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僕と君との迷宮攻略――序  作者: 御咲花 すゆ花
第一章――三つ子村
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一日目――転移

 気がつくと、視界いっぱいに緑が広がっていた。比喩(ひゆ)ではなく言葉どおりである。尻もちをついたままのオウギが目にできたものは地面から()えている草の葉っぱのみであった。葉の一つ一つがオウギの腰くらいの高さであるためにオウギの目には、初め、草の葉の「緑」しか映らなかったのである。


『どこだろう、ここ』と、そう思いながらオウギは辺りを見渡すために立ちあがり、そして愕然(がくぜん)とした。視界に映る風景に大差がなかったからである。そこは「自身の腰くらいまで高さのある草の葉っぱ」と「親指ほどの大きさの黄色い果実をいくつも実らせた無数の果樹」とで作られた風景に四方を囲まれていたのである。途方(とほう)に暮れたオウギは少し泣きそうになりながら空を見あげた。


 そこには青い空があった。オウギにはそれがいつもと(なん)ら変わりのない晴れ渡る青い空に見えたが、同じくらい全く馴染(なじ)みのないもののようにも思えた。


『これからいったいどうすればいいんだ』と、うなだれたオウギがそう思いながらひときわ大きな()め息をつく。


「……はあ」


 オウギは思う――本当(ホント)にどうしよう。……というかさっきから、なんか変な感じだ。まるで「不思議な力」を使えるような……そんな感じ。これもまた「僕のお馬鹿(バカ)な妄想」なんだろうか?


『だが、さきほどの馬鹿げた妄想はこうして現実になっているではないか』と、オウギがそう自問自答する。そうしている間、(はか)らずもオウギは耳を澄ませていた。そして、ふと、自身の声とは異なる音が遠くから聞こえて来ていることに気がついた。【下人(ムルイ)】の声である。


 オウギは思う――人の声だ!


 気づくやいなや「光明(こうみょう)が見えた」と言わんばかりに声のする方向を目指してオウギは走りだした。草をかき分け、枝にぶつからないように頭を上げ下げし、やっとのことで道らしき場所へと出る。先に相手の姿を見とめたのはオウギではなく、オウギの出す足音に注意していた下人(ムルイ)のほうであった。鋭く、誰何(すいか)の声があがる。


「だれだ!」


 驚いたオウギが慌てて応じた。


「『だれ』って僕はオウギだけど……それより、いったいここはどこなの?」


 努めて率直(フランク)に応じたオウギであったが、内心では困惑していた。眼前の下人(ムルイ)の目元に自身と同じような三本の黒い(あと)があったためである。しかし、それよりもオウギにとっては言葉が難なく通じたことのほうが重たい意味を持ったため「これならば何とかなりそうだ」という深い安心感を覚えたオウギは途方(とほう)に暮れていたときから一転前向きな気持ちになり、次第に相手の持つ黒い(あと)に対する困惑も薄れていった。


 それとは対照的に誰何(すいか)をした側の下人(ムルイ)――【バシハ】――は困惑を通り越してオウギに敵意さえ覚えていた。桃色の髪は逆立ち、今にも腰に()いた【短剣(ダガー)】を抜きだしてオウギに切りかからんとするほどである。バシハの体は小柄ながらもかなり引き()まっている。もしも、バシハが切りかかって来たならば武術の心得なぞてんで有していないオウギはなす(すべ)なくやられてしまうことだろう。


 この一見過剰とも思えるバシハの反応はある意味では当然のものであった。その理由はオウギがいる場所にある。現在、オウギは【三つ子村(みつごむら)】と呼ばれる【地域(マップ)】にいる。この三つ子村(みつごむら)は名前のとおり三つに分離した村からなる地域(マップ)であるが、ここは断崖に囲まれた地域(マップ)であってほかの地域(マップ)との交通が一切ない。言い()えれば、三つ子村(みつごむら)は閉鎖された地域(マップ)なのである。加えて、地域(マップ)の規模がそれほど大きなものではないために住人のそれぞれが互いのことを把握(はあく)している。そのような状況のもとで見たことのない下人(ムルイ)であるオウギが見たことのない格好をして忽然(こつぜん)と目の前に現れたのであるから、バシハの(いだ)いた感情が怪しさではなく恐怖であったのも無理はない。


