三日目――南の村(5)
オウギとワガイルカとの二人が卵を割っていると、そこにボクノヤミが現れた。ワガイルカと目が合うと、ボクノヤミは口を開いた。
「少しいいですか?」
卵を割ったままのワガイルカがうなずき、それを見たボクノヤミが話をつづけた。
「今日、思ったのですが、不測の事態に備えてギラクサの異能をもっと練習しておきたいのです。できる範囲で構いませんので、鑑定は片手剣を優先していただけますか?」
ワガイルカの異能である《鍛しを探求する瞳》は武具の鑑定を行うものだ。武具に対して使うことで、その種類・名前・効果などを確認することができる。種類については見た目で判別できることが大半であるため、美点は名前と効果とを知られるところにある。武具の名前と聞くと、違和を感じるかもしれないが、これは貴重品に関する話である。
武具における貴重品は大きく二つの集団に分けられる。一つは装備品そのものが希少であるために貴重品とされているもので、これらは【特殊な装備品】と呼ばれる。ここに含まれるものには例えば、ワガイルカが使用しているような鉤爪がある。もう一つは特殊な装備品か否かを問わず、武具そのものに顕著な効果が付されている装備品のことで、こちらは二つ名と呼ばれている。したがって、ワガイルカの使う【潔癖なる公開主義者】は特殊な装備品でもあり、また、二つ名でもあるということになる。なお、二つ名の効果は使い手との相性いかんによっては発動されないという欠点があるために決して万能ではない。
ワガイルカがボクノヤミの要望に応える旨を告げると、ボクノヤミは去っていった。それを横目に見ながら、オウギはギラクサの異能についてワガイルカに尋ねた。ぴんと立てた両手の人差し指を振り子のように揺らしながら、しばしの間ワガイルカは説明の仕方に悩んでいたが、思いついたように顔を明るくすると、勢いよく口を開いた。
「片手剣を使って『だあ!』ってやる感じだな」
それを聞くと、オウギはにっこりとうなずき、早々に理解することを諦めた。
※
ボクノヤミは逸る気持ちを抑えていた。今しがた、自身の考えをワガイルカへと伝えたばかりであったが、今一度それに誤りがないかどうかを歩きながら考えていた。ことはこれから先の挑戦についてである。
オウギが指揮官になれば不測の事態に対処できるようになることに疑いはない。そうなれば今よりももっと先の波にまで挑むようになるのは時間の問題である。ギラクサの異能はそのための布石であった。
『しかし』と、ボクノヤミは心中でそうつづける。
以前、風遊鳥より聞いた話がボクノヤミには気がかりであった。それは迷宮の深部では定期的に親玉が出現するというものである。常滑において、どの波が【ボス戦】にあたるのかはわかっていない。完全に未知の領域である。加えて、自分自身が攻略に乗り気であると思われれば、村の下人たちに余計な不安を覚えさせることにもつながりかねない。あくまでも自分は歯止めに徹しなければならないだろう――と、ボクノヤミは決意を新たにしながら後ろを振り返った。
積極的な方面はワガイルカに任せることになるだろうか。それとも別の下人か。
ボクノヤミの瞳がワガイルカの隣にいたオウギを捉えた。一瞬、何か思いついたように目を見開いたボクノヤミであったが、首を横に振ると、浮かんだ直感を否定した。
※
一とおりの作業をおえると、昼食の時間となった。昼餉は握り飯と生野菜だ。握り飯は俵型で、全体的には黒色をしている。ところどころに見える胡麻のような檸檬色の粒は甘塩っぱく、これによって調味されていることがわかる。食べるときには生野菜を巻き、手づかみで頬ばる。生野菜のほうは赤と緑とが混ざりあったような色合いをしており、どことなくオウギに赤縮緬萵苣を思わせるが、味は大きく異なっている。こちらは舌をちくりと刺すような辛味のある食べ物で、萵苣のような瑞々しさはあまりない。
食べおえたオウギは手持無沙汰になったため、同じように握り飯を頬ばっているボクノヤミとマシサカとの会話に耳を澄ませた。
ボクノヤミが口を開く。
「これならば、そろそろ居喰が開けそうですね」
言いながら、ボクノヤミはオウギの視線に気がついて顔の向きを変えた。「ひょっとすると、オウギは居喰の規則を知らないのでは?」と思いついたように尋ねるボクノヤミに対してオウギは少し慌てながら首を横に振った。「初日にバシハから教えてもらいました」とオウギが答えると、ボクノヤミは納得したようにうなずいた。
稍遅れてバシハも昼食を摂りにやって来る。あっという間に、それらを平らげると、バシハは「飯を村まで届けに行くけど一緒に来るか?」とオウギを誘った。うなずくオウギに対して横からボクノヤミが「もう少ししたら武術の鍛錬をはじめますので、西の村には戻らないようにしてください」と注意を促す。ボクノヤミに向かって「わかりました」と返事をしたオウギはバシハに追いつくために小走りをした。
オウギは思う――あれ? そういえば、バシハもモイさんから武術の指導を受ける予定じゃなかったっけ?
もしや、すっぽかすつもりなのではないかと不安に思ったオウギが尋ねてみれば、バシハはそ知らぬふりを決めこんでいた。だが、その見立てが甘いことはすぐにわかった。モイが橋の前で待機していたからだ。
バシハを見とめるやいなや、モイは冷たい笑みを浮かべながら「待ってた」とつぶやく。バシハが冷や汗を流しながら言い訳を考えていると、間が悪いことにちょうどミスヒがやって来た。
ミスヒが口を開く。
「バシハさん! 食事なら㒒が届けに行きますよ~」
とどめとばかりにバシハのほうへと一歩近づいたモイが再び「待ってた」とつぶやいた。まもなく、うなだれたバシハがミスヒに食事の入った袋を手渡した。
21/4/15――作中用語に振り仮名が振られていませんでしたので修正しました。また、本文26段落目の「オウギが『初日にバシハから教えてもらいました』と答える」という表現を「『初日にバシハから教えてもらいました』オウギがと答える」に改めました。




