三日目――迷宮(1)
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※この回から一話あたりの文字数が少なくなっています。
迷宮を手前から入口・安全地帯・戦闘地帯の順に区別してみよう。言わずもがな、前方が戦闘地帯であり、後方が入口ないしは安全地帯である。このとき、魔物は原則的に戦闘地帯の一番前から出現するわけだが、そうして出現した魔物が安全地帯へと向かって動きだすまでにはいくらかの時間が存在している。したがって、挑戦および攻略においては戦闘地帯の前方で戦うことが通説となる。これは挑戦においてはあまり大きな問題とはならないが、多くの控えを用意し、適切な異能を適切な頃合いで発動させながら長時間の戦闘をつづけなければならない攻略においては、それだけ現に戦っている下人と控えの下人とを入れ替える機会が多いので事故が起こりやすくなる。言うまでもなく、これは人数制限のために戦線を維持することが一時的に難しくなるからである。なお、戦闘地帯にいる下人を安全地帯にさげて行う入れ替えの場合は【変改】、安全地帯にいる下人を戦闘地帯に押しあげて行う入れ替えの場合は【交代】と呼ぶ。
さて、櫓の位置は戦闘地帯の中ほどである。したがって、走る順番としては中央の経路で戦う下人たちの後ろになるが、走る距離で言えば櫓へ向かう道筋は複雑であるために前方で戦う下人たちとあまり変わらない。見通しの悪い戦闘地帯の中を何度も転びそうになりながら、オウギは懸命にバシハの背中を追った。すでに見たように迷路の中は至るところに苔が生えているため、大変に滑りやすいのである。
走っている間に中央の経路で戦うミスヒたちと別れ、西側の経路に接近し、そこからさらに弧を描くようにして大きく迂回しながら進んでいくと、ようやく櫓へと到着した。息のあがったオウギの背中を二人の後ろからつき従うように走って来た伝令役のダヨトとイリオとが優しくなでる。まもなく、バシハが階段状の岩をのぼりはじめた。一瞬、それを見て嫌そうな顔を浮かべたオウギであったが「もう一踏ん張り」と気合を入れなおして階段に足をかけていく。あと少しで頂上というところで、オウギは伝令役の二人がついて来ていないことに気がついた。振り返って視線をさげるオウギの背中にバシハが「伝令役は下で待機だ」と声をかけ、うなずいたオウギがそのまま階段を駆けあがって頂上に出た。
広がる迷路。
下にいたときとは打って変わって迷宮内を一望できることに驚いたオウギは思わず「わあ」という感嘆の声をあげた。バシハの「もうはじまっているな」という声に釣られて指さすほうを見てみれば、たしかに東側の経路で下人たちが交戦している様子が見てとれる。敵となる魔物は長い胴体を持った蛇のような魔物であり、オウギが「どうやらあれが鱗らしい」と思いながら目を細めて見ていると、その前方に鱗とは異なる魔物が出現した。教え顔をしたバシハが「毛玉だな」と口を開く。
バシハがつづける。
「今現れた毛玉は経験的に西側の経路を通ることがわかってる。見ててみ」
オウギは思う――あれ? そういえば、僕のもう一つの異能って魔物の進路を予測するものじゃなかったっけ?
心ここにあらず。上の空で迷路の魔物を見つめるオウギの肩を軽く揺らしながら、バシハが心配そうな表情で口を開いた。
「どうした、オウギ。大丈夫か?」
我に返ったオウギが慌てて「あっ、うん。ごめん」と謝罪の言葉を口にした。それから間を置かず、バシハの言ったとおりに毛玉が東側の経路から外れて西側の経路へと進路を変更した。安全地帯へと向かって斜めにのぼって来る一匹の毛玉は西側で交戦している下人たちとは離れているため、このままでは戦線を突破されてしまう。オウギが「どうするのか」と思って見ていれば、いつの間に移動したのか、毛玉の進路に立ちはだかるようにようにしてワガイルカが武器を構えていた。ワガイルカが華麗に動き、真珠色の髪が美しくなびく。あっという間に毛玉が倒され、亡骸が世界に回収された。そして、それと同時に亡骸が回収された辺りに突如として下人たちが着ているような衣類が一着現出した。その現れ方からして衣類は魔物の体内にあったものではない。どう考えてもそれは勝手に現れたのである。戦線へと戻っていくワガイルカをオウギは呆然と見つめた。
オウギは思う――物資を得るって言葉どおりなの……?
でたらめな世界の仕組みにオウギは困惑を隠しきれず、すがるようにバシハのほうを振り向いた。オウギの表情から言わんとすることを察したバシハが口を開く。
「物資に関するボクノヤミの説明はかなり大雑把だぜ。実際は、魔物が物資を落とすわけじゃねえんだ。魔物の体をいくら探したって物資は出て来ねえ。あくまでも物資は魔物が世界に回収された反動で現れるもんなんだよ」
毛玉から得られる物資である日用品は一口に日用品といっても実に様々である。衣類はもとより食器や家具、果ては資材までもが毛玉由来である。正確には毛玉から得られるわけではないことは正しくバシハの指摘したとおりであり、魔物を世界に回収させることができるならばあえて倒す必要はない。もちろん、そのような方法は一部の異能を除けば存在しないのであるから、結局は倒してしまう以外に方法はないことになる。なお、魔物は知能を持たず、よって人格はなく、痛みを感じるような器官を有していないので精神的・肉体的を問わずあらゆる苦しみとは無縁である。
しばらくして、東西の経路に甲の集団が出現した。互いに交戦状態に入るが、西側の下人たちは少数の甲と戦うだけで残りを放置している。放置された甲の集団が戦線の正面に沿って中央の経路へと移動していき、時を同じくして毛玉が再び東側の経路に出現した。合わせるようにワガイルカが後退。稍遅れて今度は直接西側の経路にも毛玉が出現した。
甲の集団と中央の経路にいる下人たちが交戦を開始し、まもなく、膠着状態に陥る。以降も定期的に甲と毛玉とが東西の経路に出現しているので、ほかの経路からの加勢を得られない中央の下人たちが甲を捌ききれなくなるのは時間の問題であった。
21/2/6――新たに「出現」という作中用語を設けました。これに伴いまして、本文の一部の表現を変更しました。また、一部の漢字に振り仮名を追加しました。また、本文1段落目の「多くなるので事故が起こりやすい」という表現を「多いので事故が起こりやすくなる」に改めました。
21/2/7――本文3段落目の「弧を描くように」という表現を「弧を描くようにして」に改めました。また、本文11段落目の「安全地帯へ向かって斜めに」という表現を「安全地帯へと向かって斜めに」に、「亡骸が世界に回収される」という表現を「亡骸が世界に回収された」に改めました。また、本文16段目の「西側の経路は少数の」という表現を「西側の下人たちは少数の」に、「移動していく。時を同じくして」という表現を「移動していき、時を同じくして」に改めました。
21/2/14――副題を変更しました。旧題は「三日目――迷宮(4)」です。