 その一方で、この世界――キザワシカ――においてもすでに【転移者(てんいしゃ)】の存在というのは確認されており、このことはある方法によって三つ子村(みつごむら)にも伝わっていたため、三つ子村(みつごむら)下人(ムルイ)たちは転移者(てんいしゃ)の存在を承知していた。この「ある方法」についてはまたの機会に触れよう。そうであるがゆえにバシハの脳裏には一瞬「転移者(てんいしゃ)」という言葉が浮かんだが、バシハはすぐにそれを次の理由で無理やり否定した。とりもなおさず、それは「転移者(てんいしゃ)は【天授子(スカイ=ジュブナイル)】と対になる下人(ムルイ)であり、その順番は天授子(スカイ=ジュブナイル)のあとに転移者(てんいしゃ)が現れる」というものであった。三つ子村(みつごむら)にはまだ天授子(スカイ=ジュブナイル)が現れていないのである。


「お前――なんでこんなところに!」


 バシハとて、オウギが転移者(てんいしゃ)であることを理解していないわけではない。だが「転移者(てんいしゃ)天授子(スカイ=ジュブナイル)と対になる下人(ムルイ)であり、その順番は天授子(スカイ=ジュブナイル)のあとに転移者(てんいしゃ)が現れる」という思想は下人(ムルイ)によっては根強く残っており、バシハのようにすぐには受け()れられない場合もあるのである。この「思想」についてはまたの機会に触れよう。


 そして、オウギもまた警戒を解かないバシハを前にどうすることもできず、歯切れの悪い返事をくり返していた。


「『なんで』って言われても……」


『僕だって来たくて来たわけじゃない』と、オウギが心中でそう不満をつぶやく。


 そうこうしているうちにバシハの後ろのほうから別の下人(ムルイ)――【ウノカ】――が歩いて来た。バシハの帰りが【浮游の種子(ふゆうのしゅし)】を取りにいっただけであるにもかかわらず、やけに遅いためにウノカはバシハのことが心配になり、ほかの下人(ムルイ)との会話を中断してわざわざ様子を見に来たのだ。


 ウノカがバシハに向けて口を開く。


「バシハ、どうかしたのか? えらく時間がかかっているみたいだが……」


 歩いて来たウノカの目がオウギをとらえた。一度大きく目を見開いたウノカであったが、すぐに冷静さを取り戻すと、今度はオウギに向けて口を開いた。


天授子(スカイ=ジュブナイル)……。いや――転移者(てんいしゃ)か」


 ウノカがして見せたように転移者(てんいしゃ)天授子(スカイ=ジュブナイル)との判別は容易である。転移者(てんいしゃ)はオウギのように着の()着のままで忽然(こつぜん)とキザワシカに現れるのに対して天授子(スカイ=ジュブナイル)は同じ「忽然(こつぜん)と現れる」であっても空から舞いおりて来るのである。天授子(スカイ=ジュブナイル)とは文字通り「天より授かる子ども」なのだ。


 また、服装の面でも転移者(てんいしゃ)天授子(スカイ=ジュブナイル)とは異なっている。先述したように、転移者(てんいしゃ)の服装は着の()着のままであり、その格好は転移する前と基本的には変わらない。一方の天授子(スカイ=ジュブナイル)の服装は必ず【天衣(てんい)】である。天衣(てんい)とは上下が一続きなった白い(つつ)状の衣服で、天授子(スカイ=ジュブナイル)が地面に到達するまでは美しく光り輝いている。したがって、住んでいる下人(ムルイ)たちが空から輝きながら舞いおりて来る天授子(スカイ=ジュブナイル)を見逃すということは考えにくいが、仮に見逃したとしても転移者(てんいしゃ)天授子(スカイ=ジュブナイル)との格好から両者の判別は容易に行えるのである。


 無論「転移する前の格好が白いワンピースであり、天衣(てんい)と区別がつけられない」ということも考えられるが、このようなことは起こらない。なぜならば、キザワシカに転移するにあたって転移者(てんいしゃ)の服装が天衣(てんい)と酷似している場合には機械的に適当な格好へと変更されるためである。これが先述した「服装は、基本的には転移する前と変わらない」という意味の正体である。天衣(てんい)と酷似している場合には例外となるのだ。


 このほかにも年齢による判断が可能である。転移者(てんいしゃ)はキザワシカに転移する前の年齢を引き()ぐ形となるが、天授子(スカイ=ジュブナイル)は必ずオウギでいうところの「七または八歳」でその地に舞いおりるのである。


