三日目――南の村(3)
二人が集合場所へ戻ると、すでに二十人ほどの下人たちがその場で談笑しながら迷宮へ移動するときを待っていた。そのうちの大部分がオウギにとって見知らぬ下人であったが、一人だけ顔に覚えのあるマーギスタがいた――ミスヒである。オウギとバシハとを見つけたミスヒが二人へと駆け寄って来る。なよなよとした中性的な声でミスヒが二人に向かって口を開いた。
「バシハさ~ん! それにオウギさんも。いやはや、今日はよろしくお願いします~」
相変わらずひょろひょとした体つきではあったものの、自身の得物である槍を握る手は勇ましくてオウギよりも断然しっかりとしている。挨拶を受けたオウギとバシハとの二人もミスヒに簡単な返事をした。そうして三人が話している間に武器庫へ行っていたボクノヤミが戻って来た。ボクノヤミがオウギに片手剣を手渡しながら今日の挑戦についての話をはじめた。
「みなさんお早うございます。いつもどおり本日の挑戦も第五波までです。新たに今日から転移者のオウギが挑戦に参加します。正式なものではありませんので今日はオウギは櫓での見学のみとなりますが、いつもとは櫓の人数が異なりますので注意してください。指揮官はバシハ、【治療者】は【ミカズミ】、伝令役には【ダヨト】と【イリオ】との二人が回るようにお願いします。前半の控えには私――ボクノヤミと【トモマヤ】と【モイ】。自由参加は――」
言葉を区切ったボクノヤミが周囲を見回す。当番との区別がつきやすいように挙手をしたのは南の村に住む【ワガイルカ】であった。
「――ワガイルカのみ……ですね。そのほかに関してはバシハの指示に従ってください。それでは迷宮へ向かいましょう」
ボクノヤミに促されるようにして下人たちが移動をはじめる。オウギもまた歩きながら「ワガイルカという下人は自由参加をするくらいなのだからよほど居喰が好きなのだろう」と思っていると、後ろから近づいて来たマーギスタに横から肩に左腕を回された。件のワガイルカである。そのままワガイルカは右腕でオウギの腰に佩かれた片手剣を引き抜くと、飾り気の少ないことがわかる低めの嗄声でオウギに向かって口を開いた。
「よう、お前が転移者だろ。賤はワガイルカな」
驚いたオウギがワガイルカのほうを振り向く。そこにはウノカよりも背の稍高い真珠色の髪をした下人が立っていた。ワガイルカの無遠慮な接し方にオウギは少しとまどいながらも、その名前からワガイルカが自由参加の下人であることに気がつく。
「あっ、居喰がとっても好きな下人ですか?」
予想外の返事にワガイルカは「けけ」と笑った。
「なんだそりゃ。バシハじゃねえんだからよ。賤は迷宮が好きなだけ」
そのようにワガイルカが言うと、話に耳をそばだてていたバシハがすかさず否定した。
「俺は別に好きじゃねえぞ」
オウギは思う――えっ、そうなんだ。
意外そうな顔でオウギがバシハを見つめていると、バシハが小首をかしげながら口を開いた。
「――んだよ?」
「いや、てっきりバシハは居喰が好きなんだとばかり思っていたから……」
「得意ってだけで好きじゃねえよ。……あとオウギ、そいつは魔物との戦いを過度に好んでるからあんまし近寄んないほうがいいぜ」
オウギは思う――自分から近寄ったわけじゃないんだけど……。
「酷えな、賤は迷宮が好きなだけって言ってるのに」
そう言いながら、ワガイルカはオウギの片手剣を日光にあてながら観察する。間もなく、それを鞘に戻しながらワガイルカがオウギに向かって口を開いた。
「ちょいと軽いが、いい感じの片手剣じゃねえか。こいつは自分で選んだのかい?」
「いえ、あの……ボクノヤミさんが選んでくれました」
「なるほどねえ。さすがはボクノヤミさんだ。鑑定の異能を持っているわけでもねえのに本当に凄えな――あの下人は」
「ワガイルカさんは武器の善し悪しがわかるんですか?」
「まあ、多少はな」
見れば、ワガイルカの腰にも片手剣が佩かれてある。「なるほど、道理で」と思ったオウギであるが、オウギの表情の変化を読み取ったワガイルカが間を置かずにオウギの考えを否定すると、左手に持つ【鉤爪】をオウギに振って見せた。
「いんにゃ、主はこっち」
ワガイルカに言われるまでオウギは自身の頬のそばにあった得物にてんで気がついていなかったために見せられた鉤爪に心底ぎょっとした。
オウギは思う――鉤爪?
