三日目――迷宮(4)
「一日目――転移」におけるオウギの異能の説明を変更しています。
×:人に直接声をかけられる
〇:離れている人に直接声をかけられる
休憩中のダヨトに代わって物資を安全地帯へと運んでいたイリオが櫓へと戻って来た。労いの言葉もそこそこにバシハが再びダヨトに向かって口を開いた。
「中央に伝言。『まもなく、第三波が開始。適宜、東西に合流せよ』。ついでにミカズミに『西側の治療はしなくていい』って伝えてくれ」
第三波では中央の経路に魔物が一切出現しない。したがって、東西それぞれの経路における戦力を増加させることが肝となる。言わずもがな、後半の指示は治療者に対するものだ。挑戦における治療者の定位置は櫓よりも少しだけ前で、戦線とはわずかに離れている。ここであればどの経路に対しても比較的距離が短いため、救援の合図があった場合にはどこであっても素早く対応できるのだ。無論、これは伝令役のイリオにはあてはまらない。伝令役となった以上は今回の挑戦におけるイリオの役目はあくまでも指揮官の指示を戦線に伝えることにある。
バシハの声に耳を傾けていたオウギがそれとなく中央の経路に目を向けてみると、ちょうどミスヒが複数の鱗たちを倒したところであった。長い手足と槍とを活かし、一切の魔物を近づけさせない戦いぶりは遠目に見ても鮮やかであった。
指示を受けたダヨトが「了解」と返事をして駆けていく。それを横目に見ながらオウギは「治療はイリオがするんじゃ?」という疑問を抱いた。しかし、オウギが尋ねるよりも一足早くバシハがイリオに対して別の指示を出したためにオウギは口を閉じざるを得なくなる。
「イリオは念のために西の後方で待機しといて」
「わかりました」
話が一段落したのを見計らって今度こそオウギが尋ね、バシハが少しだけ言葉を選ぶように顎をなでながら答えた。
「ああっと、治療者の話な? イリオもたしかに治療者なんだが、言葉としては治療の異能を持っている下人が『治療者』って呼ばれるんだ。――んで、今回の挑戦に参加している治療者はイリオのほかにも『ミカズミ』っていうノネがいるんだが、今日は基本的にミカズミが怪我人を治療する方針なんだよ。……まあ、言ってもミカズミの異能は根っからの治療って感じじゃねえからイリオとかに比べちまうと、どうしたって一枚落ちるんだけどな。いかんせん治療者そのものの数が三つ子村には三人しかいねえ。明らかに貴重な存在なんだよ。――んでだ、仕方なくミカズミが治療者としての練習を重ねてるってわけだ」
「なるほどね……理解したよ。その『根っからの治療』っていうのは?」
「イリオとか、もう一人の治療者であるタヤとかの異能は完全に治療を行うための異能なんだ。ああ――ちなみに中心の治療者はタヤのほうな。翻って、ミカズミの異能は……説明が難しいな……。ざっくり言えば魔物を攻撃したぶんだけ『治療』か『追い打ち』ができるって感じだ」
つかの間、返答に困ったオウギが黙りこむ。
「……なんていうか、便利だけど使い勝手が悪い感じだね」
言い得て妙な表現にバシハが思わず「くすり」と笑い、適切な言葉を補うようにしてオウギに言い返す。
「そうな。便利だが、治療者としては使い勝手が悪い」
つづけて、バシハは地面に引かれた線に足先で新たなものを加えると、オウギに向きなおって色を正した。口を開けてもすぐには言葉を発さず、自分の表情から「少しだけ大事なことを話そうとしているのだ」ということをオウギが汲み取るまで待ってからバシハは言った。
「オウギ、次の波は東側に注目してみろ。第三波は東から羽が現れる」
羽についてはオウギも理解していた。ボクノヤミに言われたことを思い出すようにオウギが「ふつうの武器だと羽には攻撃できないんじゃなかった?」と口を開けば、うなずいたバシハが「だから、さっきトモマヤとか弓を使う下人を東側に送ったろ?」と応える。「なるほど」と言わんばかりにオウギがうなずくと、バシハが手に持った笛を鳴らして音を出した。笛といっても、それは吹いて鳴らすものではない。呼子のようなものの先端についている紐を指にかけ、回して音を出すのである。
短く三回、次いで三回、念押しに再度三回。笛の合図に合わせて中央の経路にいた下人たちが一斉に左右の経路を目掛けて移動していった。攻撃役の下人たちが捌けたことにより、必然的に回収役が目立つ形となったためにオウギもようやくそこでネミガナの存在に気がついた。手に持った袋から物資を運んでいることが見て取れる。オウギが「いくら挑戦とはいえ楽な作業じゃないんだな」と思いながら眺めていると、再びバシハが笛を鳴らした。羽が出現した合図である。
東側の稍後方に巨大な怪鳥が姿を現す。全長はウノカの約二倍であり、骨ばった小さな胴体とは釣り合わないほどに巨大な翼と嘴とが取ってつけたようにある姿は、どことなくオウギに翼竜を思わせる。
羽は五種類の魔物の中で移動速度が一番速い。おまけに下人が通れない場所も平気で飛行してしまうため、非常に厄介な魔物だ。羽が安全地帯へ向けて移動してしまう前に逸早くトモマヤが引きしぼった弓を羽に向けた。
ぴょー。
聞こえるはずのない弦を離れる矢の音が響いて来るかのようだった。矢は見事に命中し、羽が顔の向きを変える。トモマヤに対して口を大きく開いたかと思うと、櫓まで届くほどの尋常ではない大きさで【ぎしゃあ】と威嚇をした。思わず、オウギは現場にいないにもかかわらず、足を竦ませた。
羽の攻撃。地際を滑空する羽が付近の下人たちを全部まとめて薙ぎ払うようにして広げた翼と開いた嘴とでトモマヤを害さんとする。すかさず下人たちが低空を飛行している羽に向かって各々の武器で攻撃をはじめた。
だが、羽は気にしない。トモマヤを目掛けて一直線に向かっていく。地面を転がるようにしてトモマヤは辛うじて羽の攻撃を避けると、急いで立ちあがって身構えた。稍遅れて態勢を整えた羽が反転して再びトモマヤを襲う。
周りを見回し、自分と下人たちとの距離を確認したトモマヤが矢を放ちながら再度地面を転がった。その間にも続々と魔物が出現していく。二体目の羽、毛玉と鱗たち、三体目の羽。その度にバシハが笛を鳴らしていく。鎖鎌を扱う下人が二体目の羽に攻撃したことを契機にトモマヤの前方でも下人たちと羽との交戦がはじまった。




