三日目――南の村(6)
バシハとモイとの擬戦を眺めながら、オウギは再びワガイルカの隣にいた。先ほどとは異なり、ワガイルカの作業は片手剣の鑑定に替わっている。ワガイルカの詠唱を聞きながら、オウギはぼんやりと鍛錬の時間が来るのを待っていた。
異能を発動させたワガイルカが片手剣を手に取ってまじまじと見つめる。そうして少しの間睨めっこをしたかと思うと、次から次へとワガイルカは片手剣を別の場所へ置いていった。そんなワガイルカをイリオは遠目に見つけると、ちょっかいを出すべく悪戯っぽい笑みを浮かべたままワガイルカへと近づいた。
イリオが口を開く。
「杖、貸してあげようか?」
先述したように、杖には異能の発動における魔力の消費を抑える効果がある。しかしながら、ワガイルカの《鍛しを探求する瞳》は元々の消費魔力が極端に少ないために杖が用をなさない。それをわかったうえでイリオはワガイルカに戯れているのだった。
実際、ワガイルカの魔力量はオウギよりも少なく、連続して異能を使うことは難しい。これはワガイルカも自覚しているところだった。自身の乏しい魔力量をからかうイリオに対して指と笑みとを向けながら、ワガイルカは「馬鹿にしてくれちゃってえ」と応えた。
きゃっきゃと声をあげながら去っていくイリオをオウギがなんともなしに眺めていると、その後ろでバシハが小さく口を動かしていることに気がついた。訝しんだオウギが思わず「詠唱なのではないか」と疑いを抱く。実際、オウギが予想したとおりであり、バシハはモイに隠れて異能を使っていた。
「大いなる存在に謹んで乞う。朝の竪琴、露を置く檸檬――有頭無尾、空に恥じらう鴎の翼。散在――寿ぐ水溜り、情歌――向日葵を慕う。跳躍の海市蜃楼。戯れに聞き開き給え――下人はバシハ、《泡沫の歌》」
だが、肝心の麻痺もあたらなければどうということはない。目まぐるしい速さで振られる短剣にかすることもなく、モイは着実にバシハを蹴ったり殴ったりしていた。力の差は歴然である。オウギが冷や汗をかきながら、短剣を得物として選ばなかったことに安堵していると、イリオと入れ替わりにボクノヤミがやって来た。鍛錬の時間である。だが、ボクノヤミが声をかけるより一足早く、ワガイルカが小さな歓声をあげた。
「おっ、貴重品だ」
釣られてボクノヤミがワガイルカのほうを向く。オウギと貴重品との相性を見るのも悪くないというふうに考えなおしたボクノヤミが武器庫へと向かって駆けていった。間を置かず、手にいくつかの武器を抱えたボクノヤミが再び姿を現した。オウギに向かってボクノヤミが口を開く。
「せっかくですから、オウギの信条を確認してしまいましょう」
話をつかめなかったオウギが「信条?」と聞き返すと、ボクノヤミは笑って「実際のものではなく、貴重品の話ですね」とつけ加えた。そこへさらにワガイルカが補足するように口を開く。
「貴重品の武器には特別な効果があるのな。ただ、これには相性があって下人によっては発動されねえのよ。そのときの『発動される・されない』を武器の名前に準えて信条って呼んでるわけさ。例えば、今さっき見つけた貴重品の名前は【博愛主義者】。荒っぽく言えば『めちゃんこ優しい』って意味だな。――とまあ、こんな感じに武器ごとに傾向があるわけよ。もちろん、本人の性格を反映しているわけじゃねえから、あんまし深く考えなくていいぜ。ちなみに、賤が使ってる鉤爪は【公開主義者】、荒っぽく言えば『あけすけ』だな」
オウギは思う――それって性格を反映しているんじゃ……。
苦笑いを浮かべるオウギに向かってボクノヤミが咳払いを一つしてから口を開いた。
「信条の違う武器たちを持って来ましたので、確かめてみましょうか。特殊な機能が発動しているかどうかはワガイルカの《鍛しを探求する瞳》でわかります」
その後、言われるままにオウギは様々な武器を装備していったが、オウギと相性の合うものは一つもなかった。残るは【長剣】のみである。
三つ子村においては長剣を自身の得物とする下人は極端に少なく、主たる武器として使っているのはジウホウミョ一人である。長剣の魅力は片手剣よりも射程が長いところにあるが、それは両手剣と比べれば見劣りのするものである。したがって、片手剣を用いない場合であっても、ふつうは長剣ではなく両手剣が選ばれるのだ。ジウホウミョの場合には長剣のほかに札も併用して戦うために両手剣ではなく、片手で扱うことのできる長剣を用いているのであった。
ワガイルカが口を開く。
「本当はジウホウミョ姉さんが使えればよかったんだろうけど、姉さんは博愛主義者だったからな……。そのあまりだ」
渡された【修正主義者】をオウギが手に持つと、再びワガイルカは《鍛しを探求する瞳》を発動させた。
「大いなる存在に厳かに望む。北は寒花――南に行歩、連綿と掻い角繰る潦。東の枘鑿――西に小胴、明日に躓く葉鶏頭。湯気を掻く貝突き、雲で縫う梢――直路に誘う零れ種。冠履顛倒、梓匠輪輿――旧懐、独りでに窶ればむ。いざ且々と威光を知らしめよ。《鍛しを探求する瞳》」
しばしの間、オウギが手に持つ長剣をじっと眺めていたワガイルカであったが、顔をあげると笑みを見せた。「あたりだな」とつぶやくワガイルカに対してオウギが修正主義者の意味を尋ねてみると、ワガイルカはぴんと立てた両手の人差し指を振り子のように揺らしながら「嘘つき」と答えた。
21/4/15――本文13段落目の「訝しんだオウギが思わず詠唱なのではないかという疑いを抱く」という表現を「訝しんだオウギが思わず『詠唱なのではないか』と疑いを抱く」に改めました。