「こんな武器ってありましたっけ?」
「あるにはあるぜ、ただし基本の武器じゃねえがな。こいつは貴重品、しかも【二つ名】だ」
補足するように横からバシハが口を開いた。
「戦い好きが嵩じて貴重品を任されるようになったんだよ」
何度も「迷宮が好きなだけ」と言っているにもかかわらず、一向に言い方を変える気のないバシハを見てワガイルカが少しだけ嫌そうに顔を歪ませた。
そうして三人が話し込んでいると、ワガイルカがしつこくオウギに絡んでいるのだと早合点したミスヒが慌ててオウギに駆け寄って来た。
「オウギさ~ん! ごめんなさい、㒒の弟が」
ワガイルカが応える。
「これはこれは、賤が愛しの兄さまじゃねえですか」
二人のやり取りを聞いたオウギが首をかしげた。弟と呼ぶからにはミスヒとワガイルカとは兄弟であるのだろうが、一昨夜の居喰におけるオウギの記憶にはワガイルカの姿がない。どういうことかと思っていると、オウギの心中を察したミスヒが簡単な説明をしはじめた。
「ええ。ワガイルカさんは正真正銘㒒の弟ですよ。ただ、㒒は【巣立ちの儀式】に際して西の村に移動したので、住んでいる場所は違うんですよ~」
ワガイルカがオウギの肩から腕を離しながらミスヒへと近づいていく。入れ替わるようにしてオウギの横に寄ったバシハが「巣立ちの儀式は下人が一人前になったことを村として認めるものだ」とオウギに耳打ちした。
ワガイルカが口を開く。
「南の村のほうがいいだろ、迷宮にも近いしな」
「【タカチウ】の家系は西の村がはじまりですからね~。ワガイルカさんも十二【臤】になったら、しばらくは西の村に住んだらどうですか~?」
言わずもがな、タカチウとはミスヒとワガイルカの姓である。ミスヒの言うようにタカチウの大本は西の村であり、現在、同じ姓を持つ西の村の下人には例えば【リホ】がいる。
臤という耳慣れない言葉にオウギが首をかしげながらバシハに尋ねた。
「ムスビっていうのは?」
「年齢を数えるときの単位だな」
「へ~」
オウギは思う――えっ? ワガイルカさんは年下ってこと? 全然そんなふうには見えないんだけど。この世界は成長がやたらと早いのかな。
そのように思いながらオウギが横にいるバシハを見ていると、オウギの視線に気がついたバシハが怪訝そうな顔でオウギを見返した。
「――んだよ?」
「いや、バシハは何歳なのかな~と思って?」
バシハはオウギの「歳」という言葉を気にすることはなかったが、当たり前のことを尋ねるオウギに呆れたような顔をした。
「お前とために決まってんだろ、八臤だよ」
それは自分の半分の年齢ということであったが、もはやオウギは考えることを諦めて気にしないことにした。
親しげに話すオウギとバシハとを見たワガイルカが意外そうな表情で口を開く。
「おや? バシハとは仲良くなったのか。バシハは賤より対の思想にうるさかったと思っていたんだけどねえ」
「……ほっとけ」
無論、そのように口を開いたのはバシハである。だが、ワガイルカはバシハに遠慮することなく話をつづけた。
「気をつけろ、オウギ。伝統的な下人は結構な数がいるが、その中でも同年輩にはもう一人――キブトコだ。まあ、あいつは東の村に住んでるから、会う機会は少ねえとは思うけどな。あいつは別の意味でもとっつきにくいぜ」
それを聞いたミスヒが呆れたように口を開く。
「たしかに、キブトコさんは少し無愛想ですけど、ワガイルカさんが無遠慮なだけだと㒒は思いますけどね~」
そうしてワガイルカがオウギに絡んでいると、四人に対して移動を促すようにモイがオウギの後ろから歩いて来た。美しい桜色の髪を静かに揺らしながらモイが口を開く。その姿を目にしたワガイルカの顔からは血の気が引いていた。
「ワガイルカ」
わずかに高い、凛とした美しい声であった。言われるやいなや、一瞬の抵抗も見せずにワガイルカが両手をあげて降参の意を示す。それと同時にバシハの顔にも大きな脂汗がにじんだのをオウギは見逃さなかった。そんなバシハを気にする素振りさえ見せずにモイはミスヒへ近づくと、腰に佩いた短剣をちらつかせながらワガイルカを指さして言った。
「ミスヒも大変。いつでも言って。ぽこぽこにするから」