 ウノカが再びバシハに向けて口を開く。


「う~む……。事情はなんとなく察したが、バシハ――君は当番が優先だろう。ここはもういいから、当番に向かうんだ。そして向かうついでにだれか適当な下人(ムルイ)に声をかけてくれ」


 バシハがしぶしぶといった様子でウノカに応じる。


「わかった……」


 そう言ってバシハは一度オウギを鋭く(にら)みつけたのち、ウノカが来たほうへと走っていった。その様子を見ながらオウギは「『当番』とはいったいなんのことなのだろうか」という疑問を(いだ)いた。


 バシハが当番に向かったことを確認したウノカが今度はオウギに向かって口を開く。遠くからはかすかにバシハの下人(ムルイ)を呼ぶ声が聞こえていた。


「君は転移者(てんいしゃ)なんだろう?」


 オウギがおずおずとうなずきながら答えた。


「え、ええ……。わかるんですか?」


「うん? うん。この村には下人(ムルイ)が外から来られないからねえ。考えられるのは転移者(てんいしゃ)くらいだよ」


 それを聞いたオウギが「もしかしたら自分と同じような人間がほかにもいるのではないか」と淡い希望を(いだ)いた。そのことを確認するべくウノカに尋ねる。


「もしかして、僕みたいな人ってけっこういるんですか?」


 ウノカはオウギの話す「人」という耳慣れない言葉にとまどいながらもオウギに応じた。


「ヒト? 転移者(てんいしゃ)の全体の数は知らないが、この村に現れた転移者(てんいしゃ)は君がはじめてだよ。それより聞いてもいいかい?」


 つづけて、ウノカは独り()ちるように言う。


転移者(てんいしゃ)でも自分の【異能(ギフト)】はわかるのかな……。どうだろう――もしわかるようであれば君の異能(ギフト)を教えてくれないか?」


 今度はオウギが面食らう番だった。


「ギフト――ですか?」


「そうそう、異能(ギフト)。君が持っている力――不思議な力といったほうがわかりやすいかな? それとも転移者(てんいしゃ)には異能(ギフト)がないのかな……」


 合点がいったとばかりに、オウギが何度かうなずいた。


 オウギは思う――やっぱり、最初に感じた「不思議な力を使えるかもしれない」という違和は僕のお馬鹿(バカ)な妄想じゃなかったのか。


「ああ――と、それでしたら『離れている人に直接声をかけられる』というものです。まあ、一方的にしか話しかけられないんですけど……。それと――」


 ウノカが割って(はい)ったため、オウギは自身が持つ「もう一つの異能(ギフト)」については話せなかった。


「もしかして、その『ヒト』っていうのは下人(ムルイ)のことかい?」


 オウギが聞き返す。


「ムルイ?」


「うん。君とか俺とか、あるいはさっきまでここにいたバシハとかのことだよ」


 オウギが再び合点がいったとばかりにうなずいた。


 オウギは思う――なるほど……。この世界では人のことを「下人(ムルイ)」と呼ぶのか。


 そうしてウノカとオウギとが話していると、ウノカの後方からバシハに呼ばれた下人(ムルイ)が歩いてきた――【ミスヒ】である。


 ミスヒが口を開く。


「ウノカさ~ん? バシハさんに呼ばれて来ましたけど~?」


 ミスヒの声を聞き、ウノカが手招きをしながら答えた。


「ミスヒか、こっちだ――こっち!」


 ウノカの手招きに応じるようにミスヒは小走りをする。すぐに、二人のもとに到着した。ミスヒが到着するやいなや、ウノカはミスヒに「オウギが転移者(てんいしゃ)であることやオウギの異能(ギフト)について」簡単に説明した。


「――ということらしい」


 ウノカの説明を聞いたミスヒが感心して声をあげる。


「はあ……。変わった異能(ギフト)ですな~。でも、どんなときに使うんでしょ?」


 ミスヒのもっともな指摘を受け、ウノカとミスヒとがオウギの異能(ギフト)の使い道について話し合いをはじめる。その結果として手持無沙汰(てもちぶさた)になったオウギが退屈をしのぐべく、ウノカとミスヒとの外見を見比べた。


 オウギは思う――茶色の短髪を後ろでまとめてポニーテールにしているのがウノカ……さんで、ウノカさんよりも背が高くてウェーブのかかった金髪をした「ひょろひょろの体の下人(ムルイ)」がミスヒさん……か。


