実践的な片手剣の振り方や魔物に関しての詳しい説明も並行して受ける。袈裟懸けをするように片手剣を斜めに振っていくオウギに対し、ボクノヤミも自身の得物をオウギの片手剣に合わせるように左右から軽く振りあげながら口を開いた。
「多くの場合、魔物は私たちよりも背が低いので足元から攻撃してくる形になります。攻撃にあたらないようにするためには相手を叩き落とすことが一番です。それができないときは――」
そこでボクノヤミは言葉を区切ると、オウギとの間合いを一瞬にして詰めた。反射的にオウギが後ろへとさがる。距離の確保――ついさっき、ボクノヤミより教わった戦い方であった。
言われたことをきちんと守るオウギに向かってボクノヤミは笑みを見せながら再び口を開く。
「――そのとおり、魔物から離れるようにしましょう。この調子でいけば五日後には魔物との実戦もできそうですね」
その後もしばらく、鍛錬はつづいた。
※
気がつくと、日暮れなっていた。バシハとモイとの特訓はすでに終了しており、バシハはオウギの鍛錬が済むのを待つ形となっていた。少しすると、ボクノヤミが「今日はこのあたりにしましょうか」とオウギに声をかけた。それを見計らってバシハもオウギへと近づいていく。だが、肝心のオウギはくたくたになったためにその場に腰をおろしていた。
オウギは思う――あと四日もこれがつづくのか……。しんどいな。日頃の運動不足がよくわかる。
へたりこむオウギへと向かってバシハは心の声を読んだかのように「鍛錬せずに魔物と戦うほうが大変だぜ」と口を開く。それに対し、オウギが笑いながら「努力しない方法ってないかな?」と尋ねれば、バシハは「魔力が馬鹿に多いなら異能を使ってどうにかなるかもな」と答えた。
オウギは思う――つまり、それは無理ってことだよね? そもそも僕の異能は攻撃用じゃないんだし……。
差し出されたバシハの手をオウギがつかんで立ちあがると、二人は西の村へと戻るための浮游の種子を採集するべく、木立のほうへと歩いていった。
※
南の村では浮游の種子と翺翔の種子とが住み分けされていない。それぞれの果樹が交互に生えているような形である。
オウギは思う――昨日、バシハに言われた別の実はこれのことか。
オウギは自分のほうへと手繰り寄せた親指ほどの大きさの黄色い果実を興味深そうに眺めているが、オウギが三つ子村へと転移したときに自分の周りにあった果実と同じである。この実は何に使うのだろうかという疑問をオウギが抱いていると、バシハが「追放のときくらいだな」と口を開いた。
オウギが聞き返す。
「追放?」
「そう、追放。村の掟を破った下人を地域から追い出すんだ」
「掟にはどんなものがあるの?」
「ああっと……正確なやつはマシサカに聞かねえと、俺にもわかんねえな。まあ、大体は共同体に不利益を与えちゃいけねえとかだと思うぜ。ふつうに生活してりゃ心配のいらねえものだよ、あんま深く考えなくていい。実際、直近の追放だって俺が生まれて来るより前だしな」
少しだけ気になったオウギが「その下人はなんで?」と話題を掘りさげた。浮游の種子に向かって手を伸ばしていたバシハは採集を中断すると、遠くを見つめながら口を開いた。
「『なんで追放されたのか』ってことか? なんでも貴重品を独占していたらしい。貴重品に限らず、物資はすべてみんなのものっていう意識が強いんだが、中でも貴重品は特別だ。はっきりと『村のものだ』って決めてあるんだよ。ただ、そいつはそれを独占しちまった。そいつもワガイルカと同じ鑑定の異能を持っていたからこそできちまったことだな。だからなのかは知らんが、ワガイルカは他人の前でしか異能を使いたがらねえ。きっと、自分だけが知る秘密っていうのには抗いがたい魅力があるんだろうさ」
ためらいがちにオウギは重ねて尋ねる。
「動機は……なんだったの?」
「さあてな……。最終的には別の地域から色んな話を持ち帰ろうとしていたらしいぜ。別に、それ自体は俺も悪いとは思わねえ。そいつはそいつなりに村を豊かにする方法を考えていたんだろうし……。ただ、そいつの根っこにあったのはやっぱり『自分のため』だったんだよ。話がほしいなら風遊鳥を頼ればいいんだし、ましてや貴重品を隠す必要もねえ。単に自分が別の地域へ行きたかっただけなんだろうさ。まあ、気持ちはわからねえでもねえけどな」
そこでバシハはオウギに向き直ると「お前はなるなよ」とつづけた。思いもよらない発言に驚いたオウギが「え、うん」と歯切れの悪い返事を口にする。重ねてオウギが「なぜ、そんなことを言うのか」と尋ねると、バシハは小さく口を開いたが、直後に喉元まで出かかった言葉を飲みこんで、なんでもないと言うように首を横に大きく振った。
『それは己の弱さと真摯に向き合っていないから』と、バシハはそう思ったのであったが、さすがに言うのは余計な世話だろうと考えなおしたのだ。だが、その気遣いは却ってオウギに弱いものなのだという自覚をわずかではあったが与えてしまった。
気を取りなおしたオウギが話題を変えようと試みる。
オウギは思う――そういえばハルピュイアってなんだろう? 初日にも聞いたような気がするんだけど……。
だが、オウギが尋ねるよりも一足早く、バシハが大量の浮游の種子を口の中へと放りこんだためにオウギは質問を中断した。
慌ててオウギが口を開く。
「な、何してるのさ!」
くちゃくちゃと音を立てながらバシハが「さっき、モイにばかすかと殴られたからな」と答え、浮游の種子を吐きだしてからさらにつづけた。
「むかついているときは不味いものを食うに限るぜ。そうすりゃ、不味さで大概のことはどうでもよくなる。――っ言うわけで悪いな、先に戻るわ」
言うやいなや、バシハは森を横切るように駆けていった。しばしの間、呆気に取られていたオウギであったが、正気に戻ると、自身もまた橋のほうへと歩いていった。
21/5/12――「浮遊の種子」という作中用語を「浮游の種子」に、「滑空の種子」という作中用語を「翺翔の種子」に改めました。