困ったように笑いながらミスヒは「ほどほどに」と答えると、そのままモイとともに迷宮へ向かって歩きだした。それを見たバシハがほっと胸をなでおろすも、直後、「言い忘れた」と言わんばかりに立ち止まったモイが後ろを振り返って冷たい笑みをバシハに見せた。
「バシハ。腕がなまったね。タヤから聞いた」
言わずもがな、初日の件である。バシハはオウギという転移者のことで頭がいっぱいになり、迷宮において小さな失敗をたくさんしたのであった。
「いや、あれは事情があって……」
バシハは反論を試みるもモイの笑顔に気圧され、しぶしぶと諦めるようにうなずく。
モイが続けた。
「帰ったら特訓ね」
うなだれたままのバシハが小刻みに首を縦に振る。それを確認したモイが再び歩きだした。ほどなくして、モイが離れる。モイとの距離が離れたことを確認したバシハとワガイルカとが盛大に息を吐いた。
オウギはモイからボクノヤミやマシサカのような威圧感を受けなかったためにワガイルカとバシハとの態度を不審に思い、なぜそんなにも怯えているのかと二人に尋ねた。
バシハが答える。
「オウギ、お前はボクノヤミやマシサカが村で一番強えと思っているのかもしれねえが、それは違うぜ。たしかに、ボクノヤミやマシサカはみんなからの信頼が厚いし並みの強さじゃねえが、それでも単なる強さで言えばモイが一番だ」
「そうなの?」
そうであるならばボクノヤミに代わってモイが武術の指導をしたほうがいいのではないかとオウギが思っていれば、ワガイルカがオウギの疑問に答えるように口を開いた。
「まあ、モイ兄さんは面倒臭がりだからな。バシハみたいに使っている武器が短剣じゃなきゃ稽古をつけて来るなんてことはないぜ。良かったな、オウギ。お前は片手剣で」
オウギは思う――なるほど。ボクノヤミさんが短剣を念入りに否定していたのにはそういった一面もあったのか。
そうしてオウギは隣にいるバシハを少しだけ憐れむように見つめたが、すぐに少しだけ恨めしそうに口を開いた。
「武器を選んでいるときに言ってよ」
バシハがオウギを見つめ返しながら応える。
「だから、一応は片手剣を薦めただろ? それにあくまでも一番は使いたい武器なんだ、お前が『短剣がいい!』って言ったら反対できねえ」
バシハの言葉にオウギは「たしかに、そうかもしれない」と諭される。間もなく、遠くから聞こえるミスヒの声に促されるようにして三人も迷宮へと足を運んだ。
※
安全地帯。
戦闘地帯に人数制限という制約があるように安全地帯にも【定めれた限界】という人数の制約が存在している。定めれた限界は一般に人数制限よりも基準となる人数が高く制約としては弱いものだが、超過したときの扱いは魔物が安全地帯に到達した場合に準じるため、その結果は人数制限の罰則よりも遥かに悲惨である。無論、常滑における定めれた限界は二十一人であり今すぐに問題になるようなものではないが、多くの控えを迷宮内に入れておくことができないという制約はそれだけで攻略を難しいものにしている。
ところで、波のはじまっていないときの安全地帯と戦闘地帯との違いはなんであろうか。これは波の開始を触発させるか否かという部分が答えとなる。言わずもがな、安全地帯に下人が侵入しても波は開始されないが、戦闘地帯の場合にはそれが波を開始する引き金となる。このとき、引き金となるのは下人のだれかしらが戦闘地帯に侵入することであるから、結果として多くの場合には下人たちの全力疾走が開戦の合図となる。これは常滑においても例外ではない。
バシハが口を開く。
「止まれ、オウギ。わかりにくいがそっからは戦闘地帯だ」
オウギが慌てて足を止めながらバシハに尋ねた。
「目印とかつけないの?」
「迷宮から出ると元に戻るんだ」
感心したように「へえ」と声をあげるオウギをよそにバシハは手早く下人たちの配置を決めていく。すでに見たように常滑においては十五名の下人で挑戦しており、現在、迷宮内にいる下人の数は十九人であるから四人の下人が控えとして安全地帯に残る計算となる。
再びバシハが口を開く。
「ボクノヤミが言ったように控えはボクノヤミ・モイ・トモマヤ、追加で【マシミ】。回収は【ネミガナ】、西側の経路にワガイルカで、それ以外は各自で適当によろしく」