 ミスヒの問いにウノカが応じた。


「別の村に『使い』を出したいとき、この異能(ギフト)を使えばわざわざ下人(ムルイ)を行かせずに済むんじゃないか?」


 先述したように、三つ子村(みつごむら)は断崖に囲まれた地域(マップ)であるため、ほかの地域(マップ)との交通は一切ない。ただし、三つ子村(みつごむら)にある三つの村それぞれには橋が架かっているために村同士であれば交通は可能なのである。


 ウノカの意見を受けてミスヒが重ねて疑問を口にする。


「たしかに、そうですが――今の話を聞いた感じだと、相手側の声はこちらの転移者(てんいしゃ)さんには聞こえないんですよね? 相手の話を聞くためには結局『使い』を出すことになるんじゃ……」


 ミスヒの指摘を受けてウノカがうなる。


「それもそうか……。あと、『異能(ギフト)の届く範囲』っていう問題もあるな。……だが、もしも異能(ギフト)が隣の村まで届くのであれば『緊急の招集』のときには使えるだろう。『緊急の招集』のときは必ず村長のところに集まって話すのだから、一方的に声をかけるだけでいい。村長のところから『使い』を出さずに済むんだから片道のぶんだけ時間を省ける」


 今度はミスヒもウノカの意見に同意した。


「なるほど……。それはいい使い方ですね。でしたら、こちらの転移者(てんいしゃ)さんには南の村にいてもらう感じですかね?」


 村長は三つ子村(みつごむら)にある三つの村のうち、「南の村」と呼ばれる村に住んでいるのである。


 ミスヒの問いにウノカが応じた。


「そうなるだろうな」


 そうしてウノカとミスヒとが話しこんでいると、オウギが転移して来る前までウノカと話をしていた下人(ムルイ)――【キシニ】――がミスヒの来た方向から三人のもとへと歩いて来た。


 キシニが一つ()め息を深くついてから口を開いた。


「ウノカの帰りが遅いと思って来てみれば――なるほど、厄介なことになっていたわけか。話を途中からしか聞いていないからなんとも言えんが……とりあえず、どんな働きをしてもらうにしたって【迷宮(ダンジョン)】での支援なら【ボクノヤミ】さんに――そうでないなら村長に相談するのが先なんじゃないのか? そいつが転移者(てんいしゃ)かもしれないなら――なおさら、俺たちだけでどうにかするような問題じゃないだろ」


 ウノカが「そのようなことは思いつかなかった」と言わんばかりに目をぱちくりさせた。キシニの意見に同意するように大きくうなずいてから口を開く。


「それもそうだな。よし、俺が村長のところに行って話して来よう」


 そう言い残すと、すぐにウノカはキシニが歩いて来たほうへと歩いていった。


 ウノカが歩き去っていくのを見てミスヒもまた「自分の役目は終えた」と言わんばかりに心得顔(こころえがお)で口を開く。


「では、ボクもこれで……」


 オウギとキシニとがその場に残される形となった。遠くからミスヒの叫ぶ声が聞こえる。(いわ)く――。


「お~い、みんな~! 三つ子村(みつごむら)にも転移者(てんいしゃ)が現れましたよ~!」


 それを耳にしたキシニがミスヒの行動を(あき)れるように自身の後頭部を乱暴に()きむしった。見るからに(かた)そうな灰色の短髪がわずかに揺れる。言葉を探すように何度か口をぱくぱくと開いたり閉じたりしたのち、(あきら)めたような()め息とともにキシニが口を開いた。


「ああ……その、なんだ。腹――減ってないか?」


 キシニに言われてオウギは自身の腹へと手をやった。


 オウギは思う――お(なか)……減っているんだろうか。


 オウギはケータイを見た「あの時」からいったいどのくらいの時間が経過したのか、今一(いまひと)つわかりかねていた。


 オウギが再び思う――朝食を食べたばかりの気もするし、もうずいぶんと長い時間が経過したような気もする。


 オウギもまた(あきら)めたように微苦笑を浮かべると、あいまいな返事をした。


「ええと……はい、たぶん」


 それを聞いたキシニが「ついて来い」と言わんばかりにオウギを一瞥(いちべつ)するやいなや、三人が向かったほうへと歩きだした。

※20/11/17――新たに「短剣(ダガー)」を作中用語としました。また、一部の漢字に振り仮名を追加しました。

21/5/12――「浮遊の種子(ふゆうのしゅし)」という作中用語を「浮游の種子(ふゆうのしゅし)」に改めました。

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