バシハが言いおえるやいなや、下人たちが三つの経路に向かって移動をはじめる。オウギへと向きなおったバシハが手短に説明をした。
「オウギ、戦闘地帯に下人が入ると波が始まる。だから今からみんなで一斉に走るぜ。俺たちはあそこ――」
一度言葉を区切ったバシハが迷路の中にあるひときわ高い場所を指さした。
「――ほかの場所よりも高いところがあるだろ? あそこが櫓だ、そこに向かう。櫓までの道順を覚えるには回数をこなすしかねえ。今回は俺について来ることだけ考えて走れ」
ためらいがちにうなずきながらオウギは応えた。
「……ゆっくり走ってね」
不安げに話すオウギをくすりと笑いながら、バシハはオウギを導くように中央の経路へと移動する。二人の後ろから伝令役のダヨトとイリオとがつづき、歩きながらバシハはダヨトとイリオとをオウギに紹介した。
「――そしてこっちは今日の伝令役だ。オウギとは直接関係はねえが、せっかくの機会だから覚えておけ」
そう言ってバシハが目配せをすると、ウノカほどの背丈で珊瑚朱色の髪を持つ下人が口を開いた。ダヨトである。年齢はバシハと同じく八臤で髪の長さもバシハと同じくらいであるが、ダヨトのほうが毛は稍細い。
「俺、ダヨト。今日は伝令役だけど、普段はふつうに戦闘地帯で戦ってるぜ。よろしくな!」
握手を求めるように差し出されたダヨトの手を握り返しながら、オウギは応えた。
「よ、よろしく。僕はオウギ」
つづいて菖蒲色の髪を持つ下人が口を開いた。言わずもがな、イリオである。つぶらな瞳でオウギの顔を覗きこむように見つめながら、イリオが軽い会釈をする。イリオの得物はこれまでのどれとも違う【杖】であった。
「同じく伝令役を務めます――イリオです。治療者です。よろしくお願いします」
「お願いします……。オウギです」
条件反射のように丁寧語で応えたオウギであったが、年齢で言えばイリオはバシハよりも一つ下にあたる。イリオの挨拶を補足するようにバシハが口を開いた。
「何度も言うが、挑戦ってのは安全が第一だ。なんせ、気をつけていても怪我をするからな。――んで、怪我をしたときに治療をしてくれるのがイリオみたいな治療者だ。世話になることが多いからそのつもりでいろ」
三つ子村における治療者の数は全部で三名であり、ミカズミとイリオとのほかにタヤがいる。
バシハの説明に真剣な表情でうなずくオウギであったが、心の中では「やっぱり怪我をすることがあるのか」と小さな不安が広がっていた。そんなオウギの心配をよそにして深く息を吐いたバシハがおもむろに口を開いた。
「――んじゃまあ、はじめるか……。準備はいいか?」
尋ねた対象は中央の経路に入ろうとしている下人たちのみであり、東西の経路における確認は該当の下人たちからの挙手によってなされる形となっている。オウギを含め、バシハの周りにいる下人たちは各々「大丈夫だ」という意味を込めてバシハにうなずいたり返事をしたりした。それを聞きながらバシハは視線を東西の経路へと向ける。東側の経路にいた下人の一人が準備ができたことを知らせるべく腕をあげ、遅れて西側の経路の下人からも挙手がなされた。合図をきちんと受け取ったことを伝えるべく、バシハが左腕をあげながらもう一方の手で呼子のような笛を鳴らした。辺りに響く非常に長い「ピー」という甲高い音とともに下人たちが一斉に戦闘地帯へと駆けだしていく。
挑戦がはじまった。
21/1/26――誤字の訂正をしました。また、本文3段落目の「武器庫に」という表現を「武器庫へ」に、「話をはじめる」という表現を「話をはじめた」に改めました。また、本文7段落目の「口を開く」という表現を「口を開いた」に改めました。また、本文46段落目の「ワガイルカ」という表現を「ワガイルカさん」に、「どうです?」という表現を「どうですか~?」に改めました。また、本文60段落目の「俺」という表現を「賤」に改めました。また、本文113段落目の「戦っているぜ」という表現を「戦ってるぜ」に改めました。また、表記を修正しました。
21/2/14――副題を変更しました。旧題は「三日目――迷宮(3)」です。




